第6話
「落ち着け、真智。呪いなんてもんがあるわけないだろ」
繋がりのない、二人の死。それを繋ぐ顔のない写真たち。死の気配とは、なんだろうか。
呆然と得体のしれない恐怖が沸き上がろうとしていた真智の背中を、福太郎が強く叩く。
福太郎また、真智と同じく呪いだって霊だって信じないリアリストだ。オカルトマニアなのは本当だが、あくまでそれは楽しむ側の趣味であり、怖くしようと頑張っている人間の努力に触れるのが好きなだけで、純粋に怖いものが好きなタイプではない。その仕組みや知識を持って、人間の努力を憶測で暴くのが好きなのだ。
勿論、オカルトマニア仲間内にはそんなことは一切話さないが長い付き合いの真智の前ではそんなことを隠すことを隠すつもりもないので、真智も知ってる。
「でも、二人も死んでるんだぞ?」
「だから落ち着けよ。あの写真がいつから部屋にあったのかわからないろ? 西木野さんは確かに貼られた後に死んだが、この子は無くなって三か月は過ぎている。死んだ後に写真を貼った可能性だって十分にあるじゃないか」
確かにそうだ。空白の一年半、いつ写真を貼られたかなんてわからない。死亡した後に写真が貼られていたら呪いなんてなにも関係ないわけだ。
または一度、呼吸を整える。
整えたあと、福太郎の言葉を理解して、呟いた。
いや、そもそも呪いなんてものはこの世に存在するわけがない。
「そうだな。福太郎、そこにこの子の年齢がわかるものって書いてないか?」
「年齢? んー。パッと見るかぎりではないね。誕生日も非公開だし。何で?」
「いや、この顔が切り取られた方の写真、いつ撮られたんだと思って。年齢がわかるなら、いつ撮られたかわかるじゃん。もし、随分と前ならなんで写真が卒業アルバムの写真なのか気になって」
本名をネットに載せているぐらいだ。自分の顔写真だって一木蜜柑は沢山のせている。昨今のネット問題やらをテレビで聞く限り最近の若い女性の中では恐らく自分の写真をネットの海に流すことに抵抗がない人の方が多いのではないだろうか。
何故、そこから拾わない。
「ああ、確かに。蜜柑ちゃんはこうして沢山の写真があるのにわざわざ卒業写真かは気になるよね。アレは雰囲気的に、中学校じゃなくて高校のアルバムっぽいよね」
「なんかわかる」
「あ、そうだ。もしかして依頼人が高校の時になにかあったとか? その関係で同じ高校だった人や関係者に白羽の矢が立った、とか?」
「だとしたらおかしいだろ。三枚目、四枚目の二人はセーラー服じゃない」
「本当だ。となると、全員同じ学校でもなさそうだな。西木野さんの年齢は二十八だったよね。となると、この写真の原版は十年ぐらい前からあるわけだ。けど、コピー紙の黄ばみ具合も汚れ具合もまったくないわけで、比較的新しいものだと僕は思う」
「一木蜜柑のネットでアップされている最後の写真を見る限りだと、十代前半、高校生って言われても違和感ないな。恐らく、西木野蛍よりも歳を取ってない可能性がある。それにしても、ネットになにもなかった西木野蛍は別にして、何故最新の写真を惜しげもなく晒してる一木蜜柑には犯人は使わなかった? 古い写真でないと出来ない呪いってなんだよ。誰かに合わせた基準が高校の卒業写真ってことか? そうなると余計意味がわからないし、ただただ気味が悪い」
「はは。そんな考え全部吹き飛ばして、ただの女子高生フェチかもしれないよ?」
「それはそれで余計キモくなるな」
だが、まだ理由が明白なだけにそちらの方が随分とマシだと思えるのも事実である。それぐらいしかこちらとしても過程を立てれそうになかった。
まさかオカルトマニアの福太郎が、なにも知らない、わからないとは。
真智の中では、この呪いを知っているとまではいかなくても、なにか近い呪いを福太郎は知っているものだと思っていた。
呪いというものは、古来からある。なにを使うかは、時代が決めるだけでその願い事はいつだって単純でそして頭が少々悪いものだと相場が決まっているのだ。『相手を不幸にしたい』と『自分に幸運を呼び込みたい』。古来から現代に至るまでその願い事は末永く、そして大変いやらしく続いている。いくら自分で呪いをカスタムしたころで、基本動作やお約束、醤油、砂糖、味醂、酒がどんな煮物料理でも使われているように、変わらない部分がかならずある。古来から続く秘伝のソースが。
だからこそ、煮たものならぬ似たものならその道に詳しい福太郎なら気付くと思ったが、とんだ読み間違いである。
福太郎の説明を聞いた限りでは、真智の感性では最早これが呪いなのかすらも怪しいと感じている。
依頼者や真智に取っては薄気味悪い呪い性を感じた顔の剥ぎ取りが、呪いに詳しい福太郎にとっては呪いとは真逆の解釈、呪いとはほど遠い行為だと言われてしまったからこそ、余計に呪いではない何か得体の知らない気持ち悪い何かではないかと思ってしまえるのだ。
確かに福太郎の言うとおり、人の体を表していない顔写真で顔の部分を切り取る行為は、なにを人とするか怪しいところがある。
呪いの藁人形だってわざわざ呪いをかけるために人型に整えている。逆に言えば、藁そのものの素材の味をいかした一本くくった形では呪いは成立しなくなってしまう。
人間である要素を自ら捨てるというのは、生贄が人間あることを捨てているのと同等。それは呪いとして致命的なことではないのか?
だからこそ、真智は考える。ここまでくると『呪い』という行為自体が怪しくなる。
が……。
「まあ、わかるよ。なにかと理由が欲しいくなる案件だと思う。目的がよくわからないものね」
そうだ。ここまでなにも見えないのはどうも気にかかる。
「呪いだと福太郎は言うが、俺は今ここまでの会話で呪いじゃないんじゃないかって思ってるぐらいには、目的がわからんな」
「呪いらしくないからね。僕の説明はどれもこの写真と普通の呪いと違うところばかりあげていたし、そうなるんじゃない?」
「逆にどうなったら呪いらしいと思う?」
本物を知らなければ、この答えはわからない。
真智ではいきつけない場所を、福太郎は小さな唸り一つでたどり着けてしまう。
「そうだね。まず、この写真が最近のものであり最低ででも等身大で顔が切り取られていないこと。次に、この写真と呪いをかけられた相手に最低限でも交流、関係があること。でも、真智の話ではないんだよね?」
「ああ。他の写真も顔がないからわからないだけかもしれないが、どれも見覚えがないらしい」
「そもそもそこがおかしい。全員が全員ってある? まあ、顔がないからってのが理由だとは思うけど、そこまで無関心な相手で呪おうなんて気兼ねで呪いなんてやる? そして次におかしいのは、写真の女性の方が死んでいること」
福太郎の一言に、真智が顔を上げた。
何故? 何故そこがおかいしのた?
「呪いなら死んでいいんじゃないか? 生贄だろ? ここまで来ると、呪いのために殺されたんじゃないかって思うけど?」
「そこだよ。わざわざ写真で代用してるのに、なんで本体殺してるんだよ。それに、十年経てば今とは随分変わっているだろ? 誰が本体と写真の彼女を結び付けるんだよ。今回はわざわざ名前が載っているだけで他二人はまったく映ってていない。彼女たちの扱いはどうなる? それに、もっともなこと言うけど、あくまで呪いをかけられてるのは依頼人だろ? 彼女たちは生贄に過ぎないし、呪いで死んだわけでもない。路上で刺されたってテレビにも出てる」
「じゃ、刺した奴が犯人とか? 面影がない生贄を殺しても、自分の中で写真と結び付けれる」
「わざわざ東京に住んでる人を殺しに東京まで? だったら彼女じゃなくていいじゃないか。犯人の近場で選ぶ的だ」
「東京に犯人が住んでたら?」
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