第4話

 メッセージを開けてみれば、午前中に依頼者に案内したサイトからの通知であった。どうやら箱壷氏が選んだコースは対面除霊。

 日付は今日、明日、明後日の三日間。早ければどの日、どの時間でも構わないと要望の欄に強く強、記載されていた。

 それはそうだろうな。厨房で皿を洗わずに真智が大きなため息を吐く。

 このタイミングでこの急ぎよう、恐らく依頼者である箱壷も写真の女が死んだのを知ったのだろう。ネットを開ければ、センセーションな話題にみんなが注目しているようだった。彼が今何処にいようと、他の中にある携帯でこのえ情報を仕入れていてもおかしくない。遠く離れた東京の事件だというのに、情報社会はいともかんたんに距離も時間も縮めてくれる。

 真智は厨房にかかった時計ではなく、自分の携帯の時計を見る。

 あのニュースを見てから約一時間。デジタルで映る時計の針は一時半を指していた。

 今日に会いに行くことは不可能じゃない。なんたって隣の市だ。親の車を借りれば片道三十分とかからないだろう。

 サイトに記載された個人情報を読めば、まだ依頼者は大学生。向こうも時間の融通がきくはずだ。午後の仕事と決めていた雑務はなにも急ぎでもないし、これほど近場で向こうが切実に会って欲しいと願っているならば仕事が終わった後でも会うことは可能だろう。

 しかし、つい先ほどまでことを可及的速やかに進めたかった真智の手の方がここで止まってしまう。

 まさか、こんなことになるなんて。

 携帯を片手に真智が厨房の床にしゃがみ込んだ。こんな予定はなかったというのに。

 まさか心霊現象で殺人事件が起こるなんて。

 何度も言うが、真智が望んでいた仕事は真智の中の『楽な仕事』である。なにも考えず、なにも起こらず。逆に言えば、何も起こるはずがないからこそ心霊現象というジャンルに手を出したと言っても過言ではなかった。あと、実家が寺。それだけの理由だ。実にしょうもないし、面白くもない男である。

 そんなことは、真智自身が良く知っていた。だが、そんなものはとうの昔に必要としていない。彼は自分の人生に面白味など求めていないのだから。面白い人生と楽な人生があれば、間違いなく楽な人生を選ぶ。漫画やゲームの主人公のようにな退屈な人生になんの価値があると撥ね退けれる強さなんて、リアルの人生において必要とされることはない。

 退屈な人生を捨ててここを出たのに、楽な人生を求めて帰って来た。彼自身がその最たる証拠なのだ。

 しかし、今はそんな哀愁を覚えている場合ではない。数をこなしていれば割合的に例外というものはどんな仕事でも発生する。

 今回の仕事がそれに当たっただけ。

 例外は最悪にも殺人事件であるが。

 それら全てを配慮して真智が出した結論はこれだ。

「会いたくねぇ……」

 最早それ以外の言葉が出てこなかった。

 ここまでことのスピードが速いと、こっちが先に正気に戻ってしまう。このままメッセージがなにかの問題で届かなかったとしたいぐらいだ。

 どう考えても、何度考えても関わると言う選択を選ぶだけで悪手以外何者でもない。今すぐにでも全力で反対方向に走り出したい。

 入力ミス、サイト側の不具合に自分がそれらを感知出来ないことは理由にならないだろうか? 真智は情けなくも汚い鳴き声を上げながら、両手で目を覆う。いや、悪くない案だ。どこかでサイトに入力ミスがあり、サイトはその入力ミスのせいで自分に依頼が入ったことを知らせる処理が出来ず、ご依頼はまだかと今か今かと待ちわびていた自分は、お客様からご連絡が一向に来ずに途方に暮れ、ほとぼりが冷めた一か月後ぐらいにあれから連絡はないが、大丈夫か? こちらはとても心配している。無事ならいいが、もしまだ困っているなら除霊のご連絡を下さいと心配メッセージを送る。これならなにも不自然なことはない。

 逆になさ過ぎて本当に起きたことのように感じるぐらいだ。

 真智は汚い鳴き声を止めて、絶望しきった顔に笑顔を戻した。なんだ。簡単な話じゃないか。

 料金が発生していない今現在だからこそ、こちらから逃げることが出来る。相談を聞いた後じゃ絶対に出来ないことだ。今のタイミングで知れて良かった。

 金を払った後にこちらからのキャンセルは、トラブルになることが多い。それにいもしない霊の除霊とかを取り扱っているこの仕事。殺人が起きて逃げたと言われれば、この情報社会では直ぐに看板を降ろすしかなくなってしまう。

 ネットスラングで言う神回避とはまさにこのこと。寺生まれ寺育ち寺在住だが、やはり頼み事は神様に限る。

 無駄な事に気を揉んだ時間を返して欲しいと思いながら、真智は洗い物に手を伸ばした。今日は予定通り、雑用を片づけてしまおう。

 昔に流行った曲を歌いながら皿を洗っていると、尻の右が今日は調子がいいのか一緒にリズムをとって踊ってくれていた。尻だって今日は楽しい気分なのだろう。自分の持ち主が厄介事から回避できたのだから。

 尻の喜びっぷりに気分が良くなった真智は、もっと声をあげる。

 通知音が耳に入らないように。

 と。

「そんなわけあるかよっ!」

 突然怒鳴った真智はゴム手袋を脱ぎ捨てると右側のケツポケットに入った携帯を怒り任せに取り出した。

 一体誰がこんな嫌がらせ染みたことをするのか。鳴りやまないメッセージの通知音に、止まらないバイブレーション。怒りにまかしたまま、画面を押す。開幕一番に怒鳴り込んでやる。そう思っていたのだ、この時までは。

 しかし、彼はこの時まですっかり忘れていたのである。

 なにも自分からわざわざ連絡を取らなくても、相手から連絡が来る可能性があることに。

 メッセージの相手は全て箱壷和樹からであった。

 一番最新のメッセージには、『基本料金のみ取り急ぎ振り込みました。オプションなどその時にかかる別途費用については後日振り込ませていただきます』と書かれているから目も当てられない。

 どうやらこの呪いは被害者だけではなく依頼者とその周り、主に俺にも被害が及ぶようだと、頭を抱えながらなんともおもしろもないことを真智は考えたていた。

 



 結論として、今日真智は箱壷に会いに行くことはなかった。

 真智は箱壷と当初の主張通り、自分の中での損得の計算をした上で会う気がないという姿勢を終始依頼者にも勇敢に貫いた。

 と、言えばまだかっこいいのだろうがそれは現実とは随分と異なっている。どうしても会いたくない、会いたいと思わない真智は結果として今日会う約束をオンラインの相談に変えてもらっただけである。しかも、今日は除霊案件が立て込んで京都にいると小学生みたいに嘘をついてしまって。

 三十三歳に今年なる成人男性だとは思えないぐらいの醜態だ。

 流石に自分でも思うところがあるのか、そのメッセージを送った後中々立ち上がれないぐらいに落ち込んでいた。

 それもそうだ。

 心霊現象。

 寺。

 除霊。

 それらでなんとなく思い浮かんでそれっぽいのが京都だと思って言っただけなのだから。咄嗟の言い訳をメッセージでするという悪手もさることながら、その発想が本当に大人かと疑うものばかりなのが悲しい。

 寺は京都ではなく愛知が多いのを知っているのに、雰囲気に自分の知性が負けたのも思った以上にショックなのだろう。

 しかし、なにも知らない依頼者はただただその提案を快諾してくれた。それだけが救いである。下手につっこまれていたら二度と人として立ち上がれない致命傷になっていたことだろう。

 時間は寺の雑務が終わって、学校の体育塾を終えた姪っ子を迎えに行くまでの間。

 つまり、今である。

 狭い狭い自室に戻った真智は、気乗りしない顔のままヘッドホンとマイクの電源を入れた。

 元々自分の子供部屋として彼に割り振られていた部屋は、今は姪っ子の部屋である。どうやら東京に逃げたあの夜の晩に残した荷物は父親が焼いたらしい。母は戻ってきた時にあの時はどれほど大変だったかと涙を滲ませて語ってくれるが、そんなことを言われても心の底からあの日、あの時、あの夜にこんな場所にいなくてよかった思うことしか出来ないのじゃないかと、彼は小さくぼやいた。

 今では離れの奥にある畳二畳半の子供の時から何の部屋なのか不思議だった細長い物置部屋が、彼の城である。

 両腕を伸ばしきれない両壁ギリギリに置かれた机の上には、唯一の親友から貰った使い古されたノートパソコンと新しく輝く高そうな配信機材だけ。背景が見えないように後ろに白い布に兄のお古の法衣を待って準備は万端。

 流石に袈裟は拝借できなかったが、素人相手には十分だろう。

「こんにちはー」

 画面にうつる見知らぬアイコンに話しかけると、向こうのカメラが起動し始め、はじめて依頼者の姿を拝むことができた。

 画面の向こうには年相応の爽やかな好青年が映っている。顔はいいが、何処か芋臭さがあり垢抜けない。とてもじゃないが、女関係で呪われるタイプのように人間には見えなかった。

「箱壷さんですか?」

 優しく真智が話しかけると、画面の向こうの青年は驚いたように機材を触ったりなにかしたり。慣れていないのかすべてがぎこちない。どちらかと言えば、デジタル環境下にいる依頼人の方がオンラインで会話する方法などは慣れているずだろうに。

「慌てなくて大丈夫ですよ。こちらの声は聞こえてますか?」

 ゆっくりと言葉を吐けば、彼の言葉に合わせて動き出す。返事は一向にないが、その様子から察するに聞こえているのだろう。

「こちらも聞こえるか確認したいため、何か話していただけると助かります。お手数ですが、声を出していただけますか?」

 返事なんて待っていたら、簡単に日が暮れてしまうタイプだ。

 青年はまた彼の言葉に慌てながら右往左往と世話しなく顔を動かしている。

「箱壷さん? お返事できますか?」

 しかし、画面の向こうの彼は一向に口を開くことはなかった。

 なにをそんなに世話しなく動いているんだ? 真智は目を細めて画面の向こう側の世界を思い描く。大抵、職場じゃないパソコンの前で慌ている人間は機材トラブルか、または炎上かの二択しかないはずだ。こちらの声が通っている様子を見る限りではオーディオに問題はなさそうである。勿論、向こうが口を開かないせいでマイクトラブルが潜んでいいる可能性もあるが青年が口を開かないことにはわかりようがない。そんなことは一先ず置いていおい、何故彼があんなにも挙動不審なのか。

 まさか、部屋に霊がいる? 死んだ女の霊が彷徨っているから顔を動かしている、とか?

 そんな想像が頭をよぎると、真智は急いで頭を振る。

 いやいや、なにが霊だ。なにが死んだ女の霊が彷徨っている、だ。馬鹿馬鹿しい。

 幽霊なんていない。呪いなんてない。願って死んでくれるなら、自分の周りはもっとハッピーになっているもんだと、真智は呼吸を整える。

 自分は引っ張られたらいけないと。

「箱壷さん。取り合ず、自分のお名前言えますか?」

 箱壷は今までせわしなく動いていた顔を止めると、申し訳なさそうに手を合わせる。

『すみません。マイクがないので声が届かないんです』

 少しノイズが入る程度で、箱壷のイヤホンと一体化しているマイクの状態は極めて良好である。

 今まで口をひらなかったのは、どうやら彼はマイクがないために意味がないと思っていたらしい。

 なるとぼ、本当にそうなら今ここで口を開いて謝ったとしても聞こえないのだから意味はないだろう。もっと言えば、普通にその旨メッセージを送れば早期解決にもつながったのに。

 どうやらめんどくさいのは依頼内容だけじゃない。ご本人も同じの様だ。

「そうですか。大丈夫ですよ。こちらはオーラで貴方の話したい言葉を感じ取ることができますから」

 京都で仕事をしているよりも小学生のような嘘だが、真智の顔に恥ずかしさも後悔もなかった。

『えっ!? 本当ですか!?』

 だって、この手の相手は信じるタイプが大半なのだから。

 良くも悪くも純粋でリアリスト。自分の目でみたものしか信じられないが、自分の目でそれだと思ったものを見た瞬間、疑う気持ちをはるか遠くにぶん投げるタイプ。

「はは。本当ですよ」

 マイクがないのに自分の声に答えている心霊現象解決系お悩み相談動画配信者なんて目にした日には、信じるしかなくなってしまう。

『すごいっ! 本当にわかるんだっ! 本物じゃんっ。ちょっとボク、本当は疑っていたんですがマッチ坊さんに相談して良かった』

「はは。巷には私みたいな霊能力や除霊の能力のない偽物が沢山いますからね」

 私みたいな、能力がない偽物。

『引っかからなくてよかった!』

 能力がないことについての説明をしたが、問題ないのか解約、キャンセルの話にはならない。むしろ、良かったの単語を見る限りではひどく満足しているように伺える。よかった。どうやら彼は真智が『巷によくいる霊能力や除霊の能力のない偽物』であることを納得してくれたようだ。

「はは、そう言っていただけて助かります。それでは確認ですが、貴方は箱壷さんでよろしいですか?」

『はい。箱壷和樹です。二十一歳大学では法学を勉強しています』

 そこまでは聞いていないが、隣の市にある大学にでも通っているのだろうか。

 それにしても、本当にこんな頼りないタイプが女五人を巻き込んでの愛憎劇の舞台に上がれるのだろうか。

 先ほどの自称機材トラブルもそうだが、聞いたこと以上の声を返すところ。余りにも少し、頼りないというよりもどんくさくないか? だが、女の趣味は色々ある。男よりも女の趣味は多様化になりがちだ。頼りない男を好む女性だって少なくはないだろう。子供や子犬のように可愛いと思うかもしれないし、なによりも服装や髪型の雰囲気は芋くても純粋にこの依頼者は顔がいい。女の子は顔に素直だ。可愛いものや美しいものを男よりも好む。恐らく、本能レベルで刻まれたものなのだろう。

 けど、自分が女だったら絶対に付き合いたくないと思うが。と、女になれもしない真智は思った。

「そうなんですね。今回残念ながら、私はこの件をすぐ除霊して終わりとなる事件だとは思っていません。表面にはびこる貴方にぶら下がっている生霊をどれだけ払っても根本的な解決には至らないからです」

 真智の真剣な声に、箱壷はぐっと背筋を伸ばした。真智が語らずとも、何故メッセージやサイトにも書かれていないこんなことを言い出したのか彼にもわかるからだ。

『マッチ坊さんも……、ニュース見てたんですか?』

「ええ。偶然休憩を取っていた甘味処でニュースを。西木野蛍さん、ですっけ?」

 携帯の画像を広げながら、真智は箱壷に確認する。

『そうです。顔のない写真の一人です』

 やはり箱壷も把握はしているようだ。

「ご関係は? 元恋人? それとも、友達しか?」

 勿論、疚しい方の友達である。

『恋人なんてそんなっ。それに、友達でもありません』

 友達でもない? その言葉に真智は眉を潜めた。

 他に考えられる関係は、学校時代でなにかしらの先輩後輩、バイト先の同期、親戚にあと一つは……。

『ボクは西木野蛍なんて女性、知らないんです』

 そう。残りの一つは本当に接点がない赤の他人であるということ。

「知り合いでは、ない?」

『はい』

 では、どこから彼女は沸いてできたのだ?

「今日は、オンラインで出来る範囲のことをしましょう。除霊をするために生霊や貴方を取り巻くどんな種類の呪いの方法など少しでも多くの情報が必要となってきます。答えたくなければ結構ですが、なるべくなら答えて欲しいです」

『は、はいっ。ボクもどうしていいのか分からず、頼れるのがマッチ坊さんだけなのでなんでも話すつもりです』

「そうですか。では、質問させていただきますね。五枚の写真のうち、見覚えのある女性はいましたか?」

『いえ。全員顔がくり抜かているのもあって、思い当たる写真は一枚もなかったです。西木野さん以外にも名字や名前がわかる人たちもいましたが、全て聞き覚えがないです』

 真智は自分の口を抑える。

 当初のヨミでは女関係の痴情のもつれ。その恨みからの呪いであると思っていた。あの手のものは大抵、顔に開いた女が不幸になったり呪いを受けた人物と離れ離れになるようにというものが多い。

 だが、依頼者である箱壷には一枚も思い当たる人物がいないと言う。既に離れ離れの状態なのにこれ以上なにを彼女たちに望んていると言うのか。

「そうですか。では、あの部屋に引っ越して彼女がいたことはありましたか?」

『いえ、そういえばないですね』

「引っ越す前は?」

『大学に上がってちょっとはいましたが、ボクが勉強に追われる日々を送っていると自然消滅のようになってしまって。そこからは誰もいないですね』

 引っ越してきのは一年半前。確かにかぶってはいないな。

「友達や女性を部屋に招いたことは?」

『勿論ありますよ。サークルの飲み会で帰れない後輩や先輩もたまに泊まって行くんです。その中には女の子もいますよ』

 不特定多数が部屋に入れる状態。

 もし、飲み会で依頼者のことが好きな女が帰れなくなったから泊まらしてくれと依頼者の部屋に入ったとしよう。

 今の時点で恋の呪いだという可能性は低くなってしまったが、この顔のない写真の呪いが恋の呪いだとしよう。

 依頼者のことが好きな女は、依頼者に他の女が近づかないように呪いの条件である知らない女の写真を拡大コピーして顔を丁寧に千切り、出来上がった五枚のコピー用紙を依頼者が寝静まった後、こっそりベッドの下に入って貼り付ける。

 真智は自分の頭に思い描いたシナリオを素早く片手を振って消す。

 そんなわけあるか。

 呪いのコストが高すぎる。既に家の中に侵入できるなら呪いに頼るよりも他の女がこないか常に監視できるカメラを設置した方が早いし効率的でだし、もっと素早くいくなら家には入れるのだから合鍵を自力で作ればいい。犯罪は犯罪だが、ベッドの下に知らん女の顔を千切って貼っていた方が印象に対していはマイナスであるし、時間がかかりすぎる。

 となると、現時点で怪しいのは自然消滅で終わってしまった彼女だ。

「別れた彼女はどうしてるの? 地元にいる?」

 彼女だけは、依頼人を呪っていい条件が揃っている。

 人が良さそうで、何事も信じると決めれば信じてくれて、誰にでも恐らく素直。男女関係なく自分の部屋を提供出来る奴は中々いないし、それを利用してくれる奴だって相手に信頼がなければいないことだろう。

 そんな彼が呪いを用いたいと思うぐらい憎まれることなんてあるのだろうか。

 もしかしたら、彼女は今でも彼のことを思っているのかもしれない。いや、捨てられたなんて思っていないのかもしれない。風の噂で彼が引っ越した聞くまでは。

『地元にいますよ。ボクの地元、隣の市なんで近いですけど』

「え?」

『△△市ってところなんです。急行止まる駅もあって、地方の中では中々栄えている方だと思いますよ』

 そんな説明、真智には必要がない。

 真智だって箱壷と同じ地元なのだから。

 そんな実家が近い場所から隣の市に引っ越す? なんて贅沢なんだ。日々物価は上がり続けているというのに。

 まさかこいつ、金持ちか?

 真智が狭すぎない依頼人の背中の向こうの部屋を物色する。見る限り、所狭しと物も服も置いていない。となると、そこはワンルームではないのだろう。大学生の一人暮らし。予定の詰め方を見ると、恐らくバイトもあまりしていないし、振込の速さを見れば金にも困っていない。

 そりゃ、女の子も泊まりに来るだろ。

 おそらく、この部屋にはゲストが寝泊まりできる部屋がもう一つあるだ。

「ご両親はなんのお仕事をされていますか? もしかしたら、先祖代々の呪いかもしれないので」

『え、そんなものもあるのですか? そう言えば、七代先まで呪うと言う言葉がありますね』

 末まで呪う覚悟を持てよ。

「そうですね。恐ろしい呪いです」

 が、わざわざ言い直させるコストを割こうとは到底思えない。

『父が医者で母が弁護士です』

「医者ですか?」

『はい。地元に聖協病院という総合病院があるのですが、そこがボクの実家です』

 聖協病院!? その単語に思わず真智の手が固まる。

 この街に住んだことがある人間で、知らない人などいないだろう。この街唯一の総合病院ではないか。

 これは間違いなく、金持ちのボンボンである。となると、どんくささも人の良さも合点が行った。彼がどんくさくても困ることはないし、人にやさしくできるだけの余裕が常にあるのだ。

 これは本当に、おカモ様の中でもキングおカモ様かもしれない。

 殺人事件に尻込みしている場合ではないことは確かだ。こんな小金がせびれるチャンスはまたとない。

「なるほど。病院関係はどうしても人の恨みや未練が残こる場所になってしまいますからね。一度、こちらでも箱壷さんの周囲を調べさせていただきます。ご安心してください。決して解決ではないことはないのですから」

『本当ですかっ!?』

「ええ。今日はありがとうごさいました。また何かわかった際にご連絡差し上げますのでその時はよろしくお願います」

『はいっ! ありがとうこざいましたっ』

「では失礼します」

 とんだ大物を釣り上げた高揚感からか、真智はそのまま後ろに倒れベッドの上にダイブする。

 簡単に除霊をするだけでは、ダメだ。こちらのサービスをより多く考えて彼に提供しなければ。

 例えば、彼に呪いをかけた人物を探し出すとか?

 これは大きな手柄でデカい金額を堂々と提示できるじゃないか。

 これしかないと、真智は携帯の電話を鳴らす。

 かけた先は真智の唯一の幼馴染で友達の……。

「福太郎、ちょっととおもしろいことになってるから家に来いよ」

 福太郎にであった。

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