霧霞の平原

226 前哨基地★


「このダンジョンは霧が立ち込めていて、視界が悪くなることが多いから、気をつけてね」


 石垣でぐるりと囲われた前哨基地アウトポストの入り口には、屈強な門兵が立っていた。

 ファーニャの顔を見るなり、彼は「お疲れ様です!」と敬意を込めて声を掛ける。

 本来なら入場税が必要なはずだが、彼女のおかげでそれを免れることができた。


 ロランは馬車を降り、目前に広がる光景に圧倒された。


「うわぁ……」

「ふふ、私の父もこの基地に出資してるの。功労者なんだから!」


 基地は一つの小さな町のように賑い、冒険者や商人、修理屋、そしてギルドの出張所が集まっていた。

 冒険者たちが武器を手入れしたり、地図を広げて作戦を練ったりしている姿が目に入る。

 商人たちは大声で商品を売り込み、道具やポーションが所狭しと並べられていた。


「ダンジョンに潜る前に、装備の点検や準備を整えるのが常識。冒険者たちはここで情報を交換したり、必要な物資を調達したりします」


 ファーニャが説明するその顔には、誇りが漂っていた。


{{まるで一つの小さな町ですね。何でも揃いそうです……!}}


 ロランは周囲を見渡しながら、エリクシルと共に、前哨基地アウトポストの広さに感嘆した。

 露天通りを歩きながら、並べられた商品に目を向ける。

 ポーション屋には色とりどりの瓶が並び、冒険者たちが真剣な表情で購入している。


《中級治癒のポーションが250ルースか。結構な値段だな……》

{{こちらでは中級品質まで取り扱っているようですね……}}

《隣はスクロール屋か》

{{癒しのスクロールが500ルース、ポートポランよりも値が張りますね}}

前哨基地アウトポストだからか?》

{{輸送費や人件費を考えれば高値なのも頷けます}}


 ロランは次に簡素な建物に目を向けた。

 そこでは冒険者たちがベッドに腰掛け、疲れを癒しているのが見えた。

 質素だが、しっかりと休息が取れる場所のようだ。


「宿泊所もあるんだな……」

「そう。ダンジョン攻略で疲れた冒険者はここで休むみたい。私は使わないけど」


 次に目に入ったのは、冒険者たちが食事を楽しんでいる食事処。

 熱気に包まれ、香ばしい匂いが漂ってくる。

 疲れた体にエネルギーを補給するのに、格好の場所だろう。


《……ここの料理、結構うまそうだな》

{{昼餉は楽しめませんでしたからね}}


 今度は荷物の預かり所を見つけた。

 冒険者たちが不要な荷物を預け、ダンジョンへ向かっている姿が印象的だった。


「荷物を預けて、身軽にするってことか……」


 ロランは周囲を見渡しながら、すべてが冒険者のために整えられていることに驚いた。

 管理されたダンジョンでは、冒険に必要な施設が一通り揃えられているようだ。

 ルハ・シャイア甦りの鉱山もゆくゆくは、こうなるのだろうか。


「……お嬢様、準備は整いましたか?」


 ダンジョンの入り口に近づくと、クルバルが鋭い目つきで確認する。

 その冷静で隙のない姿勢に、彼の使命感が表れていた。


「ええ、問題ない。クルバル」


 ファーニャはそう言い、彼に微笑んだ。

 クルバルも短く頷くだけだったが、その目には一瞬の柔らかさが垣間見えた。


「ロランさん、こちらで最後の確認をしましょう。ダンジョンに入る前に装備を再チェックして」


 ファーニャの指示に従い、ロランは装備を確認し始めた。

 背中に感じる緊張感は薄れることはなかったが、彼は前哨基地アウトポストの賑わいに励まされ、気が引き締まる。


 ふと、ファーニャがロランに声を掛ける。


「ロランさんは戦士のようだけど……強みはなに?」

「……強み、ですか?」


 ファーニャは腕を組み、彼の答えを待っている。

 頑強な鎧を身にまとい、鋭利なブロードソードを担いでいる。

 その堂々とした姿は、まさに仲間であればこの上なく頼もしく、敵であれば容赦ない死をもたらすだろうことを想像させる。


「私は剣士、敵陣に斬り込んで殲滅するのが強み」

《……要するに脳筋だよな》

{{言葉にしてはなりませんよ!}}

《わかってる》


 ファーニャのように圧倒的な攻撃力で敵を討ち取り、多少の傷に怯まない彼女の勇敢さは称賛に値する。

 しかし、敵の強さを過小評価すれば、その自信が命取りになることもある。

 実際、タロンの主との戦いでは、ファーニャ自身も手痛い深手を負ったはずだ。

 彼女はそれをどう捉えているのだろうか。

 カディンが頭を悩ませるのも頷ける。


「……俺は知識が武器です。魔物を冷静に分析し、ケガをしないように立ち回ります」

{{それはわたしの強みのような気がしますが、一心同体ですからね……!}}

《そうそう!》


「……知識、ね。多少の傷なんてポーションや治癒の魔法でどうとでもなる。冒険者ならケガすることを恐れてはダメじゃないの?」


 ファーニャの言葉には、剣士として戦い続けてきた誇りが感じられた。

 彼女にとって傷は戦いの勲章であり、剣士としての誇りを象徴するものなのだろう。

 傷を恐れることは、自分自身の力を疑うことに等しいのかもしれない。


「俺はファーニャさんみたいに潤沢な資金がないので装備を壊したくないし、ケガもしたくないんです」

「なら、お金もないのになんで冒険者をしてるの?」


 ファーニャの問いに、ロランは一瞬言葉に詰まった。

 この地を脱出するためとは言えない。


「……生き残るためです」

「ふーん……」


 生存に割り振ったロランの強みを聞いて、彼女は何を思うのか。

 彼女はロランの表情をじっと見つめたが、それ以上の追及はしなかった。


 奥にあるダンジョンの入り口を眺めるロラン。

 彼の心にはまだ不安が残っていたが、それでも前に進む覚悟は決まっていた。

 クルバルは厳しい目つきでロランを見つめ、低い声で言った。


「お嬢様の安全を確保するのが最優先だ。無茶は避けろよ」

「……分かっています。安全第一で進みます」


 ロランはその厳しい態度に緊張しながらも、真剣に頷いた。


 ダンジョンの入り口は、険しい丘の急斜面にぽっかりと口を開けていた。

 その闇は光を一切通さない漆黒の洞窟で、まるで闇そのものが凝縮されたかのよう。


 洞窟の入り口には、苔や蔦が絡みつき、長い年月が経過していることを物語る。

 湿った空気が漂い、辺りをひんやりとした冷気が包む。


 {{ ……また雰囲気の異なるダンジョンですね…… }}

 《あぁ……》


 ロランはその光景に圧倒されながらも、ファーニャたちとパーティを結成した。


「それでは私に着いて来て」


 ファーニャの後に続く。

 クルバルは常に警戒を怠らず、鋭い目で周囲を見渡している。


 闇をくぐると、まるで世界が一変したかのように濃い霧が立ち込め、視界が一気に悪くなった。


――――――――――――――

アウトポスト。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093083988203193

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る