217 新たな町とリサ★


 *    *    *    *


 ロランは書斎スペースで資料作りに励みながら、部屋を訪れたリサに視線を送る。


「リサさん、だいぶ見違えましたね……」

「ありがとう……まさかこんな綺麗なお風呂に入れるとは思わなかった。それに、こんな素敵な宿……宇宙でも、なかなか泊まれない……」


 ロランの声に、リサは微笑み返す。

 彼女の言葉には感謝と安堵が込められ、どこか落ち着きを取り戻しているようだった。


 数時間前まで、疲れと不安に押し潰されそうだった彼女の姿は、今では少しずつ色を取り戻しつつある。

 湯気に包まれて疲れを癒した彼女の姿は、以前のぼろぼろな状態から一転して、この地の街娘のように馴染んで見えた。


 汚れてくすんでいた彼女の髪の色は、暗い紺で毛先は明るくなっていた。

 ミティさんはこの独特な髪色に気が付いて、頭巾を用意してくれたのか。


{……それでは村に連絡しましょうか}

「おう」


 ロランは手元の小型端末を操作し、シャイアル村との通信を試みた。

 接続が確立されると、画面に映し出されたのはコスタンの顔だった。

 彼の顔には、待ち望んでいた通信がやっと届いたことへの喜びが溢れていた。


「おふたりとも! お元気ですかな!?」

「コスタンさん! 元気ですよ!」

{コスタンさん、ご無沙汰しています。お元気そうで何よりです}

「いやぁ、ちょうど連絡をせねばと思っていた矢先でした……。サロメやーい! 皆を呼んでくれ!」


「……そちらの状況はどうですか? 調査団が船の近くの遺跡を訪れていたのは冷や冷やしましたよ……」

「あぁ……あれは、調査団の鳥人の……」

{キトル族ですかね?}

「おぉっ! さすがエリクシルさん。新たな知識を仕入れたのですな? バイユールの図書館はいかがでしたか!」

{ふふふっ……大変楽しめました!}

「いやぁコスタンさん。ほんと大変でしたよ。半日図書館にいさせられて……」


 ロランはバイユールを訪れてから大変だった出来事を発散するかのように伝える。

 都度エリクシルに補足されつつ、コスタンは変わらぬふたりのやりとりに喜んでいた。


「ロランくんの大変さもわかりますが、それも必要なことですからな。励むべきです! ……おっと、いかんいかん、調査団のキトル族が見慣れない足跡を発見したと言いましてな……」

「うわ……」

「えぇ、かなり腕の立つ探索者レンジャーでしてなぁ……肝が冷えましたぞ」


 幸いタロンの主が周囲一帯をめちゃめちゃにしてくれていたため、それ以上の痕跡を追うことが出来ず戻ったそうだ。

 それを聞いたロランとエリクシルは胸をほっと撫でおろす。


「おや、そちらのお嬢さんは……?」

「あぁ、彼女はリサ・アンリ―サさんです。同郷の漂流者で、バイユールで保護したんです」

「同郷! ついにお仲間を見つけられたのですな!?」


「同郷ですって!?」

「ロラーン! エリ~!」


 コスタンの妻サロメの弾んだ声だ。

 後ろから続くのはニョムの声だな。


「久しぶりですぜ! 元気ですかい!?」

「ロラン、こっちは大変だよ」

「おふたりとも元気そうで良かった」


 ラクモやチャリス、ムルコたちも次々と集まり、久々の再会に場が賑やかになった。

 彼らの声を聞くと、ロランはふとホームシックになりそうな気持ちを覚える。


 お互いの無事を喜びながら、ロランはリサのことを簡単に説明し、ダンジョンの調査が落ち着き次第、彼女を連れて戻るつもりであることを伝えた。

 

「あぁ、そのダンジョンについてですがな、新たに資源型のダンジョンとして認められました」

甦りの鉱山ルハ・シャイア》が資源型!」

{喜ばしいことですね!}


「それとは別に、当分は調査団が常駐することになりましてな……。高名なダンジョン学者などもゆくゆくは調査に訪れるとか。村はますます騒がしくなります」

{しばらくは戻れそうにないですね……}

「そうだ! ダンジョンの権利は! どうなったんですか?」


 ロランが気にするように、権利の問題もあった。

 通常であれば領内の管轄、領主管理となるはずだが……。


「えぇ、それもポートポラン領に帰属することになりそうですが、幸いにも管理を任せてもらいました!」

{わっ! シャイアル村が町に格上げになったのですかっ!}

「おおっ! めでたい!」


 ギルドの出張所は支店に昇格し、調査団の滞在のために物資や人員が集まり、村の人口は一気に増えつつある。

 ダンジョン運営の利益も見込まれ、村は正式に町として認定される予定だ。

 さらに、賢熊スネア付きの執政官も送られ、今後はその人物を通じて、ダンジョン税なるものを納める必要があるとか。

 とりあえずは町の管理となったことに安心する。


{忙しくなりますね……!}

「はっは……。今は町の再建を手伝ってもらうように、住民の多くが家族に手紙を出しています。ダンジョンのお陰で実入りも多くなるはず。ますます人も増えるでしょうなぁ」


 町への移民は原則、町長のお触れが出てからとなる。

 まずは元々いた住民を優先的に迎え入れ、その後、家を増設するための大工やインフラを整える職人、商売人を引き入れる。

 町の基盤が安定すれば冒険者や町に移住したい者を集めるそうだ。


{リサさんを迎え入れるタイミングはその時になりますかね……}

「結構先になりそうだな……」

「あぁ、お急ぎであれば私の身内として登録すれば良いでしょう。義理の娘、といったように」

「ロランさんの知人であれば歓迎しますよ!」

{それは良案ですね! 助かります!}

「確かに!」

「そうだ、ロランさんも移住者として登録しておきますでな!」

「お願いします!」


 サロメの許可も降り、着々と計画が進む。

 コスタンは町の昇格について簡潔に説明してく、エリクシルがそれを記録する。


「町への昇格時に住民を登録する必要があるので、それ以降にはなります」

{具体的には?}

「三日後……ですな。身内もその頃戻るかと」

「ちょうどいい! 俺たちも三日後には戻ろうかと考えていたんです!」

「はっは、幸先良いですな。それでは帰りを待っていますぞ!」


 リサの顔合わせを済ませ、帰郷を心待ちにしながら通信を終えた。

 ロランはリサに今までの内容を説明する。


「私が村長さんの義理の娘……」

{形だけなので安心してください。の身内であれば身分が保証されているようなものですから}

「そっか……。それで、その三日の間、私はどうすれば……?」

「とりあえずは言語習得に専念してもらおうかと……」


 不安気なリサにロランは答えたが、その先のことはまだ決めていなかった。


《この宿に三日滞在してもらうとなると、いくらかかる?》

{{朝晩の食事を入れて1,750ルース、それに昼食代も必要です}}

《金額は問題ないな。外食も考えて朝だけとろう。とりあえずは資料作りも進めなきゃならねえし、詳しくは明日考えるか》


{……とりあえず明日から言語学習をしてもらう予定ではありますが、リサさんもお疲れでしょう。続きは明日の朝食の時に詳しく話しましょうね}

「うん……わかった。ありがとう……」


 リサは少しほっとした様子で静かに答えた。

 ロランは彼女の疲れた顔を見つめ、心配そうに付け加える。


「今日はゆっくり休んでください。明日から少しずつ頑張っていきましょう!」


 リサは微笑みながら頷き、静かに立ち上がった。

 彼女は部屋を出る前に一度振り返る。


「ありがとう、おやすみなさい……」

「{おやすみなさい、リサさん}」


 ふたりも応じ、彼女が部屋を出て行くのを見送った。


 *    *    *    *


――――――――――――――

街娘リサ。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093083246523445

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