216 共に歩む未来


「ありがとう、ロランさん、エリクシルさん。私も……私も精一杯頑張ります。何をすればいいのか、何から始めたらいいのか、わからないことだらけだけど……」


《……正直、俺もそうなんだよな。バイユールでの観光を打ち切って村に帰るにしても、

{{それらの状況を踏まえて計画を立ててみましょうか}}


 ふたりはリサをシャイアル村に移住させることを検討していた。

 しかし、調査団が訪れている今のタイミングは好ましくない。

 村ともしばらく連絡を取っていないため、村の状況を確認する必要がある。


 村が落ち着くまではバイユールに滞在しなければならない。

 その間、彼女を『ゴールデンリーフ・イン』に寝泊りさせることを提案するが。


{{お金の問題ではないのです。確かに宿での滞在は安全ですが、それは物理的な安全だけに過ぎません。リサさんがこの世界に適応するためには、彼女がこの地での日常生活に直に触れ、そこで生きる人々と関わり合いながら学ぶ必要があります}}


 ミニエリーが画面の隅で「適応」という言葉に力を込めて、両手を広げた。

 それを受けて、ロランは眉をひそめた。


《それはわかるが、他に安全なところなんかあるか?》

{{あっ……う~~~~~ん}}

《なんだ?》

{{いえ、この案は没です}}

《なんだよ、言ってみろよ》

{{ニアさんに預けるのはどうかと思ったんです。彼女はあなたを泊めるだけの余力がありますし……}}


 ミニエリーはデバイスの端っこに小さく姿を現し、こちらを覗き込んでおずおずとしている。


《いや、それは、たぶん……厳しいというか……。一番はニアさんに迷惑だろ!》

{{だから没なんです。今日出会った人物に、今日出会った人物をいきなり預けるのは良くありません}}


 ミニエリーは手をバタバタさせながら「没!」の看板を掲げ、ぶんぶんと振り回して強調する。

 そのコミカルな動きに、ロランは少しだけ肩をすくめた。


《さすがになぁ、この世界の常識なんか知らねえけど……。エリクシルも突飛なこと考えるんだな》

{{突飛……。没だと言ったのに……なにか釈然としません}}

《ごめんごめん! 俺が無理に聞き出したんだもんな》

{{そうですっ!}}


 ミニエリーは頬を膨らませながら、ふわふわと浮かんでは沈んでいる。


《すまんかったって。……とりあえず今日は快適な寝床、『ゴールデンリーフ・イン』に泊まってもらった方がいいんじゃねえか? コスタンさんたちとも相談しなきゃだろ。紹介も必要だし……》

{{…………確かに、その通りでした。それにわたしたちの準備もできていません}}


《準備って?》

{{彼女の言語習得を助けるための資料作りですよ! 紙に日常生活で使用する言葉などを書いて学んでもらうのです!}}

《うっ……あーー……。今夜は徹夜か……》


 ロランはリサに向き直ると今後の計画を伝えた。

 まずは資料作りのために雑貨屋を訪ね、必要なものを購入する。


 煌びやかな通りを進みながら、宿に向かう道中。

 リサがふと、ロランに尋ねた。


「ロランさんは、えっと、原世界ネヴュラではなにしていたの?」

「……俺は惑星間運送屋を営んでいました」


 リサは驚いた表情を浮かべる。


「宙賊に襲われたとは聞いたけど、自分の船だったの!? ユピテルのデバイス腕輪型端末も個人のなんだ……。若いのにすごいね」

「ははっ、前にも似たようなこと言われました。ただ、幸運だったんです。宇宙に出てからも苦労が絶えなかったんですけどね」

「そうなの? どんな苦労があったの?」


 ロランは少し考え込んでから、思い出したように話し出した。


「ああ、そうだな……一度、すごく大事な荷物を届けるために、あるコロニーに行ったことがあったんですよ。そのコロニーの名前は『タピオカ』、まあ名前からして妙だなって思ったな。でも仕事だから、気にせずに行ったんです」

「タピオカ……変わった名前ね」

{ええ、あそこは興味深い場所でした}


「そう、でも本当に驚いたのは、そこに住んでる人たちが、タピオカ漬けだったんですよ」

「えっ、それってどういうこと……?」

{ふふっ……}


 リサは理解不能といった表情を浮かべ、ロランは頷きながら続ける。


「街の建物はタピオカパールを模したデザインで、建物の床は歩くたびに『ぷにぷに』とした感触だったし、今思えばあれもタピオカ入りだったんだな」

「そんなコロニーがあるなんて……!」


 リサは笑いをこらえきれず、くすくすと声を上げた。


「それに、レストランじゃほとんどの料理にタピオカが入ってるんです。『タピオカミートボール』に『タピオカスープ』、デザートはもちろん『タピオカプリン』。最初は面白いと思ったけど、さすがに飽きる!」

「そんなところに住むのは大変そうね……!」


 リサはもう笑いが止まらず、肩を震わせていた。


「ええ、住民たちは慣れてるみたいでしたけど、俺には結構ハードでしたね。しかも昼夜問わず、どこからかタピオカの音楽が流れていて、耳にこびりつくんですよ。『タピオカ、タピオカ〜♪』って感じの歌がずっと……」


 リサは我慢できずに大きな声で笑った。


「結局、そのコロニーには二度と行かないと決めたんですけど、今でもあの歌が頭の中で時々リピートしちゃって……」

{わたし、その曲再生できますよ}

「ぶはっ! あるのっ!!!?」

「勘弁してくれ……!!」


 リサの顔には以前よりも柔らかい表情が浮かべている。

 この話を楽しんでくれたようだ。


《良かったな……》

{{そうですね}}


 リサの笑顔を見て、ロランとエリクシルはほっとする。

 彼女が少し打ち解けたことを確かに感じ取った。


 一行は笑顔のまま『ゴールデンリーフ・イン』に戻る。

 広々としたロビーに入るなり、リサは足を止めた。


「うわぁ……素敵な宿……」

「良い宿ですよね。ここはバイユールでも評判の良い所なんですって」

「その、お金とか……大丈夫?」


 リサはその豪華さに少し不安を感じたのか、周囲を見渡しながらそっと尋ねた。

 一泊500ルースとは知らなくても、その高級具合はわかるのだろう。


「あぁ、俺たちは冒険者ギルドのマスターの計らいで無料なんです……。リサさん一人分くらいは訳ないですよ」

「冒険者か……。なんだかすごいね……」

{さぁ、リサさん、公衆浴場に向かいましょうか}


 とりあえず一泊分の部屋と、明日の朝夕の食事の予約を取る。

 一行はチェックインを済ませ、鍵を受け取ると、公衆浴場へと向かった。

 リサとはそこで別れ、体を綺麗にしたら、ロランの部屋に集合することになった。


 *    *    *    *


 ――支払い   600ルース

 ――所持金 7,210ルース

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