214 星暦の断絶


 *    *    *    *


「私……タラミス・コロニーの生まれなんです」

{ゼータ・レティキュラム星系にある資源採掘と研究の前哨基地が発展して、都市型のコロニーとなっているところですね}

「詳しいね……。そうかAIだからか……便利だね」


「……まぁね。リサさんはなんで輸送艦に?」

「私はフォロンティア・ミルズの上級品質管理スペシャリストなの」

{品質保持の専門家ですね}

「……チョコバーには良くお世話になってるよ」

「うちのFNFC栄養機能食品チョコバー? ふふっ、なんでか懐かしく感じる。もうその言葉も聞くことはないと思っていた」


 リサの言葉には、過去への懐かしさと、今の状況に対する不安が交錯していた。

 彼女は肩を少し落とし、遠くを見るような目をした。


「……それでね、私は顧客対応や現地支援、新製品の試験輸送のために輸送艦に同行していたんだ……」


 リサの話が進むにつれ、彼女の記憶の断片が次々と蘇ってくる。

 輸送艦が惑星イタマへと航路を進める中、リサは寝室で休息をとっていた。

 突然、強烈な光が艦内を包み込み、次の瞬間、サイレンが鳴り響く中で目を覚ました。

 その時の恐怖が、彼女の顔に色濃く残っていた。


 船体の一部が破損し、狼のような獣が侵入してきた。

 それはまるで悪夢のようで、リサと乗員たちは次々と襲われ、やがて脱出を余儀なくされた。

 リサは他の乗員が次々と命を落としていく中、木登りで身を隠し、何とかやり過ごすことができた。


 彼女の話を聞きながら、ロランは彼女が経験した恐怖と孤独を感じ取っていた。


 空が明るくなると共に、真っ暗闇が夜であったことに気づいたという。

 奇妙な太陽を見上げ、方角もわからないまま走り続け、小川に辿り着き、バイユールまで逃げ延びた。


「リサさん、関所はどうやって……?」

「商人の馬車にこっそり乗り込んで……」

「ガッツあるなぁ……」


 ロランとエリクシルは顔を見合わせる。


「すべてを捨てて船を離れたの。生き延びるためにやるしかなかった!」

{そうですよね……}

「お母さんから貰った形見だけでも……と思ってたけど持ち出せたのはパーツだけ。それも変な店に買い叩かれちゃって……」


 ルスタムの古物商の顔が思い浮かぶ。

 大丈夫、仇は討った。


{それでも、良く売ることができましたね……}

「言葉も通じないはずなのにな」

「うん、言葉は少しだけ学んだ。親切な人もいて……お母さんみたいに……」

{さすが、上級品質管理スペシャリスト、エリートですね!}

「まて、それよりも……」


 リサの言葉に、ロランは不意にあるものを思い出した。

 彼はゆっくりとそれをバックパックから取り出し、リサに見せた。


「それってもしかして……」


 リサの瞳が見開かれた。

 彼女の手は震え、ロランの手元にあるものを見つめた。


「なんでそれが!?」

「その輸送艦の内部で見つけたんです……どうぞ」


 ロランは浄化ユニットをリサに手渡した。

 彼女はそれを手に取り、まるで失われた過去の一部を取り戻すように、じっと見つめた。


「嘘……」


 彼女の声が震え、目には再び涙が浮かんだ。

 エリクシルが冷静に言葉を続ける。


{残念ながら輸送艦は塵に還ってしまいましたが……。リサさん、わたしたちには気になることがあるんです}


 リサは顔を上げ、ロランを見た。

 彼女の心に何か不安が広がっていくのを感じた。


「…………」

「リサさんが最後に覚えている日付はいつでしたか?」


 彼女はしばらく考え込み、そして答えた。


「……統一星暦996年8月31日だけど……」

「まじかよ……どうなってんだ……」


 それを聞いたロランとエリクシルの表情が一変する。


{輸送艦は数百年経ったかのように朽ちていましたが……}

「リサさん、不時着した時から何日経ってます?」


「えーと……日付の感覚がわからなくて……10日以上はたっていると思うけど……」

{私たちは9月4日に漂流して、20日目です。リサさんは25日目という計算になりますね……}

「数日で船が数百年分劣化するってどういうことだ?」

「わからない……」

{時間軸の歪みでないとすると……? ダンジョンの魔物のように塵に……。いえ、やはり、さっぱりですね}


「……ダンジョンってなに?」

「魔物が沸く洞窟みたいなのがあるんですよ。エリクシルの知識でも解析不能なやばい場所」


 リサは訝しげな表情でロランとエリクシルを見る。

 もはや理解が追い付かない様子だ。


「……そ、そう言えば、ロ、ロランさんとエリクシルさんでしたっけ」

「{はい}」

「そんな物騒な槍に剣、すごくこの世界に馴染んでる……。それに現地の協力者もいるって言ってたよね……」

「あぁ、それは――」


 ロランとエリクシルは漂流したこの地をヴォイド超空洞の地と呼んでいること、今いる大陸がリクディアと呼ばれること。

 そして探索の途中に犬耳の少女を助け、村に送り届けてからのことを話し始めた。


 リサはまるで映画でも見ているような気分になると言いつつも、真剣な表情で聞いてくれた。


「……つまり脱出の燃料は足りないけど、当分暮らせるだけの動力と船があるんだね?」

「そういうことです」

「……私もその船に連れてってくれるの……?」


 ロランは一瞬、答えに詰まった。

 リサの問いは彼にとって予想外だったからだ。


《それは考えていなかったな……》

{{リサさんとしてみれば当然でしょう。以前に近い生活が戻れるのであればそう願うはず}}

《どうすっか……》


{リサさん、その船は確かに動力を持っていて、当分の間は安全かもしれません。でも、そこで生活することが本当にあなたのためになるかどうかは別の話です}

「どういう意味……?」


 リサはエリクシルの言葉を聞いて、顔を曇らせた。


「俺たちが今いる場所には、常識が通じない異常な現象や危険が潜んでいるんです。輸送船が数百年経ったかのように朽ちていたのもその一環だと思います」

「じゃあ、船も安全じゃない? 私たちは……この場所に閉じ込められているの?」


 リサはその説明に驚き、ますます不安そうな表情を浮かべている。

 ロランは首を横に振った。


「俺たちはこの地で生き延びて、脱出する方法を見つけるために戦っているんです。俺たちとしてはリサさんにもそれを手伝ってもらいたい」

「でも……私はただ、元の生活に戻りたいだけなのに……」


 ロランは優しい声で続けた。


「その気持ちは理解できます。でも、今は現実と向きわなきゃ。俺たちはこの地から脱出するための手段を探し続けていますが、それには時間がかかると思います」


 ロランは慎重に言葉を選びながらリサに語りかける。

 彼女が感じている恐怖と不安を理解しつつも、現実から目を背けてはいけないことを伝えようとしていた。

 リサが頑なに目をそらし、手をぎゅっと握りしめているのが彼の視線の端に映った。


「その間、リサさんがここで生き抜く術を学び、この地に適応することが大切だと思うんです。俺たちも冒険に敗れる可能性が……」


 リサはロランの最後の言葉を聞くと、感情が爆発したかのように彼を遮った。


「私は魔物となんか戦えない!! 旅なんかしたこともない! あなたたちみたいに便利な道具なんて持ってないんだから!」

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