102 駄獣と帰り道★
ロランはエリクシルと連携しながら次の行動を決め、足早にギルドへ向かった。
カウンターでは、またもやビレーが迎えてくれた。
「薬草の採集依頼について教えてほしいんですけど」
ビレーは手慣れた様子で採集可能な群生地と、サンプルとして現物を見せてくれた。
止血草や薬草、そして赤い斑点のついたアプリダケ。
「これ、白い斑点があるのは猛毒の『ベノアプリダケ』だから、間違えないようにねぇ~」
彼女の言葉の端々に、冒険者を支えるプロとしての配慮が滲む。
エリクシルの声が、そっと脳裏に響いた。
{{これらはタロンの原生林で見たことがありますね。ただし、ロラン・ローグ、あなたは前しか見ていなかったので気づけなかっただけでしょう}}
《ぐ……返す言葉もないな》
苦笑しながらも、情報を教えてくれたビレーに深く礼を述べ、ギルドを後にした。
バザールの雑踏に戻ると、彼らの買い物は次第に熱を帯びていった。
村では手に入りにくい塩や砂糖を大壺で購入し、10キロ単位の雑穀を次々に袋詰めしていく。
エリクシルが砂糖の結晶をじっと見つめながら声を響かせる。
{{この砂糖はグラニュー糖に近いですね。結晶の大きさから、調理の際に溶け残ることも考えられますが……ケーキの調整に使えそうです}}
《へぇ……?》
強化服の力とバックパックのフレームのおかげで運ぶのは平気だが、ロランは外套を整え、目立たないようにしていた。
そんな彼を、後ろからついてきたコスタンは、温かく見守っている。
「村に帰ればみんなに喜ばれるでしょうな」
コスタンが大量に買い込んだ物資を見て、ロランは少し不思議そうに首を傾げた。
「それ、全部持って帰るんですか?」
「おや、さすがに無理があるでしょうな。ですので、駄獣を買うつもりです」
その言葉にロランは目を丸くする。
費用を心配して何か提案しようとするも、コスタンは微笑を浮かべながら首を横に振った。
「心配には及びません。村に一頭いるだけでできることが増えますからな。次は東端にある獣舎に向かいますぞ」
その言葉に押されるように、ふたりはバザール東端にある獣舎へ向かった。
獣舎へ足を運ぶと、牧場のような広い敷地には、様々な駄獣や家畜が放牧されていた。
ロランは亀のような姿の「レク」やロバ似の「バロバロ」を興味深げに観察する。
特に、眼力の強いバロバロには何か妙な親近感を覚えた。
「この子を連れて帰りましょう」
コスタンがそう告げた瞬間、ロランは自然とその駄獣を「チャリスン」と名付けた。
「ぴったりの名前ですな!」
その声には茶化すような響きが含まれていたが、悪意はまるで感じられない。
ロランは少し照れながらも、バロバロを見下ろす。
のんびりと草を食むその姿は、名付けた本人を気にも留めていない様子だ。
一方で、広場の一角には帆布で覆われた馬車が止まっていた。
「これがユニサスですか……すごいな」
ユニサスはどことなく神話の挿絵から抜け出してきたかのような風貌だった。
体毛ではなく羽毛が全身を覆い、たてがみと尻尾には鳥の尾羽のように長い羽毛が風にそよいでいる。
背中には小さな翼が生えており、その翼の形は装飾品のように美しかった。
「……まるで物語の中に出てくる馬みたいだ」
自然とロランの口をついて出た言葉は、純粋な感動そのものだった。
栗毛や葦毛の個体もいるようで、どれも少しずつ異なる模様を持っている。
ロランは少し想像を膨らませた。
ユニサスに跨り、大地を駆ける自分の姿――いや、待てよ、似合わないな。
頭を振ってその空想を追い払うと、代わりにエリクシルをその背に乗せる光景を思い浮かべた。
白いワンピースに麦わら帽子をかぶったエリクシルがユニサスに乗り、白花の咲き誇る丘を駆ける……。
(絵になるなぁ、でもエリクシルならもっと現実的な意見を言いそうだ)
思わず笑みを漏らすと、すぐに現実に意識を引き戻した。
獣舎の出入り口には馬車乗り場もあった。
ついでに料金や所要時間の情報をざっと確認した。
隣町バイユールまでは2日で200ルース、断崖の街ファエルザまでは7日で700ルース。
その先の首都フィラへ行くにはさらに馬車を乗り継ぐ必要がある。
食事付きの場合、1日につき20ルースが追加料金となるが、それでも転移石よりは遥かに安い。
「転移石と比べれば随分と良心的だな……」
そう独り言ちた後、ロランは関所で札を返却し、シャイアル村への帰路に向かった。
チャリスンを連れた帰り道は、予想以上にのんびりとしたものだった。
バロバロは歩くのが遅い。
地面を一歩ずつ踏みしめるように進むその姿に、ロランは苦笑せざるを得なかった。
「このままじゃ明日になっちまうぞ……」
思わずこぼした言葉に、隣を歩くコスタンが朗らかな笑い声を上げた。
「チャリスさんそっくりですな! 彼も急がないことで定評がありますからな」
その言葉にロランもつられて笑う。
夕闇が迫る中、ロランはバイクのライトを点灯させた。
その明るさに、コスタンは目を丸くする。
「おお、これは……! たいした明かりですな!」
その表情があまりに驚いているので、ロランは思わず吹き出してしまう。
やがてシャイアル村まで半分の距離を進んだところで、ロランは歩みを緩め、ふとコスタンに視線を向けた。
しばし迷った末、口を開く。
「……コスタンさん、大事な話があります」
一瞬間を置いて、ロランは静かに言葉を継いだ。
「実は俺、戻ったら『タロンの悪魔の木』に行こうかと考えています……!」
言葉が夜風に消えていくような静けさが、2人の間に一瞬だけ広がった。
コスタンが歩みを緩め、ゆっくりとロランを振り返る。
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ユニサス。
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