084 ようこそ、港湾都市へ★


「あちらが関所ですな」


 コスタンが指し示す方には砂浜のように黄色みがかった石壁が、青い空と海を背景にそびえていた。

 ポートポランの関所は、ロランにとって初めて目にする都市の玄関口だった。

 石壁はシャイアル村のそれとは比べ物にならないほど堅牢で高く、ブロック状の石材が隙間なく積み上げられている。

 規模だけでなく、この街の豊かさや洗練さがひしひしと伝わってくる光景だった。


{砂浜の色合いが石壁に映えて、美しいですね}

「確かに……。でも、こういう壁を作るのは、きっとすごく大変だったんだろうな」

{おそらくこの石材は近くの採石場から運ばれたものでしょう。この統一感ある街並み、計画的に作られた証です}


 関所の列に並んでいる間、コスタンが入場について説明をしてくれた。


「ポートポランでは街の安全を守るため、旅人や商人に魔道具を使って身元確認を行います。これにより、個人のステータスや犯罪歴を確認できるのです」


 ロランは驚いて目を丸くする。


「犯罪歴までわかるんですか!?」

「そうですとも。特定の職業が持つスキルや魔法でステータスを偽ることが可能だからこそ、こうした仕組みが必要なのです。まぁ、堂々としていれば問題ありませんぞ」


 そう聞かされても、ロランの胸にはどこかそわそわした感覚が残った。


 やがて順番が回り、兵士に案内されて石造りの小部屋に入る。

 部屋の中央には、直径20センチほどの透明な玉が置かれており、淡い光が浮かんで揺らめいていた。

 兵士が指で示しながら言う。


「では、玉に手を置いてください」


 ロランはゆっくりと右手を伸ばし、そっと玉に触れた。

 その瞬間、玉の内側の光が大きく揺れ動き、次第に穏やかで安定した輝きを放つ。

 兵士はそれを一瞥すると、小さく頷きながら確認を取った。


「問題なし。犯罪歴もありません。ありがとうございました。次は入場手続きに進んでください」


 玉から手を離したロランは胸をなでおろしながら、コスタンと一緒に次の部屋へ向かう。


《エリクシル、この玉ってどういう仕組みなんだ?》

{{あなたが触れたことで魔素が反応し、体内の魔石や魔素の流れを読み取ったように見えました。魔石に犯罪歴が記録される原理は不明ですが……}}

《……そうか》


 コスタンが扉を押し開け、奥の部屋に入る。

 そこには身なりの良い審査官が座っており、穏やかな笑顔を浮かべながら2人を迎えた。


「さて、名前と入場理由、滞在期間を教えてください」

「ロランです。ええと――」


 審査官は手際よく書類を記入すると、コスタンにちらりと視線を向けた。


「コスタンさんですよね?」

「えぇ、お久しぶりです」


 コスタンが答えると、審査官は小さく笑みを浮かべて頷いた。


「ふたりで20ルースです」


 コスタンが懐から銀貨を2枚取り出し、審査官に渡す。

 審査官は木製の札に判を押して手渡してくれた。

 それには"入場番号"、"滞在期間:1日"が記されている。


「この札は帰りに返却してください。それでは、ポートポランをお楽しみください」


「……これで手続きは完了ですな」


 コスタンが肩の力を抜いて笑みを浮かべた。

 ロランも入場の緊張から解放され、軽く息をつく。


 ポートポランの関所を通過し、街の広場に足を踏み入れたロランは、強烈な陽の光に一瞬目を細めた。

 周囲を見回しながら、近くの柱に手をついて体を休めようとする。

 ところが――


「……ん? なんだ、この感触……?」


 手の下に感じたのは冷たく硬い石ではなく、微かに弾力を伴った表面だった。

 違和感に驚いて見上げた瞬間、ロランは息を呑んだ。


 そこにそびえ立っていたのは柱ではなく、巨大な獣人だったのだ。


 水牛のような二本の立派な角と、ライオンを思わせる厳つい顔。

 筋骨隆々の体格が逆光に浮かび上がり、ロランを見下ろしている。

 鼻息が「ブシューッ」と荒く響き、その気迫にロランの心臓は一気に跳ね上がる。


「……おい、船がきてるぞ。早くいこうぜ」


 冷ややかな声が背後からかかる。

 振り返ると、もう一人の異種族が立っていた。

 全身を艶やかな鱗で覆い、爬虫類を思わせる頭部を持つ獣人だ。

 鋭い目つきで、巨大な獣人を急かしている。


 巨大な獣人はロランを睨みつけたまま低い唸り声を漏らし、ゆっくりと背を向けた。

 巨体を翻してズシンズシンと重い足音を響かせながら去っていく。


 その姿が視界から消えた後、ようやくロランは硬直していた体をほぐすように肩の力を抜いた。


「ぶっはあー! 怖かった……! 柱かと思ったら、まさか……」

「ふむ、あの大柄な獣人は『ミノロス族』です。そして隣にいたのが『リザール族』ですな。どちらもこの港でよく見かけますが、特に港湾作業員にはああいった荒くれ者も多いのです」


 コスタンが心配そうにロランの肩に手を置き、説明を続ける。


「元々あのような種族は気性が荒いわけではありませんが、仕事柄、荒々しい振る舞いをすることがあるのです。それにしても、見事な巨体でしたな」


 ロランは再び巨人が去った方向を振り返る。

 まるで岩トロールに匹敵するかのような巨体だった。

 その威圧感を思い出し、冷や汗が背中を流れるのを感じた。


{ロラン・ローグ、ギリギリでしたね。おもらしプロトコルを発動せずに済んで良かったです}

「お、おいエリクシル! 余計なことを言うな!」


 ロランは慌てて端末を手で覆い隠した。

 幸い、コスタンには聞こえなかったようだが、エリクシルはどこ吹く風といった様子で続ける。


{バイタルは常時モニタリングしていますので、恐怖による身体の変化がすべてわかりますよ}

「分かるな! でも言うな! 絶対に口に出すな!」


 ロランの必死の抗議に、端末の向こうでエリクシルが肩を揺らして笑っている姿が思い浮かんだ。

 そのやり取りにロランは脱力し、先ほどの緊張が少しずつ和らいでいった。


「さて、こちらですぞ」


 コスタンの声に促され、ロランは港へと続く通りへ足を進めた。

 広場から二手に分かれる道を指し示しながら、コスタンが説明を始めた。


「右手に進めば港、そして冒険者ギルドと商業ギルドがあります。左手はスネア伯爵の私邸ですな」


 ロランは伯爵邸の方に目をやる。

 遠くに見える広大な建物は、まるで城のような威容を誇っていた。

 交易で莫大な利益を上げた領主が住む豪邸だと聞き、ロランは改めてこの街の規模を実感する。


「さぁ、まずは右手の道を進みましょう。観光は用事を済ませてからですな」


 コスタンの声に促され、ロランは仕方なく視線を右手の道へ戻した。

 しかし、その途中で目に入ったのはバザールの活気あふれる様子だった。

 露店には鮮やかな色彩の果物が山積みにされ、威勢のいい売り声が響く。

 その中に混じって子どもたちの笑い声や客と商人の掛け合いも聞こえた。


「うわぁ……。すごい活気だな」


 バザールに目を向けるロランに、コスタンは微笑みながら言葉を添える。


「さぁさぁ、荷物を片付けてからゆっくり見物しましょうぞ」


 名残惜しそうにバザールを振り返りつつも、ロランは背負った岩トロールの角やシャーマンの飾り頭骨に目をやり、小さく頷く。

 促されるまま、冒険者ギルドへ向かうコスタンの後を追った。


――――――――――――――――

ミノロス族とリザール族。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818023211844954333

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