ゲームじゃない

048 "ステータス"と"レベル"


 ロランは最後の薪を割り終えると、軽く息をついた。

 斧を薪割り台に立てかけ、額に滲む汗を腕で拭う。

 庭の片隅には、見上げるほどの薪の山が積み上がっていた。

 ふと手を止め、積み上げられた成果を眺めながら、これで十分だろうと思った。


 ロランは振り返り、丸太に腰掛けていたコスタンに声をかけた。


「そろそろ薪割りを終えましょうか。喉も乾きました」

「おお、そうですな。私もずいぶん話し込んでしまい、喉がカラカラです」


 コスタンが杖を手にゆっくりと立ち上がった。

 二人は軒下に道具を戻し、積み上げた薪を整えると、ロランは外套と荷物を手に抱えた。

 その動作にどこか満足感が漂う。


 ムルコの家へ向かう道すがら、庭を通り抜ける風が肌を心地よく撫でた。

 日差しはまだ強いが、影に入ると一気に涼しさが広がる。


「ムルコさん、薪割り終わりました」


 声をかけると、キッチンからムルコが姿を見せた。

 白いエプロンを身に着け、手には大きな木のボウルを抱えている。

 優しげな笑みを浮かべながらロランたちに歩み寄った。


「あら、本当に助かりましたよ。思った以上にたくさん割っていただけたみたいですね」

「ええ、久しぶりの作業でしたが、体を動かすのはやっぱり気持ちいいものです」


 ロランが汗を拭いながら言うと、ムルコはその額を見て少し驚いたように微笑んだ。


「まぁまぁ、それだけ動いてくださったなら、さぞ喉も渇いたでしょう。冷たいお茶をご用意しますから、少しお待ちくださいね」


 2人がテーブルの椅子に腰を下ろすと、ムルコが木のコップを2つ持って戻ってきた。

 ロランが冷たい水を一口飲むと、喉がさっぱりと潤う。


「冷たくて旨いです。身体を動かした後には特に」

「うむ。私はこの年になると、温かい飲み物が好みですが」


 ロランが見ると、コスタンのコップから湯気が立っている。

 どうやらムルコが二人それぞれの好みに合わせてくれたようだ。


 やがてムルコは冷たい布を持ってきて、汗でぬれたロランにそっと手渡した。


「たくさん動かれていたので、これでお拭きください」


 ロランは布を受け取って顔に押し当てると、その涼しさが心地よく広がった。

 身体をふき終え、すっかり落ち着いたところでふと、エリクシルがダンジョンについてまとめてくれた情報を確認しようと思い立った。


 腕輪型端末を操作してホログラムインターフェースを起動し、情報をスワイプで確認していると、コスタンが興味深そうに覗き込む。


「……おや、ロランさん、それは……?」


 コスタンは立ち上がってロランの隣に移動し、端末のホログラムを指さした。


「ああ、これはホログラムっていって、情報を見るのに使うんです」


「ほほう! これはすごい。まるで"ステータス"のようですな。ああ、"ステータス"というのは我々の名前や身分、職業を表すものなのですが……」

「"ステータス"……」


{{"ステータス"は、こちらでは身分を示すもののようですね}}

《まずは続きを聞こう》


 ロランはエリクシルにそう提案し、エリクシルも興味を抑えたように頷いた。


「まあ、言葉で説明するよりも見た方が早いですな! ……用意はいいですか?」

「え、ええ」


「ええぃ! ……ステータス開示!」


 コスタンが仰々しくそう唱えると、彼の前に半透明のスクリーンが浮かび上がった。

 ロランはその光景に目を見開き、息を呑む。

 スクリーンにはコスタンの顔写真と共に、いくつかの項目が文字で表示されている。


《エリクシル、これが何かわかるか?》

{{スクリーンから魔素が反応しています。魔素には空間に具現化する作用もあるのですね……!}}

《それより、文字が読めるか?》

{{……申し訳ありません。優先していたのは言語学習の音声部分だったので、文字はまだ……}}

《全部教えてもらうのが手っ取り早いか……ただ、長くなりそうだな》


 コスタンに尋ねると、彼は気軽に「そういうことならば!」と、ステータス画面に書かれた内容を読み上げてくれた。


「これは、私の名前と年齢、職業、そして"レベル"です。……どうです?  読めましたか?」


 エリクシルがロランの言語に合わせて翻訳し、ロランの視界に文字情報が浮かび上がる。


《すげえな、処理能力半端ねえ!》


 エリクシルは優秀でお利口さんだ。


◆コスタン 54歳

◆村長 シャイアル村領 レベル19

 

 「コスタンさん54歳、村長……に、"レベル"ですか?」


 ロランが復習を兼ねて翻訳されたステータスを読み上げながら尋ねる。


 「さすが呑み込みが早いですなあ。ステータスは身分証明を兼ねていまして、名前と年齢、職業や治めている地名、"レベル"が表示されるのですぞ」


 コスタンがうんうんと頷くと、興味深そうに、そして羨ましそうにロランとエリクシルを交互に見た。


 「エリクシルが優秀なんです」


 ロランが鼻を高くする。

 エリクシルは自慢の相棒だ。

 彼女もそれを聞いてまんざらではない表情を浮かべ、エヘンと胸を張った。

 ロランは改めてステータスをじっと眺める。


{{……身分証明ということはやはりこちらのホロタグと似たようなものなのですかね }}

※ホログラムのタグのこと

《うーん、ホロタグはチップに生体情報を紐づけて、生体電流を蓄えて情報を更新しているんだろ?》


{{……ええ、その通りです。自分で言っていて気が付きませんでしたが……魔石は魔素を動力として蓄えるバッテリーで……そうすると……まるで……まるでこの世界では、ヒトが魔石で動く機械のようだと思えてきました……。原理は不明ですが、ステータスは魔石に刻まれた情報を開示しているのかもしれませんね…… }}

《機械……》


 ロランは背筋に冷たいものを感じつつも、さらに問いを重ねることにした。

 理解が進むたびに、知らない世界が少しずつ見えてくる。


「それで、"レベル"の意味ですが……」


 ロランがそう尋ねると、空中のステータス画面が淡い光を放ちながら消えた。


「"レベル"とは、"マセキ"に蓄えられた魔素の総量を示すもので、言わばその者の格のようなものです。冒険者は階位や段位とも呼び、誇りを持っていますな」


 エリクシルが直感的に"レベル"の概念を解釈し、現地語での表記と統一してロランの言語に自動翻訳していく。


{{格を示す"レベル"……やはり、冒険者には不可欠な要素といえそうですね。ゲームでいうレベルの概念に近いかもしれません}}

《そうだな。……ますますこの世界がゲームに近い気がしてきた》

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