第165話 受験が終わって その1

~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~



「──日本ダンジョン高等専門学校の今年度の前期受験の行程は、これで全て終了となります。ご招待に応じてくださった受験生のみなさまに深く感謝を申し上げます。結果については後日、ご自宅への郵送でお知らせいたします──」



8月29日。

その前日までに全ての受験生によるRTA試験の実施が終了し、ワタシたちはその最後のあいさつを受け、あとはこの一カ月の会場となっていたホテルを後にするだけとなっていた。


最後のあいさつをおこなったのは、" 例の件 " のケガで入院することになった青森先生に代わって別の先生だった。RENGEちゃんはその隣で終始ニコニコしていて、最後の言葉を求められると、



『はい、それではみなさん、えーっと……なんでしたっけ?』



と、スピーチの内容を完全にド忘れして、会場を沸かせてくれた。



「……終わっちゃった」



ワタシはポカンとして、みんなが会場を去っていくのを眺めていた。



……なんだか、現実感がない。



あの日、8月25日。

ダンジョンでキングと呼ばれる黄金の炎と戦ったあと、ワタシたちは一通りの説明を日本政府関係者とナズナちゃんから説明を受けていた。

その日から、なんというか足元がフワついている感じがする。



「乙羅さん、どうしたのボーッとして」


「……ハッ」


「ウッカリ居眠りした後のRENGE先生のマネ?」



気付けば、隣の席に座っていた城法くんがワタシの顔をのぞき込んできていた。



「いっ、いやそのっ……なんというか、気が落ち着かないというか……」


「……そうだね。わかるよ」



城法くんは苦笑しつつうなずいた。

そして声を小さくすると、



「この世界にダンジョンを創り出した神がいて、その神が世界を混沌に陥れようとしている……なんというか、とんでもない話過ぎてさ。理解はできても心が追い付かない感じがするもんね」


「う、うん……」


「そんな壮大なことが裏では起こっているのに、日常は平穏そのものだ。ここにいる受験生たちのほとんどは、あの日の僕らの戦いのことなんて知らない。ものすごいギャップだよ」



ワタシが感じているフワフワ感も、ほとんど城法くんの言ったのと同じことに起因しているものだと思う。これまでの現実と知ってしまった裏の世界の温度差に、心が追い付いていかないのだ。



「でも、それだけじゃない気がするんですよね……」


「そうなんだ? えっと、何か困ってるなら、話くらいなら聞けると思うけど」


「あ、ありがとうございます。でも……」



城法くんがそう尋ねてくれるが、なんだろう、言葉にできない。



「なにかが、こう、胸の中でモヤモヤとしてるんですけど……」


「──食べすぎで胃もたれでもしてるんじゃねーの?」



その答えに、思わずバッと顔を上げる。

城法くんは「いや、いま言ったの僕じゃないよ」と手を横に振っていた。

ということは……

横を振り向くと、ソイツはいた。



「ゲッ……周防くん……」


「ゲッとはごあいさつだな、狂犬女」



ニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべながら、ワタシの座る席の隣に立っているのは、ダンジョンRTA全中1位なことをイチイチ鼻にかけている周防だった。



「まあいい。今日は口でやり合うつもりはねぇ」


「じ、じゃあそのまま帰ったらどうですかね……」


「だまれ」



周防は三文字でワタシの意見を封殺した。



……こういうところが好きじゃないんだよなぁ、ホント。



「あ、と、ところで周防くんと受験生チームを組んでいたみなさんは、その後どうですか……? キングの炎に少し、巻かれてしまっていたみたいでしたけど」


「あいつらは問題ねーよ。実際大した攻撃も受けてなかったしな。一昨日、予定通りに俺とともに本試験に臨めたさ。ま、余裕で合格だろ、当然」


「そ、それならよかった……」



ホッとする。

周防の合否は心底どうでもよかったが。



「それで、だ。おまえらには1つ言っておくことがある」



周防はキッと吊り上げた目で、ワタシと城法くんを見る。そして、



「いいか、高専でトップになるのはこの俺だ。だから……首を洗って来年の入学の日を待ってることだなっ」


「……え、まだ合格発表すらされていないのに……?」


「ハァ? おまえ合格する気ねぇのかよ。ダッサ」



周防はフンと鼻を鳴らし、背を向けて会場を出て行く。

最後にこちらを振り返ると、



「特におまえにだけは、負けねー」



ワタシを指さして、それから本当に去っていった。



「……1つ? 3つくらい言って去っていきませんでしたか、あの男」


「ま、まあ、彼も僕たちのことを少しは認めてくれた? ってことでいいんじゃないかな、たぶん……」


「別にあの人に認められたいなんて、思ってもいないんですけどね」



そんな風にボヤいていると、後ろの方の座席からゆっくりとカツカツ靴の音を響かせて、今度は緒切さんが降りてきた。

そしてワタシたちに尋ねてくる。



「ねぇ、Nがどこにいるか知らない?」


「……ワタシは、知らないです」



N……ナズナちゃん。

彼女は25日から顔を見せてくれていなかった。



『巻き込んでごめんね』



あの日、説明を受けた帰り際にそうとだけ言い残して。

ワタシたちが昨日やり直した本試験にも参加することはなく、それどころか、いつの間にか " N " という受験生は存在しないことにすらなっていた。



「……そっか、それでか。乙羅さんがモヤモヤしてるのって」



城法くんがふっと微笑んでワタシたちを交互に見ると、



「あのさ、Nさん……ナズナさんに会いたい?」


「……えっ!?」



思わず、大きな声が出てしまう。



「会うって……会えるんですかっ!? えっ、どこでっ!? というか城法くん……ナズナちゃんと連絡とってたりしたんですかっ!?」


「あ、いや……そういうわけじゃないんだけどね」



城法くんは苦笑しつつ、



「でも、今日ナズナさんがいるところは予想できる気がするんだ。たぶん」


「どっ、どこですか……!?」



ワタシが聞くと、城法くんは指さした。

その指の向き先は……下。

あるいは、" ここ " 。



「責任感のかたまりみたいな人だよ、彼女は。受験生たちが……ナズナさんと共に過ごした僕たちがここに集う最後の日に、その会場へと様子を見に来ないなんてあり得ないんじゃないかな?」

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