第166話 受験が終わって その2

~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~



「──見つけた」



自身の魔力を広げて探知をおこなっていた城法くんがつぶやいた。



「このホテルの五階、建物からせり出して空中庭園になっている場所。自分の魔力を消そうとしている気配がある」


「それが……ナズナちゃんっ?」


「たぶんね。でもマズいな、僕の探知に感づかれた。逃げられちゃうかも」


「な、なんでですかぁっ!?」


「いや、あの日以来、僕たちのことを避けてるみたいだし……」



城法くんの言葉へと、緒切さんもまた深く頷いて、



「Nは、照れ屋。顔を隠さずに会うのが恥ずかしいんじゃない?」



と、これまた真偽のわかりにくい意見を述べた。

ともあれ、このままじゃ逃げ出してしまう可能性が非常に高い。



「じゃ、じゃあワタシ、捕まえてきますっ!」


「ん。私もサポートに回る」


「僕は魔力探知を続けつつ、二人に連絡を入れるよ。スマホの通話をONにしておいて」



どうやら、ワタシたちの最終チームプレイは " ナズナちゃん捕獲作戦 " になるらしかった。






* * *






「──成長したわね、はた迷惑な方向に……」


「エ、エヘヘ」



ナズナちゃんのことは割とすぐに捕まえることができた。

本人も本気で逃げるつもりがなかったのか、ワタシと緒切さんで挟み込むようにしてホテルの頂上階まで追い詰めたら両手を上げて投降。お縄にかけるまで十分もかからなかった。



「で、いつまで私をハンドバッグ感覚で小脇に抱えてるつもりよ、オラちゃん」


「だ、だって……また逃げるかもしれませんから」


「逃げないわよ……」



そうこう話している内に、頂上階の非常階段口から駆け上がってきたのだろう城法くんが姿を見せる。



「あ、ホントにナズナさんが捕まってる」


「うっさい」



宙ぶらりんのナズナちゃんが威嚇する小動物のような悪態を吐く。

まあこれで四人そろったし、もう放してもいいかな。

ワタシはナズナちゃんを地面に置く。



「チ、チームN、四日ぶりの再集合ですねっ!」


「……そうね」



ナズナちゃんは、どこか気落ちしたようにワタシたちとは目線を合わせないで、髪をいじっていた。なんというか、らしくない。



「う、うれしくなかったですか?」


「いえ、うれしくないとか、そういうのじゃなくて」


「じゃなくて?」


「……あなたたちに、合わせる顔がないのよ、本当に」



ナズナちゃんはうつむいたまま、



「もう気づいているでしょうけど、この受験にオラちゃん、そしてつるぎを招待したのはね、私なの。そして、私は正規の受験生ではないわ。あなたたちを騙していたのよ」


「ん。薄々は気づいてた。一族以外に不出のはずの緒切流の秘密を深く知る者が、たまたま同じ受験生の中にいるなんて、おかしいし」



緒切さんはすぐに肯定してうなずいていた……けど、えっ? ワ、ワタシ、いっさい気づけていませんでしたけど……!?

しかし、そんな疑問を挟む間もなく、



「私の使命は、いずれ神の使徒やキングの分体たちに立ち向かえる存在を、お姉ちゃん──レンゲ以外にも作り出すことにあったの。だから、その可能性を秘めたあなたたち二人を特別に招き、そして近づいた」



ナズナちゃんは言葉を続ける。

少し、苦しげに。



「でもまさか、こんなにも早くヤツらが襲撃しにくるとは思わなかった。予想外に予想外のできごとが重なって、私はあなたたちの命を危険にさらしてしまった。その責任は、いくら謝っても消えることはないわ」


「だ、だから、あの日に謝るだけ謝って、ワタシたちとそのままサヨナラしようとしてた、ってことですか……?」


「……」


「お、おかしいですよ、そんなの」


「なにがよ?」


「わ、わからないんですかっ? ナズナちゃんっ、ちょっとおバカになってませんっ!?」


「はぁっ!? 誰がっ──」



ようやくナズナちゃんがこちらを振り向いてくれたので、ワタシは思い切ってその体を引き寄せる。そしてキュッと抱きしめた。小さなその体は、簡単にワタシの腕の中に収まってしまった。



「合わせる顔がないって言いながら、今日この場に来てくれているのは……少しくらいは、ワタシたちに会いたいって思ってくれたからじゃないんですか……?」


「それは……」


「ワタシたちも会いたかったです。だって、正規の受験生じゃないとか、騙していたとか、危険にさらしただとか、そんなこと関係なく……ワタシたち、お友達じゃないですか」


「……!」



しかも、ワタシにとっては初めての。

Nさんは上京してきたワタシに一番最初に話しかけてくれた、そして一番最初にオラちゃんとあだ名で呼んでくれた、初めてのお友達なのだ。



「ワタシ、知ってます。お友達のお別れの時の言葉は『ごめんなさい』なんかじゃないですよ、ゼッタイに」


「……じゃあ、なによ」


「『またね』、じゃないですか?」



ワタシはゆっくりとナズナちゃんを体から放す。

もう、その顔は背けられはしなかった。



「ナ、ナズナちゃんはまだ中学1年生なんですよねっ?」


「そ、そうよ」


「じゃあ、ワタシたちとは2年違い、なんですね」


「そうね」


「待ってます、先に。ダンジョン高等専門学校で、3年生になって待ってますから」


「わ、私にも高専に入れって言ってるの……!?」


「はいっ!」



当然でしょう。というか、むしろ入らない選択肢ってあるのかな?

ワタシは緒切さんや城法くんへと振り向いて、首を傾げて尋ねる。



「Nなら入るんじゃない? 知らないけど」


「まあ、僕としては同じ学校に師匠がいてくれた方が勉強になってうれしいけど……それは本人の意向しだいだと思うよ」



2人ともそんな……ドライな!

ワタシは絶対にまた一緒に、ナズナちゃんとダンジョンに潜りたいと思っているのにっ!



「きっ、来てくださいっ! ワッ、ワタシはナズナちゃんに来てほしいですっ!」


「わ、わかったわよ。まあ、考えとく……」



プイッと視線を逸らしつつ、ナズナちゃんは頬を染めて言った。

とてもカワイイ。

記念にもう一度、ハグさせてもらうことは可能だろうか?



「というか、アンタらナチュラルに合格する前提で話を進めてるわよね……? 言っておくけど、合否に関して私が手を回してるってことはないわよ?」


「わ、わかってます。で、でもきっと合格できると信じていますっ!」



ワタシは胸を張って言った。



「根拠はないです。でも、緒切さんや城法くん、そしてナズナちゃんと過ごす楽しいスクールライフが、なんだかありありと想像できるから……今はその夢を、信じたいんです」


「変なの」


「というか、これで落ちてみんなと離れ離れになったら、ワタシ、泣きます」


「……はぁ」



ナズナちゃんはこれまでにないくらいの大きなため息を吐くと、



「もう合否くらいで、簡単に離れ離れになる仲でもないんじゃないの」


「えっ?」



ナズナちゃんは少し頬を朱くして、ワタシ、緒切さん、そして城法くんの肩を叩くと、



「だってもう、私たち友達なんでしょ」



それからプイッとそっぽを向いた。



「あなたたちの受験お疲れ様パーティーでも開きましょうか。これからウチに来なさいよ。お姉ちゃんと、あともう一匹グータラ同居人がいるけど、別にいいわよね?」



ワタシたちは全員で顔を合わせると、もちろん大きく深く首を縦にして、それに応えた。

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