第162話 この世の誰も知覚せぬ行間

なんとなーく、嫌な予感がした。

髪の毛の先がチリつくような、そんな感覚だった。



「ふたりとも、東京上空についたぞ。行先は渋谷ダンジョンでいいのか?」



太平洋の上を高速飛行で私たちを乗せてきてくれたリウが聞いてくる。

最後まで運んで行ってくれようというのだろう。

でもたぶん、それじゃ遅い。



「ここまでありがとう、リウ。あとはAKIHOさんを秋津まで送ってあげて」


「えっ」



私はリウの背中から飛び降りた。

そして、



「──よいしょっと!」



空気を思い切り蹴り飛ばした。

雷を落としたかのような破裂音が足の裏から響く。

同時に、私の体は嫌な感じのする方──渋谷ダンジョン管理施設へと向けてまっすぐに全力飛翔だ。

あまりにも全速力だったのがいけなかったのかもしれない。



「あっ」



私の速度は光速を越え、時も、壁も、地面をも超越した。






(((全生命体の知覚外の出来事)))

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 






トプン、と

そういった音で潜るのは水が一般的なのだと思う。

平泳ぎのように手を広げて掻いて進むのも水面が一般的だろう。

ついつい息を止めてしまう場所といったらやはり水中だ。



──私はそれを大地、地面、地中でおこなった。



つまりどういうことかというと、私は上空にいたリウの背中から地面めがけて、あまりに速く前進しすぎて着地などが間に合わず、渋谷ダンジョン管理施設へと " 墜落 " してしまったのだ。

でも、どこにも衝突はしなかった。

すごくすごく不思議なことだ。



「ブクブク……」



口から泡を吹き出しながら、衝突するはずの天井や壁、地面をすり抜けて垂直に、地中を下へ下へと進んでいた。

そうして見つけたのは、何か良くないことをしようとしているナズナの姿。


ああ、ダメだよ変な力を使ったら!

もうナズナの口が開きかけているから、少し時間を巻き戻そう。なんかよくわからないけどできるみたいなので。

チクタク、チクタク。

よしっ、ナズナの口が閉じた!



……いま、お姉ちゃんがいくからねっ!!!



私はナズナのいる階層の最後の天井をすり抜けると、ナズナの側へと着地を果たし、さきほどまで地中の不思議な空間を掻いて進んでいたその手で、ナズナの口をふさいだ。






↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑

(((全生命体の知覚外の出来事)))






「ナズナ、ただいま。よくがんばったね」



私がそう声をかけると、ナズナはその目をこれ以上ないくらいに大きく丸くしていた。



「むがっ……もがむがもぉっ!?!?!?」


「あ、ごめん。手を外すね?」



ナズナの口をふさいでいた手をどけると、「ぷはっ!」とナズナは一呼吸して、



「なんでお姉ちゃんがここにっ!? 私の予想じゃ、もう光速移動しても、ワームホールを使っても、とうてい間に合わなかったはずなのに……!」


「えっ? えっと……こう、地面をトプンッてやって、ザブザブッ、チクタク、チクタクって」


「何言ってんのかぜんぜん分かんない! 本物のお姉ちゃんだっっっ!!!」



ナズナはそう言って、子どもみたくガバッと抱き着いてきた。

ああ、懐かしいな。

ナズナが低学年くらいの頃までは、よくこうやってハグしていた気がする。

最近もたまーにしてくるけれど。



「RENGE……ちゃん?」


「んん? ああ、乙羅さんたちっ」



振り返れば、ホッとした様子の乙羅さん、緒切さん、城法くん。そしてポカンとしたような表情の周防くんたちが棒立ちになっていた。



「ごめんね、さっきまで " さんぱうろ " の " ぶらじる " ってところにいてね、駆けつけるのが遅くなっちゃったよ」


「いや、逆っ! というかブラジルっ!?」



周防くんが素っ頓狂な声を上げる。

とはいえ、詳しく説明しているヒマはない。



「さて、と。この黄金の炎は……えっと、なに?」


〔現レタナ、レンゲ……! 我コソハ──〕




「お姉ちゃん、アイツはキングの分体……その中でもかなり高位のヤツだと思うわ」




ナズナが私の胸にうずめていた顔をムクリと上げて、口を開いた。



「あのね、アイツは自分のことを " 憤怒 " と言っていたの」


「ふんど?」


「怒りってことよ。わざわざ名乗りに使うあたり、所以は " 七つの大罪 " か、" 喜怒哀楽 " の感情か……要はありきたりな四天王方式ね。キング本体に近い存在ではあるはずだから、ここで倒せるのは幸運よ」


「よくわかんないけど……わかったよ。あの炎を消しちゃえばいいんだねっ?」


「そゆこと」


「そういうことなら……」



と、私は姿勢を低く突撃しようとして、きんぐの分体へと向き合った。

ほほう、確かにかなり強いっぽい。

なんだか金色に輝いていてまぶしいし、これは細目で戦わないとダメかな……?



「それにしても、みんな、よくここまで持ちこたえられたね」


「ええ。よくがんばってくれてたのよ。オラちゃんたちは。神の使徒の " RBなんとか " が相手のときは、完封勝利だったんだから」


「そっか……」



みんな精いっぱい今の実力を出し切って、そうやって追い詰めた相手なんだろう。

それを……

それを最後だけ、私が相手にする……

果たして本当にいいのだろうか、それで。



「……なんとなく、なんとなーくだけど、それじゃあ良くない気がするな。先生として」


「えっ……お姉ちゃん?」


「ねぇ、乙羅さんたち」



私は振り返って、そこに今立つ乙羅さん、緒切さん、城法くん、周防くんたちを見る。



「あの炎に、勝ちたい?」



私の言葉に対して、



「かっ、勝ちたいうぇっすっっっ!!!」


「勝ちてぇっすっっっ!!!!!」



最初に大きな声でさけび答えたのは乙羅さん、そして周防くんだった。



「ワ、ワタシ、もう逃げ回りたくないっ! 友達をどんなことからも助けられるくらい、強くなりたいですっ!」


「俺は一方的にボコられたまま引き下がるとかマジあり得ないんで。やり返したいっす」



緒切さんはおもしろそうに、城法くんは呆れたような顔で乙羅さんを見ているけれど、反対って表情じゃない。



「わかった。じゃあ、授業の時間だよ」



ナズナはポカンとしていたけれど、もうこれは満場一致みたいなものだろう。

私は使う。

あの技を。



──強化結界・" 伽藍がらん蓮華掌上れんげしょーじょー "。



私を中心に、蓮の花が咲くように、大きな光る二つの手のひらが広がった。

それらは乙羅さんたちをその上に乗せ、結界の中へと閉じ込める。



「みんな、よーく見ててね、あの炎の倒し方を。そしたらその後に、最後までみんなの力だけで倒してみようね」



さて。

ここから始まるのは、時間にしてたった3秒間の特別講習だ。






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ここまでお読みいただきありがとうございます。

以下、レンゲの技についての参考資料です。

141話で紹介したものをそのまま載せています。




※伽藍蓮華掌上についての制約と代価一覧


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制約(結界発動中)


・レンゲの実力は50%落ちる


・結界内の者は眼球以外動かせない


・結界内の者へレンゲは触れられない


・持続時間は3秒のみ




代価(結界発動後)


・レンゲのお腹が空く


 ※空き具合は持続時間に比例する




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