第161話 芽吹く新世代 その3
~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~
再び、ワタシは拳を引いた。
緒切さんは居合抜きの構えを。
目の前の黄金の炎の正体はわからない。
でも、あのNAZUNAさんが警戒している……
それだけで脅威の度合いは推して知れるというものだ。
「いっ、緒切さんっ!」
「うん。また、サポートする」
──身体強化・上限突破・150倍ッ!
ワタシはダンジョンの床を、そして壁を蹴り、高速でその黄金の炎の背後を取る。
やることは先ほどと変わらない。
炎は突風によって消える。
だから、先ほど以上の風を起こす!
ワタシの
一時的に、肉体が壊れないようにと無意識に脳がかけている制限を解除することができる。
「こっ、これでっ、吹き消しちゃうからっ!!!」
──制限解除×身体強化=総合倍率200倍!
打ち出した拳の先から、ワタシは豪風を噴かせる。
それとタイミングを合わせ、緒切さんの斬撃が黄金の炎を切り裂いた。
これなら、火は散り散りになって跡形もなくなるはず……!
〔ソノ程度、相殺ハ容易イ〕
炎の体は斬撃で切り裂かれた傷をたちまちに回復させると、黄金の光を体から放ち始める。
視覚で分かるほどに、空気が波打った。
ワタシの送った風はさえぎられ、四方八方へと散り散りになって炎へとまったく届かない。
そればかりか、
「うそっ」
風の一部はワタシへと跳ね返ってきて、いっさい身構えていなかった体がフワリと宙へと浮いてしまう。
マズい、無防備だ。
ワタシへと、黄金の炎がゴムでできた腕のように高速で迫ってくる。
〔マズ、ヒトリ〕
……避けなきゃっ、でもっ!
地面から足が離れていた。
空中には、何も蹴るものがない。
ワタシに迫る黄金の腕は途中で切り刻まれた。
おそらくは緒切さんの斬撃によるものだろう、しかし、すぐに再生されてしまい、伸びる腕の速度はいっさい落ちない。
避け……られない!
「──バカかよっ、狂犬女!」
ガッと。
側面から鈍い衝撃が体を伝う。
蹴飛ばされたのだ、と気づいたのは横を振り向いてからだった。
思い切り力を込めて振り上げたのだろう、片足を浮かせる周防がソコにいた。
間一髪のところで、黄金の腕はワタシと周防の間を抜けていった。
「すっ、すす、周防、くん……!? あっ、ありが──」
「NAZUNAさんが『退け』と言ったら『退く』のが当たり前だろうがバカ犬! なに勝手に独断先行して突っ込んでんだこの大馬鹿が!」
「なっ、なぁっ!?」
「RENGEさんの妹君の賢さ知らないとか地底人レベルの常識力しやがって!」
「はっ、はぁっ!? し、しし知ってますけどなんならあなたの百倍詳しい自信がありますのですけれど!?」
周防は武器の銃から水の弾を飛ばすと、それが黄金の炎にあたって水蒸気となる。
それを目隠しにしてワタシたちはNAZUNAさんの元へとなんとか戻り着く。
「オラちゃん……よかった、無事で」
「な、NAZUNAさん……ごめんなさい、ワタシ、勝手に行動しちゃって」
「いいわ。みんな、まずはよくやったわ」
NAZUNAさんはワタシ、緒切さん、そして城法くんの肩をそれぞれたたく。
「アンタたちは神の使徒を倒してくれた。そこまでは私の計画通り」
「計画……?」
「ええ。巻き込んでごめんなさい。そこの……周防たちも」
NAZUNAさんは目を伏せつつ、小声で話す。
「本当はこの受験期に開花させて、高専での訓練でゆっくり伸ばせたらいいと思っていた。でも……時間がなかったのよ」
「いったい、なんの話を……?」
城法くんが問う。
ワタシと緒切さんも顔を見合わせるしかない。
でも、NAZUNAさんがその問いに答えることはなかった。
ただ、1人でワタシたちの前に出た。
「さて、じきにRENGE……お姉ちゃんが駆けつけるから。アンタたちはそれを待ってなさい」
「えっ、でも……あの金色の炎は、今の私たちじゃとうてい……!」
「大丈夫、時間は私が稼ぐから。それが、せめてもの私の責任よ」
「NAZUNAさん……?」
なんだか、とてつもなく嫌な予感が背筋を駆け抜ける。
このままではなにか、とても嫌なことが起こるんじゃないかっていう予感が。
〔何ヲシヨウガ無駄ナコト……コノ憤怒ガ自ラ、貴様ラヲ灰ニ変エル……!〕
「させないわ」
NAZUNAさんは手を前に掲げる。
「この空間の時間を止める。その代価も払う。だから死の竜神 " ヤト " 、時間を殺すための結界術を、私に」
黒い光がNAZUNAさんの手に、宿る。
* * *
~1週間前~
~竜神の秘奥世界にて~
「──しかし、おまえたち姉妹は本当に想定にないことばかりをやってのけるな、ナズナよ」
「そう? 竜太郎とお姉ちゃん──レンゲの間にパスがつながっているんだから、姉妹である私がその血という縁をたどってこの秘奥世界に来れることくらい想定できそうなものじゃないかしら」
「……そういう思考ができる人間と、それを実現可能な人間がまず稀なのだが」
神の集落跡において、竜神の秘奥世界の主であるヤトは、ナズナと対峙していた。
「さて、先ほどのおまえの願いだが、結論から言うと " 時を止める " 結界術を授けることは可能だ」
「!」
「だが、それは世界の理を曲げる力だ。制約と代価は、計り知れない」
「でしょうね……具体的には、何が必要?」
「おまえの周囲の時間を1分、おまえごと止める。代価としておまえは死ぬ」
「……1分以内の場合は?」
「変わらぬ。おまえは死ぬ」
「なるほどね。時を殺す行為は、1分だろうと1秒だろうと、それこぞゼロコンマ数秒だろうと、時を殺す行為に変わりはない……ゆえに、私の生命活動を停止するという代価以外につり合わないってことか。わかりやすいわ。それでお願い」
「……本当にいいのか? たったの1分、それだけの時間を止めるだけだぞ? おまえも、おまえの周囲の時間も進まないのだから、止まっている時間の間で何かができるわけでもない。 " 時間稼ぎ " としては、あまりにも割が合わぬぞ?」
「いいのよ」
ナズナははっきりと言い切った。
「1分でも1秒でも時間があれば、それだけで私たちにはとうていできないことも実現してしまう人を、私は知っているから」
「……信頼、か。わかった。それならば授けよう。この結界術の名は──」
* * *
~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~
NAZUNAさんが、その口を開く。
ダメだと、ワタシの直観が告げる。
……待って、それは、その力はきっと良くないものだ……! NAZUNAさんが、ワタシのお友達になってくれたその人が遠くに行ってしまう……!
「待って……ナズナちゃんっ!!!」
しかし、脚に力を込めるが、間に合わない。
彼女が言葉を紡ぐ方が、何倍も速い。
「結界術・時死白──」
──でも、そんなものよりも速いものがこの世にあることを、ワタシは忘れていたのだ。
ナズナちゃんの言葉が途中で止まる。
そのかたわらには、ナズナちゃんをちょっと大人っぽく、そして雰囲気を少し柔らかくしたような人。
その人の手が、静かにナズナちゃんの口をふさいでいた。
「ナズナ、ただいま。よくがんばったね」
光が差すよりも、時が流れるよりも速く、妹のために駆け付けたRENGEちゃんが、いつの間にかソコに立っていた。
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