第160話 芽吹く新世代 その2

~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~




ワタシは思い切り地面を蹴り出した。

駆けて向かうのは、RB@Fixerと名乗る炎の男の元。

拳はすでに引いている。

バネを縮め、いつでも打ち出せるように。



「真正面から来るとはナメやがって!」



RB@Fixerはこちらへと向けて掲げていたその炎の右腕を渦巻かせた。



「光線を打ち消した馬鹿力は認めてやる……だが、力任せだけで乗り切れるほどこの世は甘くねぇんだよッ!」



正面の空間が熱波による陽炎かげろうで歪んだ。

ジリリと、肌が焼け付くような音がする。



……このまま突っ込んだら、全身大火傷するっ!



いったん身を引くべきか、と考えて。

いやそれは違うとワタシの " 耳 " が答えをとらえ、教えてくれる。

迷いなく振るわれる緒切さんの斬撃の音を信じて、ワタシは進む。



「フ──ッ!」



さらに勢いをつけてワタシが踏み出すのと同時、目の前の陽炎が生み出す歪んだ光景は真っ二つに切り捨てられた。

涼やかな風が吹き、ワタシの頬をなでる。



「なっ──なにぃぃぃ──ッ!?」



緒切さんの思念一刀が "熱" を斬った。

ワタシはその切れ目を通って、RB@Fixerの懐へと飛び込む。



「だがっ、俺の炎の体には斬撃も、打撃も通じはし──」



何事かをさけぶその男の体、胸の中心へとワタシは打撃を打ち出した。



──身体強化・上限突破・150倍ッ!



打ち出したソレが殴りつけたのは、炎の体ではない。

その間近にあるもの……その正体は空気。

音速の10倍で打ち出された拳が豪風を呼ぶ。



「んぐぁっ、がぁぁぁぁぁ──ッ!?」



焚火が一陣の風に吹かれるように、RB@Fixerの炎の体が小さくしぼむ。

炎の中心の焚き木があらわになるように、その体の中身が外へとさらされた。

胸のあたり、炎の中心に、種火のようにくすぶる黒いかたまりが見えた。



「わかった! 間違いなくそのかたまりが、その男の本体だ!」



後ろから、さけぶ城法くんの声が聞こえてくる。



「一目見ておかしいと思ったんだ! 流体の炎があそこまでハッキリと人の形を保てるはずがないって! その肉体が炎の力を持っているんじゃない! その球体が、人の体を形成する能力を持っているんだ──緒切さん!」


「……わかった。次は外さない」



チャキン、と。緒切さんが刀を鞘へと仕舞い、姿勢を低く、居合抜きの構えを取る。



「ガッ、ガキどもがっ! テメェらなんぞにかまけてるヒマはねぇんだよ!」



RB@Fixerは距離をとり人型を形成し直すと、無数の炎の手のひらを宙へと出現させて緒切さんたちへと向かわせようとする。

しかし、



「オラオラオラオラオラオラオラオラァァァ──!」



連打連打連打連打──連打!

緒切さんの邪魔は、ワタシが絶対にさせやしない。

乙羅ラッシュだ!

超人的肉体フィジカルギフテッド×150倍の身体強化による拳圧で、ワタシはことごとくその炎の手を、そしてRB@Fixerの炎の体を撃ち抜いていく。

再びRB@Fixerの本体、黒いかたまりが姿を現した。



「トドメ」



空気を裂く鋭い音が後ろで響く。

緒切さんの一刀は正確無比の弧を描いた。

それと同時に、正面の黒いかたまりに、薄く斜めの白い線が入る。



「うっ、ぐぉ……!?」



黒いかたまりが震え、そしてRB@Fixerの苦悶の声が響いた。



「──いや、イヤだ。うそだ、こんなの……!」


「現実よ。受け止めなさい」



NAZUNAさんの凛とした声が、最後方から黒いかたまりを貫いた。



「アンタは負けたの」


「ウソだ……ウソだウソだウソだぁっ!!!」



黒いかたまりは地面へと落ち、RB@Fixerの体の炎がしぼんでいく。



「当然の結果ね。最初から咲いてる花を渡されて自慢げに掲げていたアンタと、自分の花を自分自身の努力と才能で咲かせてみせたオラちゃんやつるぎ……そして城法たちとじゃ力強さがぜんぜん違うのよ」


「イヤだ、イヤだイヤだイヤだ……」


「なっさけないわねぇ。認めなさい。そして、そのまま死にたくないのなら、神…… " キング " に関する情報を──」


「イヤだ! 頼む頼む、やめてくれやめてくれ、やめてくれっ!!! 俺はまだ " アンタ " のために戦えるんだっ!!!」


「……? アンタ、なに? いったい何にそんなに怯え、」



NAZUNAさんの言葉とかぶせるように、黒いかたまりが再び燃え上がって雷鳴のようなピシャリという音を発した。

その勢いは先ほどとは段違いに強く。

そしてその炎の色はオレンジでも青でもない、まがまがしい " 黄金色 " に輝いていた。



「ッ!!! オラちゃん、今すぐ退いてっ!!!」


「ひゃぁっ、ひゃいっ!!!」



ワタシは後ろへと跳んだ。

その直後、一瞬前までワタシの立っていたその場所に、黄金の火柱が立った。



〔アア、度シ難イ、度シ難イナ……神ノ憤怒ヲ避ケシ愚カナル人間ドモヨ〕



RB@Fixerのものではない低く響く声が、まるで脳内に直接語りかけるように聞こえてくる。

黄金の炎はその場にたたずむように地面へと立ったまま、中央に獅子の顔を浮かび上がらせた。その表情は、牙を剥いた怒りに満ちたものだった。



「アンタ、なに? RB@Fixerじゃないわよね?」


〔コノ者ハタダノタキギ。神ノ憤怒ニ火ヲ宿スタメノ道具ニ過ギヌ〕


「…… " キング " か。これは少し想定外ね」



NAZUNAさんの舌打ちが、小さくダンジョンへと響いた。

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