第157話 使徒襲来 その3
~神の使徒:RB@Fixer 視点~
「おっ、俺の腕が──!」
刀を携えた女が、うろたえる俺めがけて駆けてくる。
が、しかし、
「なぁーんて、な」
残念でした、全部演技なんだよねw
俺が少し力を込めてやれば、謎の技で斬られた腕の切断面から新たな "炎の腕" が飛び出した。
「俺はさ、神の使徒になってから人間やめてんだよ」
右腕を女へと向け、射出する。
まるでロケットパンチだ。
炎の腕が女へと掴みかかろうとした。
しかし、
「──フッ!」
女が立ち止まり、腰を入れて刀を振るう。
明らかに刀身の届く範囲外。
にもかかわらず、振るった角度そのままで炎の右腕は両断されていた。
いったい、どんな技だ……?
「フン、まあいい。どっちにしろ俺にダメージは入んねーんだからなぁ」
ただし、ウザいもんはウザい。
力で黙らせるのでもいいが、ここはしっかり頭を使うことにしよう。
「オイ、女。それ以上攻撃をしてくるようなら、このガキども全員燃やしちまうぜ?」
俺が足で地面を踏み鳴らすと、金髪を閉じ込める "火の
これで刀の女をのぞくガキ全員を、俺はいつでも焼死させることができるようになったわけだ。
「もしもその刀を置いて、無抵抗なことを証明してくれるってんなら、条件次第では全員見逃してやってもいい」
言いつつ、俺はほくそ笑む。
──だって "ウソ" だもん☆
「悪い条件じゃあないだろ?」
逃がすワケねーだろ、タコ。
全員ここで焼き殺すのは確定だ。
ただ、その前に他に残ってる受験生どもも呼び寄せておきたいからなぁ。
「燃やせばいい」
刀を持ったその女はいっさいの揺らぎのない瞳で、
「燃やせばいい、と言っているんだ」
その柄に手を添えて、もう一度言った。
「おいおい、正気か? 同じ受験生だろ?」
「そうだが。私は別にソイツらに思い入れなどない。おまえがソイツらを燃やすスキを狙って、その首を落とす」
「俺は斬っても無駄だとわかったはずだろ?」
「もっと斬ったなら、わからない」
……やべーヤツだ、この女。イカれてやがる。まるで話し合いにならねぇっ!
「そうかよ、じゃあ燃やす。おまえは無駄に俺でも斬ってろや」
「そうする」
刀の女は、本当にいっさいのためらいもなく、俺めがけて刀を振るってきた。
俺も、脅しをしたからにはもう後に退けない。
……クソが! まだ生餌として使いたかったのによっ!
内心で文句をかみ殺しつつ、受験生たちを囲った "火の籠" を燃え上がらせるべく、魔力を送った。
が、
「──いのち大事に、よ。つるぎ」
パンッ!
という柏手の音とともに、俺の "火の籠" がすべて、一斉に立ち消える。
いつの間にか、刀の女の後ろに、怪しい宗教信者みたいな変な布を被って目元だけ出した、小さな女が合掌するように両手を合わせて立っていた。
「可能な限り、救える命は救いなさい」
「……Nが来てるの知ってたから、なんとかしてくれるかなって」
刀の女が、振り抜いていたその刀を鞘へと納めながらそう答えた。
直後、俺の体が細かく切り刻まれた。
* * *
~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~
もうほとんど8年前の話だ。
ワタシが住んでいたのは、かつて資源採掘のために作られたらしい、田舎の小さな町だった。
「……確か、地盤沈下の原因は地震だったんだっけ?」
城法くんは少しためらいがちに聞いてきた。
たぶん、ワタシに気を遣ってくれているのだと思う。
甘原谷大沈下の事件は7年10カ月前の当時、大きなニュースとなった。
──正式名称は、"
小さな町が、地震をキッカケとして起こった地盤沈下に巻き込まれて、誰もその存在を知らなかった廃炭鉱へと落下したのが始まりだった。
多くの人がガレキの下敷きになり死亡。それを生き残ったわずかな町の人々も、言葉の通じない外国人旅行者と食料や生活必需品をめぐっての対立が起こり、最終的には略奪行為へとはしった旅行者たちに殺されてしまったという大事件だ。
救助は、地盤沈下から2週間経ったあとにようやく来た。
その頃には8歳のワタシ以外の町の人々は全員死亡していた。
「そ、それ以来、ワタシ、人の "悪意" というものに、すごく敏感になってしまった時期があって……」
「……仕方ないよ、そんなの。乙羅さんは……君のことを口封じのために殺そうとした殺人者たちから、2週間も逃げ回ったんだから」
「……生還してから1年は毎日夢に見ました」
そして、未だにたまに見る。
真っ暗な廃坑の中、わずかに陽が差し込む日中にその日の食料と寝床を探し、殺人者の放つ死の気配を敏感に感じ取ろうと神経を尖らせて、それでも見つかったときは全速力で逃げ切る。
生と死を煮詰めたような2週間の走馬灯を文字通り夢の中で走り抜けて、汗びっしょりになって真夜中に目が覚める。
「乙羅さんは、それが今でもトラウマなんだね」
「……そ、そうみたいです」
苦笑して、ワタシはいまだに震える自分の足を見た。
やっぱりまだ、立てそうにはない。
「ひ、人が人を殺すとき、どんな顔をすると思いますか」
「えっ……」
「笑うんですよ、顔をひきつらせたみたいに」
ワタシはそんな表情を何度も見てきた。
あの暗い坑道の中で。
「お、おもしろいはずもないのに、喜ばしいことでもないはずなのに、なぜか笑うんです。気がたかぶるから、なんでしょうか」
「乙羅さん……」
「さっ、さっきの男も、おんなじ顔をしてました」
ワームホールから出てきた男の顔は、明らかに笑んでいた。
人に暴力を振るうのが楽しいとでも言わんばかりに。
かつての殺人者と同じ気配を、ワタシは感じてしまった。
怖い。
たったそれだけの感情が、ワタシの足を頑として離してくれない。
「は、早く克服しなきゃいけないのに……自分を奮い立たせなきゃいけないのに……でも、自分じゃ、どうやっていいか……」
「……難しいね、心の問題は」
城法くんも腕を組んで、黙り込んでしまう。
申し訳ない。
やっぱりただ困らせてしまうだけだった。
よりにもよって、こんな大変な状況下で。
ワタシは肝心な時に、なんでこう……。
「……こんなの、緒切さんに呆れられちゃうのも、当然だよ……」
「えっ? 乙羅さん、今なんて?」
「えっ……」
小さくつぶやいたつもりの独り言に思わぬ反応があって、「えっ、えっ、えっ」とかなりどもってしまう。
「い、いや、その……緒切さんに、呆れられちゃうのも、分かる……って」
「呆れる? 緒切さんが? いつっ?」
「えっ、え……だってさっき、ワタシたちを置いて独りで、『敵なら私が斬る』って言って行っちゃったから……」
「な……何言ってんの、乙羅さん」
城法くんは大きく深いため息を吐く。
「緒切さんが、動けなくなった乙羅さんに呆れて先に行っちゃったと思ってたの? 馬鹿だなぁ」
「なっ……なに、どういうこと、ば、馬鹿って!?」
「だって、緒切さんが独りで行った理由なんて僕にだって分かる。『乙羅さんを助けてあげたい』、そう思ってに決まってる」
「え……」
思わず、口をポカンと開けてしまう。
「ワ、ワタシを、助け……?」
「乙羅さんが怖がってしまってるのは僕にも分かったし、当然緒切さんにだって分かっていたに決まってる。だから、緒切さんは乙羅さんをそれ以上辛くさせたくなくって、だから自分ひとりで解決しようとしてるんだ」
「う、うそ……」
「? ウソつく意味ないでしょ。だって僕たちはチームメイトじゃないか」
城法くんは当然のように言って、そして、
「逆に聞くけど、緒切さんが同じような目にあっていたら、乙羅さんはどうする? それでも緒切さんを無理やり連れて行く? それとも……」
「ワタシも、いく」
ワタシは即答していた。
考えるまでもない。
「む、無理なんてさせたくない。緒切さんが困ってるなら、ワタシがなんとかしてあげたいって思う、から……!」
「だよね」
城法くんは笑ってうなずいた。
「だから、緒切さんは今、なによりも乙羅さんのために戦っているんだと思う。あ、あとはNさんもね」
「……行かなきゃ」
緒切さんを、そしてNさんを……ワタシの友達だけを戦わせるわけにはいかない。
「あっ」
城法くんが声を上げた。
そして、ワタシの足元を指さした。
「……あ」
ワタシの足の震えは、いつの間にか止まっていた。
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