第155話 使徒襲来 その1
~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~
「城法! ダンジョンのスイッチ切っといてっ!」
Nさんは先頭を走りながら、後ろ、ワタシたちを振り返って叫ぶ。
「は、はいっ。でも、Nさんっ! "クソッタレ邪神" って何のことですっ!? それにあのワームホールから出てきたの……たぶん "人" でしたよねっ!?」
ワタシたちが観戦室を後にするとき、チラリと見えた影。
灰色のワームホールから、大人の男が1人、おぞましい笑顔で周防たちの前に現れたのが見えていた。
城法くんがバーチャルシステムコントローラーを操作しつつ、言う。
「これっ、警察とかに連絡した方がいいんじゃ……!?」
「無駄よ、今の警察じゃ武装してようが止められないわっ!」
「でも、誰か大人に連絡した方が……!」
「もうした!」
NさんはダンジョンのVERY HARDモードが解除されたことを確認すると、すぐさまダンジョン内へと駆けこんでいく。
1人で行かせるわけにも当然いかず、ワタシたちは自然と後を追いかけながらNさんの言葉を聞くことになる。
「連絡した大人って、もしかしてRENGE先生ですかっ!?」
城法くんの問いに、ワタシも緒切さんもハッとする。
……そうだ。RENGEちゃんが来てくれたら、きっと誰が相手だろうと、こんな状況すぐに解決してくれるはずだっ!
希望が見える。
しかし、
「いいえ。政府の知り合いに、『通報があったとしても、警察や消防みたいな "一般人" をヘタにここへと寄こさないで』って言っただけ」
「えっ」
ワタシたちのあぜんとした反応にも構わず、Nさんは抑揚のない声で言葉を続ける。
「それと、RENGEは来ないわよ。彼女、今は地球の裏側、ブラジルに出張中だから」
「うそ、じゃあ……」
「この問題は私たちで解決する必要があるわ。まっとうな応援が来るとしても相当後になるだろうから、あまり期待しないことね」
「じっ、じゃ、じゃあ、もし……助けるのに失敗しちゃったら……?」
走りながら、体力とはぜんぜん別のところでワタシの心臓の鼓動はだんだん浅く、速くなる。
Nさんはダンジョン地下30階層への下り階段の手前で止まると、
「死ぬかもね」
あっさりとそう答えた。
ワタシの頭から血の気が引いていくのが、耳の奥にサーッと響く。
「し、死ぬ、なんて……そんな簡単に……」
「死の危険というのはいつだって唐突に来る。ダンジョンへ潜るのであれば、なおさら身近になるものよ」
「ちっ、違いますよっ、それとは、ぜんぜんっ!」
思わず、叫んでしまう。
「だ、だって! ダンジョンに悪意はないじゃないですかっ! でも、今この下にいる人は違う……悪意を持って、自分から襲いに来てる……!」
ワタシは思い出す。
観戦室のモニターに映ったのは一瞬だった。
でも、ワタシたちは確かに見たはずだ。
「あの男は、青森先生が吹き飛ばされたのを見て、わ、笑ってました……!」
「……そうね」
Nさんはうなずいて、
「だから、助けに行かないと周防たちが死ぬ」
「……!」
それは……イヤだ。
周防のことが好きというわけでも、友達というわけでもないけど。
それでも、死んでほしいなんて一度も思ったことはない。
「いっ、い……行きっ、ましょう……」
ワタシは足を踏み出そうとして、しかし。
ガクリと膝が落ちた。
「あ、あれ……」
膝が震えている。
いや、膝だけじゃない。
全身が細かく、けいれんするように震えていた。
力が入らない。
「おっ、おっ、おかっ、おかしいな……なんでっ……」
「……やっぱり、まだ早かったか」
Nさんは、その目をうつむかせていた。
「あのね、オラちゃん。私、あなたについてもともと調べていたの」
「え……」
「ネットに転がってる記事やらなんやら、手当たり次第に情報を集めてたって言ったじゃない? だから当然 "あの事件"のことも知ってるわ」
「っ!?」
「でもね、心の問題は時間が解決してくれるものとも限らない。立ち向かうべき時に立ち向かえるか、それが大事よ、オラちゃん」
「……ワ、ワタシは、」
スッと。
ワタシが地面に膝を着いている横を通り過ぎていく姿があった。
それは片手に刀を携えた、緒切さんだ。
緒切さんは無言のまま私たちの前へと出ると、
「── "敵" なら、私が斬ってくる」
「ちょっ──つるぎっ!?」
Nさんが呼び止める間もなく、緒切さんは1人で階下へと降りて行ってしまう。
「まったくっ……私はつるぎを追いかける! 城法! アンタはオラちゃんといっしょに居て!」
「えっ……!? あ、はいっ!」
Nさんはそう言い残すと、緒切さんを追って階段の下へと姿を消してしまう。
ダメだ、2人だけを行かせてはいけない!
チームなんだから。
ワタシと城法くんもいっしょに行かなきゃ……なのに。
「うっ、うごっ、動かなくてっ……」
濃厚な死の気配に、記憶の底が刺激される。
行ってはならないと足を縛り付けられているようだ。
手に力を入れる。
足に力が入らないのであれば、手で何とか動けないか。
這ってでも、行かなくては……!
「乙羅さん、落ち着いて。無理はしない方がいい」
そのとき、城法くんの手が両肩に載せられた。
「まずは深呼吸しよう。焦っていては何もうまくいかないよ」
「じょっ、城法くん……」
確かに、彼の言う通りだ。
ワタシは大きく息を吸う。
そして吐く。
「フゥ……」
「落ち着いた?」
「う、うん。少しだけ……あ、ありがとう」
「大したことはしていないよ」
城法くんはそう言うと、ワタシの横へと腰を下ろした。
「じょっ、城法くんっ! こんなところで、ゆっくりしてる場合じゃ……!」
「きっと大丈夫。向こうにはNさんもついているし。上手く時間を稼ごうとしてくれるはずだよ。だから乙羅さん、僕たちはまず、平常心を取り戻すところから始めよう」
そう言いつつ、城法くんは自分の胸に手を当てて、
「というか実は僕も心臓がバクバクだし頭はクラクラしてるし、正直言ってぜんぜん落ち着いてないんだよね。今も、『え、なにこれ? 夢?』って感じだよ」
ワタシに向けて苦笑いをした。
「僕も深呼吸しなきゃね」
「う、うん……」
「スゥ──ハァ──」
「……」
「スゥ──」
「き、聞かないん、だね」
「──え?」
ワタシが問うと、城法くんは「なんのこと」と言わんばかりの返事をしてくる。
でも、本当は分かっているはずだ。
「じ、"事件" とか "心の問題"……とか。え、Nさんが言っていたこと……」
「ああ、うん。あまり踏み込んじゃ悪いところなのかな、って思って」
城法くんは何でもないように答えると、
「もし、僕に話して楽になることなら聞くけれど、話したくないことであれば無理に言う必要はないよ。人って、いろいろあると思うから」
「……うん」
気遣いが温かい。
ここでうながされるままに話すのは、なんだか城法くんへと重く寄りかかり過ぎる気もしたけれど、
『立ち向かうべき時に立ち向かえるか、それが大事よ、オラちゃん』
先ほどのそのNさんの言葉が頭の中にリフレインする。
いい加減、過去を自分の奥底にしまい込むのではなく、向き合う時がきているのかもしれない。
「ワ、ワタシ、今は離島に住んでいるんですけど、昔は列島の端っこ…… "
「甘原谷……? それ、どこかで聞いた覚えが……」
城法くんは思い出すようにアゴに手をやって、それからハッと目を見張った。
「甘原谷って、まさか、 "甘原谷大沈下" の事件の……!? 確か生き残りは、8歳の少女1人だったっていう……それって、」
ワタシを見やる城法くんへと、うなずいて返した。
「ワタシです。あの古い坑道跡の底に落ちてしまった田舎の町で、ワタシだけががれきに潰されず、そして…… "誰にも殺されず" に、生き残ったんです」
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