第154話 受験本番 その2

~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~




渋谷ダンジョン管理施設には3つのダンジョンがあったが、ワタシたちは全員、その内の1つの入り口の部屋へと入る。



「試験には先生も同行するぞ。なので、後行組のチームはこの部屋から退出して施設内で待つように。観戦室には行ってもいいぞ。ダンジョンはランダムメイクされるからカンニングにはならん」



青森先生はバーチャルシステム・コントローラーの設定を "VERY HARD" へと変更しながら言った。

それから、ワタシたちのチームNと、周防のチームどちらが先に行くかを決める段階になる。

決め方はいろいろあったが──



「俺らが先に行く」



周防は議論することもなく、そう言い切った。



「おまえらはそこで俺たちのゴールアナウンスを、せいぜいビクビクと怯えながら待ってるこった」


「……」



周防の視線がこちら……

主にワタシへと向いているだろうことはわかっていたが、あえて無視を貫いた。



……こんな嫌なヤツに、ワタシたちのペースを乱されてなるものか。



ワタシたちが見るべきは敵ではなく、ゴール。

そして高専に入ったあとの将来だ。

こんなところで目標を小さくしてやる必要なんかない。



「じゃ、私たちが後行組ね」



Nさんが腕時計を見ながら言う。

先ほどからしきりに何かを気にしているようだが……

見たい配信の時間でも気にしているのだろうか?



「では、後行組の乙羅たちは退出するように」



青森先生にうながされ、ワタシたちは入り口を後にする。

その少しあと、RTAが始まったのだろう、地面を蹴る音がかすかに聞こえた。



「……じゃあ、待ち時間をどうしましょうか?」


「観戦室へと行きましょう」



迷うことなくNさんが言った。

ワタシたちも特に断る理由はない。

先に歩き出していたNさんの後ろについていく。

入った観戦室は当然のことながらガラガラだった。



「こういうダンジョン管理施設って、普段はどこも午前中はメンテナンスで開いていないから……貸し切りっていうのはすごい貴重な体験だよね。にしても、」



席の1つに座って、城法くんが言う。



「なんというか、うまく言えないけど……とうとうこの日が来たんだな、って」


「う、うん。わかります」



城法くんへとワタシはコクコクとうなずいて、



「すっ、すごく緊張してるんですけどっ、なんというか、自分がこの場にいるってことがすごく、感慨深いっ……というか……」


「そうだね」



ワタシのつたない言葉に城法くんは相づちを打ちつつ、観戦モニターを見る。

周防たちのチームが、早くも10階に到達しようというところだった。



「でも、その緊張もだいぶ薄れたよ。乙羅さんのおかげかな」


「……えっ?」



思わず聞き返してしまう。

すると城法くんは微笑んで、



「さっきの周防くんへの言葉、『ワタシたちは将来ゆめを叶える』って言ってたじゃない? 僕、あれでハッとさせられたよ」



城法くんはグッと拳を握る。



「そうだよね、合格なんて通過点なんだって、この前に僕たちは確認し合ったばかりだった。なら、こんなところで緊張する必要なんてない。それを乙羅さんが思い出させてくれた」


「えっ、えっ……えぇっ!? ワ、ワタシそんな大層なことはぜんぜんっ……」


「ううん。そんなことない。ね、緒切さん」



私たちの斜め後ろに腰かけていた緒切さんは、コクリと首を縦にして、



「そうね。オラちゃん、いい啖呵たんか切ってた」


「えぇぇぇっ!? たっ、啖呵っ? そんなの切ってませんよっ!」


「別に啖呵を切るくらいでちょうどいいと思う。アイツら程度には、負けられないくらいがちょうどいい」



緒切さんの言葉に、城法くんは「そうだね」と力強く応え、そして片方の手を伸ばす。

それはマンガの中でよく見たことがある……

みんなで円陣になって手を重ね合わせるヤツだ。



「がんばろう。いつも通り精一杯を出し切って、その上で勝とうっ!」


「うん。オラちゃんは?」


「えっ、えっ、あっ、はいっ!」



3人。

ワタシたちはその中心で手を差し出し合い、重ねた。



「あっ、あのっ、Nさんも……!」


「……ううん。私はいい。だって今日がんばるのは、あなたたち3人だもの」



Nさんは首を振った。

そして、



「やっぱり、来たみたいね」



Nさんはモニターへと顔の向きを戻して、軽く舌打ちをした。

モニターに移されているのはVERY HARD モードダンジョンの地下30階層付近の映像だ。

そこでは周防たちが、何故か足を止めて立ち尽くしている。

その正面には、何やら怪しげな、灰色に渦巻く "穴" のようなものが出現していた。



「あれは、お姉ちゃんの使ってた "ワームホール" ……まさか、私たちじゃなくてそっち側から狙ってくるとはね……!」


「え、Nさん……? いったい、アレは──」



その直後、映像の中、周防たちの後方にいた教師の青森先生が一瞬にして消えた。



「……っ!?」



いや、違う。

ワタシの動体視力はとっさにその動きを追えていた。

灰色の渦の中から飛び出してきた炎のかたまりのようなモノに、青森先生が弾き飛ばされたのだ。



「──行くわよ、アンタたち。あそこにいるみんなを助けに」



Nさんが立ち上がると、観戦室から飛び出した。

ワタシたちはつられるようにその後を追った……

でも、



「えっ、Nさんっ! いったいこれはっ!?」


「そうね……試練とでも考えておけばいいかも。まあ、それを課してくる高慢ちきなクソッタレ邪神に手加減してやる必要はないけれど」



Nさんはどこかを呼び出し中のスマホを耳に当てつつ、私たちに振り返ってそう言った。

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