第153話 受験本番 その1

~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~




8月25日、午前9時。

渋谷ダンジョン管理施設のロビーにチームNの面々──

ワタシ、緒切さん、城法くん、そしてNさんは集まっていた。


何を隠そう、今日が受験本番なのだ。



「みっ、みみみっ、みなさんっ! おっ、おっ、落ち着いてっ、きっ、きききききっ、緊張せずっ、いっつも通りの力をっ、ですねぇっ!」


「アンタが落ち着け。オラちゃん、深呼吸するのよ」



Nさんが背中をさすってくれる。

ワタシはバックンバックンとうるさい左胸を押さえつつ、息を大きく吸った。



「ダ、ダメ……もう死んじゃいそうですぅ……」


「いくらなんでも本番に弱すぎるでしょ」



呆れ混じりにNさんは言う。

いつも通りのヒジャブっぽい被り物の間からわずかに見えるその目は、冷静そのものだ。



「つるぎを見てみなさい。ぜんぜん動じてないわよ」


「あ、ホントだ……」



緒切いとぎりさんは直立したまま、愛刀を腰に携えて瞑想していた。

精神統一中なのだろう。

深くゆっくりな呼吸音がかすかに聞こえる。

そして、その目がカッと開いたかと思うと、



「全員、斬る……!」


「"モンスター" をね? 私たちは斬っちゃダメなのよ、つるぎ?」



Nさんの念押しに、緒切さんは軽くコクリとうなずくと再び瞑想に入った。



「ま、まあ緒切さんはひと昔前に戻った感じというか、それはそれで平常運転そうというか……じょ、城法くんは?」



ワタシは隣を向いた。

城法くんは焦点を失った瞳をして、ブツブツと小さな声で何事かを呟いていたかと思うと、パッとなにかひらめいたかのように顔を上げて叫ぶ。



「そうかっ、分かったぞ! 円周率の下2ケタが!」


「正気を失っているっ!!! 戻ってきてください、城法くんっ!!!」



ワタシは城法くんの肩を揺らした。



「えっ、円周率はまだスパコンでも計算途中ですよっ! そしてワタシたちが今からすべきことは円周率の計算ではなくっ、ダッ、ダンジョンRTAなんですぅっ!!!」


「──ハッ!」



城法くんは目に光を取り戻したかと思うと、ずれていた眼鏡をかけ直す。



「も、申し訳ない……昨日はあまり眠れなくってね……」


「い、いえ。無理もないと思います。ワ、ワタシもちょっと寝不足なので」



やっぱり、みんな緊張してしまっているらしい。

緒切さんも一見して分からないだけで、実は内心で心臓バクバクなのかもしれない。

とすると、Nさんも……?



「ん? なによオラちゃん」


「あ、えーと……え、Nさんも緊張なんかしたりしちゃったりするのかなぁ、なーんて」


「……そうね。少し、してるかも」


「えっ」



それはなんだか意外な答えだった。

てっきりそんな質問をしたことに対して怒られるものだとばかり。



……それに、緊張しているにしても、きっとそれを誤魔化すものだと思っていたから。



「アンタたちを "この段階" で巻き込む判断が正しいのかどうか、正直に言ってまだ分かってはいないもの。でも "向こう" から来るというのなら、それは逆に "さらなる進化" のチャンスでもある」


「? えっと、Nさん? なんのお話ですか……?」


「……じきに分かることよ」



Nさんはため息交じりに言うと、何やらメッセージのあったらしいスマホを取り出して返信を打ち始めた。

そこに、



「──チッ、マジかよ。テメーらと同じ時間、同じ施設とかあり得るかぁっ?」



もはや聞き慣れた嫌味な声が響く。



「ゲッ」



渋谷ダンジョン管理施設の自動ドアのくぐりロビーへと入ってきたのは、ことあるごとにワタシたちに絡んでくる金髪の受験生、周防を中心とするチームだった。



「オイこの狂犬女、なにが『ゲッ』だよ、そりゃこっちのセリフだぜ」


「……そ、そうですね、ゲロ吐いてましたもんね。RENGEちゃんの授業で」


「ンだとコラァッ!?」



周防はズンズンと大股でワタシに詰め寄ってくる。

ワタシはすぐに視線を逸らす。

こういう人に関わってはいけないのだ。



「チッ……ホントにムカつく女だよ、おまえ。だがそれも今日でおしまいだ」



周防はワタシをにらみつけていたその視線を外すと、フンッと鼻を鳴らして、



「今日この試験で俺たちがぶっちぎりの1位を取る。そしておまえらを蹴落とす。それで終わりだ」


「なっ……」



全部無視してやろうと思っていたが、しかしそればかりは聞き捨てならない。



「何言ってるんですか? そっ、そんなことゼッタイ、できませんからっ」


「はぁ? なんだって?」


「ワッ、ワタシたちは蹴落とされたりしません! だって、ワタシたちは合格の先の 将来ゆめを叶えるって決めてるんですからっ!!!」



ワタシの言葉を聞いて、周防は顔をしかめた。



「夢だぁ……? 言ってくれるじゃねぇか、負け組の寄せ集めチームがよぅ」


「まっ、負け組なんかじゃありませんっ」


「ハッ、言ってろ。今日この場で見せてやるよ、格の違いってヤツを……!」



ワタシと周防がにらみ合っている中で、再び自動ドアの開く音がした。

入ってくるのはスーツ姿の大人の姿……

今日のダンジョンRTAの試験の見届け人をしてくれる、今日まで受験に関するもろもろの管理をしてくれていた教員の青森先生だった。



「おお、全員集合しているな?」



青森先生はワタシたちをグルリと見渡して、名簿と見合わせるとチェックを付けていく。



「今日は見届け人が先生1人の都合上、2チーム順番にRTAしてもらうから。それじゃあさっそく向かおうか、ダンジョン入り口に」

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