第152話 標的

~ "とある神の使徒" 視点~




「──8月25日 09マルキュー02マルニー。オレ、現着」



西新宿ダンジョン管理施設、総合受付のロビー。

薄紫色のサングラスをかけ、くわえタバコをした20前半くらいの青年が入ってきた。

その後ろには、アロハシャツを着た40代くらいの男がついてくる。



「ブラジリアンRENGEも動き始めた。さあ、オレたちも任務開始だぜ。エイメン」



青年は胸の前で十字架を切ると、首から下げていた銀の十字架キスをする。



「あのさ、クロガネ君。それなに? 昨日から急にやり始めたよね? キャラ立て?」


「なんのことだ? オレはオレらしく振る舞っているだけだが?」



クロガネと呼ばれたその青年は、首だけで後ろを振り向くと、髪をかき上げた。



「さすがにオジサンの目から見ても "イタい" と思うな、それ」


「オレに言わせればオッサンこそ、そのままでいいのか? って思うがな」


「オジサン、何か変かい?」


「変じゃない。フツーだ。どこにでもいるオッサンだ」



クロガネはフンと鼻を鳴らす。



「せっかくオレたちは "神の使徒" として特別な力を得られたんだぜ、もっと "らしさ" を出すべきだね── "選ばれし者" としての、ね」


「はぁ……あいにく、オジサンはもうそんなにはしゃげる歳じゃなくてねぇ」



オッサンはポリポリと頭の後ろを掻く。

そして、



「オジサンはね、ブラジリアンRENGEみたいに目立つ気はないの。ただ前途ある若者たちの芽を摘むことができればいいかなって。恨みはないけど、恨みはないけどね? でも未来があるって、いいよねー……僕にはなかったのに」



ペキポキ、と。

手の指の骨を鳴らしてニヤリとした。



「暗いオッサンだぜ。それじゃあ、俺にも恨みたっぷりってか?」


「え? クロガネ君はホラ、ただの中二病で将来有望じゃないし、別に」


「んだと? ……この場でボコにしてやりたいところだが、まあいい。今は "神の啓示けいじ" に従うときだぜ」



二人はそのままダンジョン入り口のある部屋へと足を向ける。



「確か、"受験生" たちが予約を取っているのはこの先のD室ダンジョンとE室ダンジョンだったよな?」


「そうだよ。だから二手に分かれてぶっ殺さないとね」


「哀れな受験生たちだぜ。RENGEの教え子であるばっかりに……エイメン」



クロガネは再び十字を切る。

何度も切る。



「ま、この世は弱肉強食。神に選ばれなかった凡人であるその身が悪いんだ。信仰さえあれば神に救ってもらえたのにさ。聖書にもあったろ、確か、えーっと、ナントカ書? の第何章だったかに……」


「オジサンは聖書とか読んだことないから知らないけど。でも、弱肉強食っていうのには賛成かな」



オッサンは口だけで笑った。



「オジサンはずっと、強い者に奪われるだけの人生だった。だから、今日は楽しみだったんだぁ。ようやく奪う側に回れるんだもの」



歩く二人の前……

D室とE室のダンジョン入り口に行く通路の途中で、



「──なあ、アンタたち」



声がかけられた。

清掃用ワゴンを押す、目深にボウシを被った清掃員の女性だった。



「予約者じゃないだろ。なのにここに来るのは悪いことだ。私についてこい」



クロガネたちは互いに顔を見合わせる。



「どうしようか、オジサンはっちゃった方がいいと思うけど?」


「ヤだね。それはクールじゃない。標的だけ片付けて立ち去りたい」


「またそんな中二病みたいなことを言って……」



二人がやり取りをしていると、「オイ」と声がかかる。

女性の清掃員は、ため息交じりに言った。



「黙れ。ついてこいと私は言ってるんだ。おまえたちは日本語が分からないのか?」


「「……」」



……生意気な態度。

二人を完全に侮ったような若い女の声が、クロガネたちの地雷を踏んだ。

その顔に危険な色が差す。



「殺すか」


「殺しちゃおう」



──クロガネが右手を床につき、闇の眷属を出現させる。



「かの者を縛り付けよ、黒縄ノ山大蛇ダーク・ダーク・ダークッ!」



──オッサンの目、虹彩に紋様が浮かび、絶死の魔眼が開く。



「告げる、『自らの舌を噛み切り、死ね』」



神から与えられたチカラが、清掃員の女へと殺意の塊となって向けられる。

女は即死……

……のハズだった。



「──オイ」



清掃員の女の声だ。

女は、その左手でクロガネが召喚した黒い大蛇の首を掴んで捕らえていた。

女は、その紅く煌々こうこうと光る瞳孔を縦に細く開いて、オッサンの目を見返していた。



「人間ふぜいが、借り物の力を得て勘違いでもしたか……?」



バチュンッ!

黒い大蛇が、女の手の中ではじけ飛ぶ。

勢いで、女のボウシが落ちた。

その中でまとめてあった長い銀色の髪が、フサリと肩に落ちる。



「「……!」」



クロガネとオッサンは、地面に足を縫い付けられたかのように、動けないでいた。

喉も動かない。

二人に向けて放たれる圧倒的な魔力の波動に、思考が飛ばされていた。



「やさしく言葉で接してやってれば調子に乗りやがって……腹立たしい。ナズナには "できれば生かせ" と言われていたが、ナシだ」



フシュウ。

その口から輝く白い光が漏れだした。



「跡形も残さん。"光滅" を知れ、人間」





* * *





かつて人類を脅かしたドラゴンの一体、光滅竜──リウ。

清掃員の派遣アルバイトとして、この西新宿ダンジョン管理施設にやってきていた彼女のその光のブレスは、通路いっぱいにカメラのフラッシュのように走った。

その後、そこには何も残らなかった。

それからスマホを取り出す。



「……さて、『二人排除したよ。そっちは手伝い要る?』、と。ナズナが言ってた通り、試験本番前の受験生を狙ってきたな」



すぐに返信がくる。



『手伝いは不要。予定通りに』



それを見たリウはスマホをしまい、それから西新宿ダンジョンの施設長に予定通り早退連絡を出すと、そのまま外に出る。

そして人目につかないところで天高く飛び上がった。



「えーっと、ブラジルって西と東どっちだっけ?」



ドラゴンへと変身したリウは、光の矢のごとく空の彼方へと消えていった。

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