第151話 サンパウロダンジョン その5

「"エコーロケーション" 、という言葉を知っているか?」


「……zzz」


「寝るなっ!」


「──ハッ」



急に難しい話をされて、思わず意識が跳んでしまっていた。

"きんぐ" の分体の叫びによって、なんとか意識を取り戻す。



……さっきAKIHOさんのところで寝てなかったら、危なかったかも。



私は眠気ざましに頬をパチパチと叩く。



「えっと、それでエビフライが、なんて?」


「エコーロケーションッ!」


「……zzz」






* * *






「もういいっ!」



キングの分体は、レンゲ以上に優れたその耳を研ぎ澄ませる。

レンゲの寝息が空間に反響していた……

その "波長" によって、本来視覚で得る情報以上のものが視えていた。



──エコーロケーション。イルカやコウモリなどが持っている能力で、音波によって周囲の状況をを把握することができる力だ。



「フゥ──」



その波の上にキングの分体は一枚の羽根を載せた。

ユラリユラリ。

空気中に伝わるわずかな振動のはざまを、羽は暗闇の中を音もなくたゆたう。

その羽には殺気がなく、気配もない。

しかし、順調にレンゲへと近づいていく。

これぞ、レンゲを必殺する策だった。



……レンゲに近づけば死ぬ。であれば、近づかず、近づけず、攻撃とは気づかれぬ攻撃で仕留めてしまえばいい!



羽に塗られているのは、猛毒。

それは皮膚に触れるだけで内臓に重大な機能障害を引き起こす。



「……zzz……zzz」



レンゲは気づいていない。

これなら確実に、仕留められるっ!

キングの分体が歓喜に頬を緩めた、その直後だった。



「……zzz……うぅん、くしゃい」



ビッ!

という音とともに、羽は跡形もなく消し飛んだ。



「ふわぁ……なんだか眠かった……」



レンゲが起きた。





* * *






起きた。

私、どうやらまた眠ってしまっていたようだ。



「なんかすごく臭かった。毒のニオイがして……」


「なっ……」



ムズムズする鼻を押さえていると、暗闇の中、"きんぐ" の分体の驚くような声が聞こえる。



「ありえねぇっ! 無臭のもののはずだっ!」


「ああ、毒を使おうとしてたんだね。無駄だよ」



ほとんどの毒って私にとって薬にしかならないし。

それにニオイでだいたいわかるし。



「あ、そっか。じゃあこのニオイをたどれば、あなたのところに行けるんだね」


「くっ……させるかっ!」



一瞬にしてニオイが広範囲に広がった。

おそらく、何かしらの手段で手当たり次第に毒をまいたのだろう。

確かに、これじゃ正確に追うことはできない。



「うーん……ニオイをひたすら追って確かめるのも面倒だし、久々に使おうかな」



私は両手に魔力を集中させ、高速で回転させ始める。

手の中の空間を圧し潰すように、グルグル、グルグル……

それは次第に輝き始め、そして小さな爆発のあと、私の手の中には星空が広がっていた。


キラキラとした光が、暗闇をほのかに照らす。



「小宇宙の……創造だとっ……!?」


「私が小さなころ、灯りのない夜の山の中でよくやってたんだよね」



もちろん、今でもよく使う。

この小宇宙から生み出される無限に近い魔力は使い勝手もいいから。

とはいえ、灯りとして用いるのは久しぶりだ。



「もうちょっと明るい方がいいかな……」



ボフンッ、ボフンッ。

小宇宙の中で立て続けに爆発が起こる。



「それ、ビッグ……いやまて、いまコイツに眠られて、小宇宙の中の現象が "こちら側" にこぼれ落ちでもしたら、今われわれの立つこの地球、そして宇宙が──」


「? どうかしたの?」


「黙って手元に集中してろっ! 決してその小宇宙の均衡を崩すなっ! 世界が滅びるぞっ!?」


「えっ、あっ、うん……」



なぜか分体に怒られつつも、

ボフンッ、ボフンッ。

何度目かの小宇宙の爆発で、作ろうと思っていたものが生まれた。



「ああよかった、"太陽" できた」


「太、陽……!?」



私は手を広げる。

小宇宙が広がり、その中心がオレンジ色に燃えていた。

それは次第に肥大していき──



「ぐぁぁぁぁぁ──っ!?」



強烈な光がダンジョンを照らし出した。

それと同時、"きんぐ"の分体が悲鳴を上げる。



「目がぁっ、目がぁぁぁぁぁっ!!!」



その分体は私から数十メートル離れた先にいた。

体はでっぷりと太っていて、全身がモフモフの羽で覆われており、尖った大きな耳が頭の上についていた。

今は、膝を折り目を覆っている。



「えっと、大丈夫?」


「大丈夫なワケあるかっ! 俺の目は暗闇に適応していたんだぞ……だが、」



分体はクックッと笑う。



「これで、これでよかったんだ……。世界は、宇宙は滅びずに済んだのだから……危うく共倒れになるところだった……」


「そ、そっか……よく分からないけど、大変だったね?」



私は小宇宙を……

せっかく作ったのだし、このダンジョンの灯り代わりに置いておこうかな。

えいっ。

手のひらサイズの小宇宙を投げる。

私は太陽を、小宇宙ごとフロアの天井に飾ることにした。

小宇宙は天井近くにプカプカと浮き上がった。



「さて、それじゃあトドメを刺すね?」



私はひと足で分体へと距離を詰めると、拳を後ろに引く。



「いいさ、トドメを刺せばいい。だが、すべて俺らの計画通りだ」


「?」


「俺は最初に聞いたはずだぞ、レンゲ。『大切なものを置いてきてよかったのか』、と。おまえが戦うべき場所はブラジルではなく、そしておまえの倒すべき相手は俺でもなければ、ブラジリアンREN──」



ズドンッ!

話の途中で、私の拳は分体の体に突き刺さると粉々に消し飛ばしてしまった。

でも、ぜんぶ聞いたところで私には分からないだろうしなぁ……。



「とにかく、コレで終わり……なんだよね?」



私が首を傾げていた、その時だった。




──ピロロロロッ!




私のポケットの中から、鳥の鳴き声のような音が響く。



「"すまほ" ……じゃない、こっちの方だっ」



私はポケットから機器を取り出す。

それは魔力通信用の "ピーエイチピー" ……じゃなくて、"ピーエスピー" ?

……なんだっけ?

とにかく、"すまほ" が使えないときのために私とAKIHOさんで持っていた機器だ。



「えっと、もしもしっ」


『ああよかった、魔力通信PHSは通じたか。レンゲちゃん、無事よねっ?』


「はいっ、AKIHOさんもっ?」


『ええ。単刀直入に言うわ。スマホが外に通じないの。おそらくは電波妨害かな。今すぐに引き返すわよ』



AKIHOさんは言う。



『ナズナちゃんの手筈てはず通りなら、外に "お迎え" が来るはず。急いで合流しましょう』


「はいっ!」



私は来た道……

というよりも落ちてきた穴にめがけて大きく跳躍した。

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