第150話 サンパウロダンジョン その4
これまで潜ったダンジョンには、多かれ少なかれ "光" があった。
しかし、ここには無い。
ほの暗いとか、物の輪郭だけ見えるとか、そんなものじゃない。
目に何も映らない──
完全なる闇の場所だった。
「── "大切なもの" を置いてきてよかったのかよ、レンゲ」
低い声がどこからともなく響いてくる。
日本語である。
「あなた、"きんぐ" の分体?」
「そうなるな。おまえがアメリカで倒した者たちと同じだ」
「ねぇ、ここって電気点かない?」
「人の部屋じゃねーんだぞ、点くわけあるか」
それは残念だ。
姿を探すのに手間取ってしまう。
それは分体側も同じのはずだけど……
「侮るなよ。俺がなんの策もなしにこんな場所にいるわけがないだろ」
フン、と。
鼻で笑われる。
「それよりも、もう一度聞く。"大切なもの" を置いてきて本当によかったのか?」
「……AKIHOさんのこと? それならきっと、大丈夫だよ」
私は即答する。
「だってAKIHOさんほど強い "人" 、私は他に見たことがないもの」
* * *
「あーし、日本語の聞き取りは少しできんだぜ。ジーさんが日系だったからさぁ」
あまりの正拳突きの威力のせいで、粉々になって舞い上がった土煙をかき分けて姿を現したブラジリアンRENGEは、その白い歯をニッとして見せた。
「さっきはずいぶんとナメたこと言ってくれんじゃん、AKIHOさんよォ。あーしのことを倒すって? オイオイ、ただの人間ふぜいが調子乗っちゃってんねっ!?」
「……ポルトガル語の聞き取りはできないんだけど、何となく私を挑発してるのはわかるわ」
AKIHOはバックステップで距離を取ると、愛用の片手剣を正面に構える。
その刀身が少し震えていた。
ブラジリアンRENGEのバカみたいな威力の攻撃を捌いていたせいで、手先がしびれていた。
「レンゲちゃんの力、レンゲちゃんの動き、レンゲちゃんの堅さ……見事なコピーね。でもあなたのは、それだけ」
スゥ、と。
AKIHOは深く呼吸をして、目を鋭くする。
「解釈違いよ。"RENGE" は "レンゲちゃん" であるからこその "RENGE" なの。何がブラジリアンRENGEよ、あんまりレンゲちゃんをナメんじゃないわよ」
「RENGE、RENGE、RENGEと何度もうっせーし。いいから死になよ。あーしは神とともにRENGEを討つのが使命だしっ!」
ブラジリアンRENGEが跳ぶ。
ダンジョン空間内を広く使うように、高く。
……やっぱり、違う。
「レンゲちゃんは、そんなことしない」
AKIHOは片手剣の剣先を、自らの足元の地面へと刺した。
……レンゲちゃんなら跳んだりしない。彼女は足さばきの重要さを誰よりも知っている。その身体能力と無駄のない武道のような動きで、一瞬にして間合いを詰めてくる。
「今度こそ喰らえッ! 神の拳をッ!」
ブラジリアンRENGEが落下速度も利用して、大きく拳を振り下ろしてくる。
「フッ──!」
AKIHOは瞬間的な身体強化とともに、剣を振り上げた。
地面は剣の "つっかえ" として作用し、そこから抜剣された斬撃の速度と威力は大きく上昇する。
そして、ブラジリアンRENGEの振り下ろす拳を側面から弾き、逸らした。
「ハァァァ──ッ!」
二の太刀。
振り上げた剣をヒラリと返して、AKIHOはブラジリアンRENGEの体を
しかし、
「だからさぁ、何度やっても同じだっての、ソレ」
ブラジリアンRENGEはビクともしない。
これで9回目。
体の正面、腕、足、背中、頭、尻……
どこを斬りつけても、ブラジリアンRENGEに効果はなかった。
身にまとう服に傷はつくものの、それだけだ。
体にはかすり傷ひとつついていない。
「RENGEのコレ、魔力操作の自動化っつーの? 最高だよね」
AKIHOは再び距離を取った。
しかし、ブラジリアンRENGEの追撃はこない。
「神はやっぱり偉大だし。あーしが何も考えなくてもさぁ、あーしにRENGEの力を与えることで常に守ってくれんじゃん? こんなの唯一無二の愛に他ならいっしょ」
ブラジリアンRENGEは、ウットリとした声で続ける。
「こんな素晴らしき神がさぁ、この世に混沌をもたらそうとしてるわけよ? あーしらは従うべきっしょ、普通に考えて。RENGEも政府もさぁ、なんでそんな簡単なことが分からないわけっ?」
「……」
「AKIHOもさぁ、改心しなよ? 神をあがめれば、アンタにだってRENGEの力が与えられるかもしんないよ? そんでブラジル現政府を打倒したらさぁ、混沌とした世界で、誰にも縛られずにダンジョンを冒険できるようになる! それって幸せなことじゃないっ?」
「ノーサンキューよ」
AKIHOは言った。
言語は分からずとも雰囲気で分かる。
勧誘かなにかをしようとしているのだろう。
そんなもの、受けるわけがない。
「なっ……」
ブラジリアンRENGEは目を見開いて、
「なんでよっ、誰だって、アンタだってRENGEになりたいでしょ? この圧倒的な力を手に入れたいハズでしょう?」
「わかってないんだろうなぁ……」
AKIHOは大きくため息を吐くと、剣先を鞘へと差し込んで、
「レンゲちゃんならこんな粗末な攻撃、そもそも喰らわないっつってんだけどっ!」
カチン。
片手剣が完全に鞘にしまわれたその瞬間。
ブラジリアンRENGEの体の九箇所から、いっせいに大きな爆発が起こった。。
「魔力爆発── "遅り火" 。私の斬撃によって送りこまれた魔力は、あとになって "爆ぜる" のよ」
ブラジリアンRENGE……
その体にやはり傷はない。
しかし、
「ッ……! コフッ……!」
ブラジリアンRENGEは膝をついて、苦しげに喉に手を当てた。
「おとなしくしておきなさい。息が上手くできないんでしょう? 高熱の空気を吸い込んだんだもの。それに、もう戦う余力もないはず」
ブラジリアンRENGEの体からは、明らかに身にまとう魔力量が減っていた。
「自動化された魔力操作のせいで、全方位からの魔力爆発に対して、防御に多くの魔力が消費されてしまったのね。まあそんな使い方すれば当然、枯渇はするわよ」
「なっ……んでっ……! だって、RENGEは……!」
「レンゲちゃん自身の持つ魔力は決して無限じゃない。レンゲちゃんの持つ応用力や、レンゲちゃんなりの頭の良さがあるからこそ、はたから見る私たちには
AKIHOはポケットからスマホを取り出すと、救急車をコールしつつ、
「RENGEが強いのはパワーとスピードとタフネスのおかげじゃないの。レンゲちゃん自身が最強の存在だから。その他はオマケ」
独り言のようにそう言った。
そして、ブラジリアンRENGEを背負う。
「さて、あなたを地上に運ぶがてら、翻訳機を使ってじっくりと聞かせてもらおうかしら。あなたたち……いえ、神の狙いはいったいなに? ブラジルにレンゲちゃんを呼び寄せた理由は?」
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