第148話 サンパウロダンジョン その2

「あっ、レンゲちゃん寝ちゃったっ!?」


「zzz……zzz……」



AKIHOはレンゲを起こそうとして、しかしハッとする。



……今ここで起こしても、どうせ寝てしまうのでは?



目の前にはタブレット端末のモニターを巨大化したような壁。

白い光の中に、スペイン語……

いや、ブラジルだからポルトガル語かな?

とにかく、英語とはまた違った文字列が浮かび上がっており、それは文章をなして長い質問文を作り上げていた。



「むしろレンゲちゃんにはこのまま寝てもらっておいた方が安全、かも?」



睡眠中のレンゲに自動迎撃機能オートカウンターが備わっていることは周知の事実だ。

寝ていても不意打ちは喰らうまい。

それよりも、



「ダンジョンにこんな人工的な、そしてレンゲちゃんに効果的なモノが作られているってことは……」



日本政府からの説明は正しかったらしい。

おそらくここには、4月そして6月にレンゲちゃんの前に出現した "キング" が関わっているのだろう。



「ナズナちゃんに言われた通り、私が来て正解だったみたいね」



AKIHOはスマホを取り出すと、壁に映し出された問題文をスキャンする。

そして翻訳。

その内容は、



 問題があります。

 非常に大きな問題です。

 この世界には多くのダンジョンがありますが、そのダンジョン自身に対する自由権を、政府が認めていないという問題です。

 ブラジル現政府はダンジョンを一方的に管理下におき、その資源を搾取し、独占しようと目論んでいます。

 しかしそれはダンジョンをこの世界に生み出した者の意思を無視した行いであり、権利侵害にあたることは明白です。

 さて、この権利侵害問題を解決するために有効な対処法には何が考えられるでしょうか? 

 ブラジル現政府が制定したダンジョン管理法はその対処法にどのような悪影響を及ぼしているかも加味したうえで、1500文字以内の文章に収まるように述べなさい



「……なにこれ」



大学受験でたまにある論述形式の試験?

それにしては問題文にずいぶんと作成者の政治的主張が織り込まれているような……



「まさか、これに答えなきゃこの先に進めないってわけ?」



困った。

問題文を要約すると『ダンジョンをブラジル政府から取り戻す方法を考えて!』となる。


おそらくこの問題文の製作者は例のブラジリアンRENGEも所属する、抵抗組織の連中なのだろう。

それを利用して"キング"がこの仕掛けを作ったというところか。。



……いったん自分にウソを吐いて、抵抗組織の連中のお気に召す回答をしてやる必要があるのかな。



「なんかヤだなぁ」



ボソリと呟いた、その時だった。



「zzz……AKIHOしゃん」



AKIHOの後ろで、レンゲがムニャムニャと口を動かした。



「えっ、レンゲちゃん、起きたっ?」


「……zzz」スピー



いや、寝息を立てている。

まだ寝ているはずだ。

しかし、



「あれっ、でもレンゲちゃん……なんか、目がちょっと開いてる……?」



いわゆる、"半目" 。

たまに寝ているときに目を開けている人はいるが、レンゲのその姿を見たことはない。



「……zzz……AKIHOしゃん……zzz」ピー スピー



寝言。

これは寝言だ。

夢を見ているのだろうか……

AKIHOは一瞬そう考えたが、『いや違う』と息を呑む。


開いた半目の中の眼球は動いていない。

夢を見ているとき、人の眼球は運動するハズだ。

その目はしっかりとAKIHOを見、そしてその向こう側の壁を見ている。



──ゾクリ。



AKIHOの背筋に鳥肌が立った。

単なる興奮や、あるいは死の予感とも違う、なんでもないただの水たまりの底に新世界を見たような、驚きと感動に満ちた直感によって。



……いま私は、レンゲちゃんの新たな進化を目の当たりにしようとしている……!?



AKIHOが生唾を飲み込んだとき、舌足らずのようにレンゲがつぶやく。



「……zzz……AKIHOしゃん……困らせる……排除……zzz」



その次の瞬間だった。



──地面が爆ぜた。



レンゲの踏み込みによって圧縮された地面近くの空気が、逃げ場を失って生まれた爆発だった。

レンゲの体はいつの間にか、問題文の壁の正面にある。

その拳はまっすぐに繰り出され、先ほどのAKIHOの一撃ではビクともしなかった問題文の壁を "吹き飛" ばした。


問題文の壁はよほど硬いらしく砕けていない。しかし、その壁の設置されている天井と通路の強度がレンゲの拳の威力に負けたようだ。

問題文の壁は、エアシューターによってダクト内を運ばれるピンポン玉のように、ダンジョン内の通路を飛んでいく。



「す、すご……」



問題文の壁はきっと、"キング"による超常的な力によって、物理的に破壊できないようにされていたのだろう。

しかしレンゲはその超常的な力を、さらなる "パワー" によって打ち破ってみせた。



「さすがね、レンゲちゃん」


「……zzz……AKIHOしゃん……ウナギ……zzz」


「帰ったらいくらでも食べさせてあげるわ、すごくいいものを見せてもらっちゃったもの」




おそらく、AKIHOの知る限りは初となるレンゲの形態──"半目RENGE"。たとえ外国語を見て眠ったとしても一定の意識を持って行動が可能という、破格の進化を遂げたレンゲの戦いっぷりを、こんな特等席で。



……レンゲちゃんはただ最強なだけじゃない、どんどん自分の最強を更新していっているんだ!



AKIHOの握る拳に、思わず力が入った。

あのレンゲちゃんが外国語を克服できるんなら、私たち普通の人間にもまだまだ成長の余地はある、と。



「さあ行こう、レンゲちゃん! ダンジョンは始まったばかりだよっ!」


「zzz……ちゃわんむし……?」スピー


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