第144話 異変
8月の第3週末。
今日の私のお仕事はダンジョン清掃だ。
街中のうだるような暑さから逃げるように秋津ダンジョン管理施設に入ると、私を出迎えてくれたのは懐かしい顔だった。
「あっ、"ナイカク……カンホー"の篠林さんっ?」
「お世話になっております、花丘様。内閣官房副長官補の篠林です」
篠林さんはスッと車の窓ガラスが下がるような、静かで機械的なお辞儀をする。
「突然申し訳ございません。ですが、できる限り早急にご相談させていただきたい件がございまして」
「はあ」
私はそのまま、篠林さんの後ろについていく形で会議室へと入る。
施設長にはすでに篠林さんの方から話を通してくれているようだった。
「本来、先にお電話をさしあげるべきだったのですが、申し訳ございません」
ペコリ。
着席するなり、かしこまったように篠林さんはまた頭を下げる。
「しかし、そうもできないわけがありまして」
「できないわけ?」
「はい。まずこちらなのですが、」
私の前に大きめの平たい"すまほ"が置かれる。
あれ、"すまほ"じゃなくて"たぶれっと"って言うんだっけ?
名前がどうだったかは定かじゃないけれど、
とにかくその機械の画面に映し出されていたのは、いろんな国の名前と、その横に数字が書かれた表だった。
「こちらは各国のダンジョン保有数と犯罪件数についての表で、」
「……zzz……zzz」
「花丘様、花丘様っ」
ガクガクと肩を揺さぶられ、ハッと目を覚ます。
いけないいけない。
「すみません、とうとつに、眠気が……」
「いえ、こちらこそ配慮が足らず申し訳ございません」
「眠らないように、目をかっぽじってがんばります」
「失明します、やめてください。普通かっぽじるのは耳です」
コホン、と。
篠林さんは気を取り直すように咳ばらいをして、
「今のはあくまでこれからの説明の補足資料でして、あとで妹様……花丘ナズナ様にご確認いただければと思います」
「あ、はい」
「それとは別に、レンゲ様用にご用意した説明資料がございますのでご覧ください」
機械の画面上で指がスッと動かされると、映し出される内容が変わった。
"ダンジョンが
その大きな文字で書かれた文章の下に、かわいらしい女の子が首を傾げる絵があった。
病院などで見るチラシのような、分かりやすい書かれ方をしていた。
画面が切り替わっていく。
14ページくらいあった。
がんばって読んでいく。
……。
……。
……なるほど。
内容を要約すると、つまり、
「世界のいろんな国で、悪の組織がナイショでダンジョンに潜り始めてる……っていうことですか?」
「おおむね、そのご理解であっております」
篠林さんは頷くと、
「口頭で少し詳しくお話しますと、ダンジョンを管理しようとしている各国政府と、それに抵抗するダンジョン自由原理主義者の組織が存在しておりまして、その組織がどういうわけか、最近になって急速に世界的なネットワーク……情報網を構築しつつあるのです」
「……はあ」
「つまり、日本でもまたそういった抵抗組織が大きくなりつつあり、電話などのやり取りを盗聴される恐れがあるのです」
「……なるほど!」
盗聴、確かにそれは困る。
大事な話なんかを聞かれてしまったら大変だものね!
ウンウンと頷いていると、
「今のが花丘様へと事前の連絡ができなかったわけなのですが、本日私が花丘様を訪ねたのも、これと関わりのあるお仕事をご依頼するためです」
「えっ?」
篠林さんは一呼吸おくと、続ける。
「花丘様に、ブラジルの抵抗組織へと援助をしているという、”神”を名乗るモンスターを討伐していただきたいのです」
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