第145話 陰謀の予感
「神を名乗る、モンスター……?」
「はい。ブラジルの抵抗組織は不法侵入したダンジョン内で『神の啓示を聞いた』、『神の恩恵を受けた』と主張しており、それを強い行動の根拠として、政府や政府に協力するダンジョン関係者を攻撃しているのです」
「はあ。神ってことは、もしかして……」
「おそらく」
篠林さんはコクリと首を縦にすると、
「花丘様が4月にワシントンで戦った"キング"、そしてその後の世界大会エキシビジョンで戦ったと仰っていた"キングの分体"など、それらに関わりのあるモンスターではないか、というのが政府の見解です。であるとすれば、花丘様以外の手に負えるモンスターではないと考えておりまして……」
「なるほど」
確かに"きんぐ"は強敵だったと思う。
同じ竜のリウでさえも苦戦していたと言っていた。
であれば、私が行くのが一番望ましいのだろう。
でも、
「ナズナがなんて言うか……今はまだあまり私と"きんぐの分体"を戦わせたくないって言ってたんですよね」
「そうですか……きっと、ナズナ様の方には何かお考えがあるのでしょうね」
篠林さんは困ったように腕を組む。
「ですが、ブラジルの状況は思わしくなく……このままでは年内に国が崩れるかもしれない緊急の自体なのです」
「国が、ってそんなにひどい状況なんですかっ?」
「抵抗組織の幹部のひとりに規格外の力を持つ人物がいるようで、軍による抑止が効かないようなのです。常識外れの耐久力と魔力を持っており、国内の一部では "ブラジリアンRENGE" と呼ばれいます」
「ぶ、ぶらじりあんレンゲ……?」
「7月初めごろから現れたその人物は、独力でブラジル軍基地を次々に強襲し潰しています。もしこのままブラジル軍全体が機能不全に陥ることがあれば……抵抗組織は何の邪魔もされず主要都市を制圧し、武力によって政権を奪取できてしまうでしょう」
「それはマズいですね……」
さすがに国が危ないとなれば話は変わってくる。
ナズナへの相談は必要だろうけど、今回に限っては私が行った方がいい気がする。
「篠林さん、ちなみに行くとして日取りはどれくらいになりそうでしょうか」
「お返事をいただいてからブラジル政府と話をしまして……最短で来週の頭から、といったところでしょうか」
「うっ……」
来週といったら、いま私の見ている受験生たちの試験本番の週ではないか。
せっかくの初教員という立場での仕事のさなかで、本番だけ見逃すことになってしまうとは!
……でもさすがに、国の危機には代えられないよね。
「いちおう、そのお仕事はお受けする方向で進めてもらって大丈夫です。ナズナへは私の方から確認しておきますので」
「! 本当ですかっ。ありがとうございますっ、大変助かりますっ!」
篠林さんはペコペコとさらに何度も頭を下げてくると、すぐに立ち上がって、
「さっそく関係各所への連絡を進めてまいります。本日はお忙しいところをありがとうございました、花丘様」
「いえ、私はそんなに……関係各所への連絡って、もしかしてそれも電話を使わずに?」
「はいっ。今や花丘様の一部の動向は国の最重要機密になっていますので。地道にこの足で回っていきます」
「そ、それはお疲れ様です……」
私なんかより篠林さんの方がよっぽど忙しそうだ。
公務員ってすごく大変なんだなぁ……。
早足で施設を後にする篠林さんの背中を見送りつつ、そう思った。
* * *
「ブラジルの抵抗組織、ねぇ」
夜。
夕食を終えた食卓で、ナズナは篠林さんの用意した資料に目を通すとムムッとうなった。
「なんともまあ、怪しいタイミングね」
「怪しい?」
「詰将棋みたいに、何かの目的に向かって物事が動かされてるみたい。それも私たちには何の情報も開示されず一方的に。嫌な感覚ね」
「へぇ」
私にはその感覚が分からないので何とも言えない。
しかし、ナズナがそう感じるのであれば、やはりそれは怪しいのだろう。
「断った方がよかったかなぁ……?」
「うーん、でも事が事だしね。お姉ちゃんが行かないと解決しない物事なんでしょうよ。それが本当に詰将棋だとするなら、ね」
ナズナは大儀そうに腕を組むと、
「でも、怪しいと分かっているならこっちで打っておける手もあるわ。とりあえずお姉ちゃんはブラジルに向かって大丈夫。考えることは私に任せておいて」
「うん、分かった。神っていうのも倒しちゃって大丈夫かな?」
「ボコボコにしちゃえばいいんじゃない? ただ、そのブラジリアンRENGEとかいうふざけたやつは相手にしない方がいいかもね」
ナズナはため息を交えつつ、
「どうにもソイツも女らしくてね、熱狂的なファンも増えてるらしいわ。相手にしたら、お姉ちゃんにいったいどんな風評被害が出るか……」
「そうなんだ……分かった。じゃあ神だけ倒すことにするよ」
受験生たちの試験本番を見れないのは残念だけど、仕方ない。
なるべく早く倒して日本に帰ってこられるようにしなければ!
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