第143話 退院 × 復帰 × 洗礼
~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~
「VERY HARDモード……28分31秒っ! すっ、すごいですっ、最速記録更新ですよっ!」
受験生になって3週間目の、自主訓練期間の最終週。
VERY HARDモードのダンジョン地下50階層にて。
ワタシは思わずガッツポーズで、
「更新といっても、たったの1秒だけどね」
つれなく城法くんが苦笑するけど、きっと本心ではあるまい。
「Nさんがいない中、3人での最速記録ですよっ? もっと喜びましょうよっ!」
「そうね」
緒切さんは微笑んで頷いてくれた。
「城法くんのナビもしっかりしていたし、オラちゃんのパワーとスピードのチームでの活かし方も上手くなっていたから、努力のたまものね」
「あっ、ありがとうございますっ! 緒切さんの思念一刀も、ワタシのすぐ横の雑魚モンスターを正確に斬ってくれるようになりましたし、威力も上がってますよね……? そっ、それもとてもすごいと思いますっ!」
「そうかな……そうかも」
「ですですっ」
そんなワタシと緒切さんのやり取りに、城法くんはクスリと笑った。
「確かに、乙羅さんと緒切さんは2人とも凄まじい成長だよね。加えて、ここ数日の練習で僕たちはチームプレーが上手くなった気がするよ」
「そう……なんですかね?」
「そう思うよ。なんというか、ようやくチームとしてまとまりがでてきたような、そんな気がするんだ」
城法くんはそう言うと、握った拳を胸の前に掲げた。
「今なら少し思えるかもしれない。このチームでならきっと合格できるって。そして、その後のダンジョン高等専門学校でもっともっとたくさん学んで、日本の本物のダンジョン攻略にだってきっと挑めるようになるかもって」
「……はいっ!」
普段弱気な城法くんが、珍しく前向きだ。
でも、そんな姿を取り繕うことなくワタシたちに見せてくれるのがなんだかうれしい。
「がっ、がんばりましょうっ、城法くんっ! 緒切さんっ!」
ワタシもまたグッと拳を握って、そうして前に突き出した。
マンガで見たことがある。
仲間はこうやってお互いの拳を突き合わせて気合を入れるのだ。
「「……」」
あれ?
なぜか、2人とも私の拳に触れてはくれなかった。
城法くんと緒切さんは互いに顔を見合わせて、それからワタシの拳を見て、
「オラちゃん、ちょっとそれは……」
「僕たちの腕吹っ飛んでが失くなっちゃう気がするから……」
そう言ってこわごわと身を引いてしまうのだった。
さすがに、身体強化はかけていないんだけどなぁ……
* * *
そうして、ダンジョンの50階層から引き返し戻り、ダンジョン管理施設のロビーへと戻ったところで、
「ハハッ、オイオイ、こんなとこで会うとはなぁ……!」
「……! あっ、あなた……!」
ワタシたち3人を出迎えたのはどこか懐かしささえ感じてしまう、金髪の髪の男の子。
それは、ワタシが以前思いっきり吹っ飛ばして救急車で運ばれていった、
「あっ、あっ、えっと……」
「……」
「なっ、名前が、えーっと」
……なんだっけ?
こう、喉までは出かかっているんだけれども。
あれこれ考えてまごついていると、城法くんがコソコソとワタシに耳打ちをしてくれる。
……ああっ、そうだそうだっ!
「すっ、
「忘れてんじゃねーぞ狂犬女っ!」
周防くんは荒っぽく叫ぶと、ズカズカと大股でワタシへと近づいてくる。
思わずまた両手で突き飛ばしそうになってしまうが、
「──おっと、危ねぇ。これ以上近づくとまた吹き飛ばされかねん」
ニヤリと笑って、その足を止める。
「なにせ相手は狂犬だもんなぁ、学習能力があるとは思えねぇ」
「んなっ……!」
大変に失礼なヤツだ。
どうしよう、あえてぶっ飛ばしたくなってきてしまった。
……やらないけれど。
フゥ、と。
大きく息を吐いてイライラを抑える。
ワタシは少なくとも目の前のこんなガキんちょよりは大人だし、それに見合った対応をしなければ。
なので、
「あっ、あの、周防くん。その節は大変申し訳ございませんでした」
ちゃんと、あの時の事故のことを謝っておこうと思う。
「はぁ? なんのつもりだ、テメー」
「い、いえ。ですから……この前ワタシが周防くんを"手軽にぶっ飛ばしてしまった"ことの謝罪をですね……」
「あぁ? 『手軽に』だと……?」
「まさか、あんな簡単に吹っ飛ぶとは思わず、申し訳ないです。"もっと手加減してあげられたら"よかったんですけど」
「……オイ、ケンカ売ってんのかテメー」
……あれ? おかしい。
ワタシは誠心誠意謝っているはずなのに、目の前の周防くんがどんどん怖い顔になっていくんですが……?
「あっ、あの周防くん、怒ってます? そりゃ怒りますよね、教室の壁に、あんな"前衛的おもしろアートオブジェ"のごときめり込み方をさせてしまったわけですし──」
「──ちょっ、ちょっと乙羅さんっ!? その辺でやめようっ!?」
「うぇっ!?」
後ろからグイッと城法くんに襟首を引っ張られる。
それから耳元で、
「なんで周防くんを挑発するんだいっ!? 乙羅さんはケンカがしたいのかっ!?」
「えっ……えっ!?」
挑発なんてした覚えはない……
と言いかけて、しかし。
「よぉし、よくわかったぜ狂犬。おまえが俺のことを心底ナメくさってくれてるってことはなぁ……!」
正面では顔を真っ赤にしてこめかみに青筋を立たせた周防くんが、指をパキポキと鳴らしてワタシをにらみつけた。
「いますぐ勝負だ狂犬女。もちろん、ダンジョンRTAでな」
「えっ、えっ、えぇっ!?」
「これだけ煽り散らかしておいてよぉ、断らせはしないぜ。正々堂々、俺とタイマン張れやコラァッ!」
いったいなにが、どうなって、こうなった!?
ワタシがあわあわとしていると、
「──あっ、いたいたっ。君が、えーっと……周防くんだよね?」
フワリ。
不可視の速度でワタシと周防くんの間に爽やかで甘い香りの風が吹き込んだ。
かと思えば、いつの間にかワタシたちに割り込むように立っていたのはRENGEちゃんだった。
ポン、と。
その手は周防くんの肩に置かれている。
「え゛っ、 あ゛っ……」
周防くんの喉から、聞いたことのない上ずった声が聞こえる。
そしてその顔は、赤から朱へと、その色の質を変えていった。
「周防くん、まずは退院と受験生への復帰おめでとう」
「あっ、はいっ……ども……」
「それでね、周防くんの入院中に他の受験生たちはVERY HARDモードの実技講習を受けていたんだけど、周防くんはまだなのね。だから、なるべく早くいっしょに潜りたいんだけど、今から時間って空いてるかなぁ?」
「えっ、えっ? それって、RENGE先生と、その、いっしょにダンジョンに潜れるヤツのこと……ッスかね?」
「うん、そうだね。私とふたりで」
「いっ、行きますっ! 今すぐにでもっ!」
ブンブン、と。
周防くんはちぎれんばかりに首を縦にした。
RENGEちゃんはワタシたちの方へと振り返ると、
「乙羅さん、ごめんね? もしかして周防くんとこれから何か予定とか……」
「あっ、いえっ。何にもないので、全然大丈夫です」
「そっか、それならよかった」
RENGEちゃんはそう言って、締まりのない顔をする周防くんを連れてダンジョンの入り口の部屋へと歩き出していく。
周防くんはもはやこちらに
あこがれのRENGEちゃんの実技講習をマンツーマンで受けられるということに舞い上がって、ワタシに勝負を持ちかけていたことなど頭から吹っ飛んでいるに違いなかった。
「……そういえば彼、RENGE先生のあの強化結界のこと知ってるのかな?」
2人の背中が見えなくなったあと、ボソリと城法くんが呟く。
「事前情報なしに、あの結界内にたった1人で、RENGE先生の規格外の動きを見せ続けられるってけっこうな拷問だと思うんだけど、大丈夫かな……?」
それを聞いた緒切さんが、うっぷと口を押えて顔を青くした。
思い出し酔いをしているらしい。
──なお、今週のそれ以降、ワタシたちが周防くんの姿を見ることはなかった。
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