第142話 進化~師弟?~

~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~




「──さて、これでVERY HARD50階層クリアね」



Nさんは、余裕層にヒジャブ似の頭巾の位置を直して言った。

が、その後ろについてきたワタシたち3人はなんというか、狐につままれた感覚だ。



「VERY HARD……28分32秒って……!?」



好タイムだ。

それも、これ以上ないくらい。

現にこのダンジョン施設の過去最高記録を更新してしまっているらしい。



「すっ、すごいですよね、これ……」


「何を他人事みたいに言ってるのよ。オラちゃんたちも含めた、私たち全員のタイムじゃない」



Nさんが呆れたようにため息を吐く。



「順当な結果よ。オラちゃんは身体強化の倍率が順調に上がってきているみたいだし、つるぎも、思念一刀のコントロールが上手くいってるし……何より全員、魔力操作が断然上手くなっているようね」


「はっ、はいっ。それは、RENGEちゃんの実技講習を受けましたからっ!」


「ああ、アレか」



思い返したのか、緒切さんと城法くんが口を押えた。

顔が青くなっている。

ワタシは大丈夫だったけど、RENGEちゃんの強化付与の結界に入った後は、みんな吐き気とかがすごかったみたいなのだ。



「無理やり普段の自分の実力の何千倍もの技術を追体験させられるわけだから、うまいことモノにできればそりゃレベルアップして当然ね」


「は、はい。おかげで、私は何というか、体の使い方を覚えられました」



シュッと。

ワタシは縦に拳を突き出してみせる。

周囲の空間が揺れる。

それは"突き"ではなかった。

どちらかというと"心臓マッサージ"の応用だ。



「すっ、すごいんです、RENGEちゃん。モンスターの弱点とかをしっかりと把握して、的確に、綺麗に、お掃除するように倒しちゃいます。昨日の実習ではこの技の一撃で、縦に列になって並んでいた3体のアーマー・リザードの心臓を止めちゃったんです」


発勁はっけいの応用かしらね。心臓の動きに合わせて打ち込んだんでしょう」


「ですです! その技の魔力の動き、体の動かし方なんかを、ワタシたちにも分かるようにしてくれているのが本当にありがたくって!」



興奮に、ついつい声が上ずってしまう私に、しかし緒切さんも城法くんも頷いた。



「分かる。特に魔力操作の仕方……まるで最適解がRENGEの体を借りて動いているみたいだから、あとでその時のマネをするだけでものすごい勉強になる……毎度、吐きそうになるけど」


「だね……僕は実技講習のあと、毎回半日寝込むけどね……」



顔を青くしたまま、2人は苦笑した。

そんな様子を見て、Nさんは腰に手を当てる。



「まあ、結果オーライってヤツじゃない? 急がば回れ、寝込もうが入院しようが、より効率的にレベルアップできる道を選ぶべきよ」


「そう、なんですかね……」


「なに? なにか心配事?」



Nさんの問いに、城法くんは少しためらったあと、おずおずと口を開く。



「あの、やっぱり僕にも自主訓練メニューをいただくことはできませんかね……?」


「……またその話?」


「はい。やっぱり、必要だと思いましたから」



城法くんはズボンの後ろポケットから小さなタブレット端末を取り出すと、



「今日、魔力探知によってダンジョンの正解の通路を把握する役割──"ナビ"を、1階から20階までは僕が務めました。そのタイムは、14分04秒でした」


「うん。そうね」


「その後、Nさんに代わってもらい、上階層よりもさらに難易度の高くなる20階から50階までをナビをしてもらいました。そのタイムは14分28秒」


「つまり、私より効率が悪かった、と」


「はい。それだけじゃありません」



城法くんはタブレットを操作しながら、



「50階に至るまでの通常モンスター撃破数について。乙羅さんが31体、緒切さんが50体、Nさんが15体、そして僕は7体。フロアボスの撃破数は乙羅さんが8体、緒切さんが2体。Nさんと僕は0体」


「それで?」


「僕の強みだけが、このチーム内じゃどこにも現れていないんですよ。もっと何かの方面に尖った実力がないと。今のままじゃ、このチームにいる意味が……」


「ないかもね」



Nさんはサラッと言う。

タブレットを握る城法くんの手が、一瞬震えた。



「えっ、Nさんっ! そんな言い方っ、あんまりですっ!」



思わず、ワタシは横から叫んでしまった。



「じっ、城法くんはっ、ワタシたちのチームに必要ですっ!」


「お、乙羅さん……」



城法くんがワタシの方を見て、少し微笑んだ。

ワタシも、強く頷き返した。

それからぎゅっと眉に力を込めて、Nさんへと向き直る。



「たっ、確かにですね、Nさんはすごい人ですよっ」


「なによ、急に……」


「たっ、確かに城法くんはっ、そりゃ実力はNさんに遥かに及ばないでしょうしっ、説明もNさんより理屈っぽくってゴチャゴチャしてて分かり辛かったりもしますしっ、性格は弱気でウジウジすることもあって面倒くさいなって思うこともありますけどっ!」


「けっこう言うわね、オラちゃん」


「そっ、それでもですよっ? 城法くんはワタシや緒切さんと3人のとき、リーダーみたいにワタシたちを取りまとめてくれますっ! その思いやりと賢さで、同じ目線に立って悩んで、いっしょに成長していける、そんな──」


「わかった、わかったわよオラちゃんの言いたいことは」



Nさんは両手を体の前で振って、ため息を吐いた。



「今や大切な仲間ってわけね。いいことだわ。私はそれを否定する気も、悪く言う気もまったくない」


「……え?」


「私が言いたかったのは、『今の私のいるチームには』必要ないかもねってことで、それに加えて『必要がなかったらどうなの?』ってことよ」


「そ、それってどういう……?」


「もうややこしくなるから、アンタはちょっと黙っときなさい」


「アタッ!」



首を傾げるワタシの鼻先をNさんは指で弾くと、それから城法くんへと向き直り、



「城法握斗、アンタのゴールはどこ? 受験に合格すること? それともこのチームで居場所を見つけること?」


「え……そ、それは……」


「今後の人生でダンジョンに関わりたいから、ダンジョン高等専門学校の門を叩いたのよね? で、そんなアンタのゴールはこんな手前にあっていいの?」


「よ、よくないですっ」


「なら、今は2位に甘んじなさい」



Nさんは力強く言った。



「私のやり方を考察し、マネて、応用して、成長の糧にしていればいい。"付け焼き刃"の強みなんて今作っても、この場はしのげたって今後の成長の邪魔にしかならないでしょ」


「それは、確かに……」


「受験はオープニング前にすぎない。アンタが1位になる場所もタイミングも、今のこのチームでじゃないのよ。もっと未来にあるわ。それと、」



Nさんはダンジョンの入り口へと帰る道へと歩き出しつつ、



「自主訓練メニューだけど、そんなもの本当に要る? 私と同系統の得意分野を持つアンタにとって、私の考えと動きをトレースする以上の訓練があるって言うんなら教えてほしいわ」


「……ははっ」



城法くんはいつの間にか、参ったように笑っていた。



「ひとつも言い返しようのない説明、ありがとうございました、Nさん」


「反論できるようになったら一人前ね」


「……これから師匠って呼んでもいいですか?」


「それはゼッタイに嫌」



Nさんはヒジャブ似頭巾の布を下から少しめくると、冗談っぽく、ベぇーと舌を出して微笑んでいた。






* * *






~とあるダンジョン廃施設にて~




「──こりゃあスゲェや……」



4人の男がいた。

その頭上には光る丸い輪が浮いていた。

それはときおり、電波状況の悪い映像のようにジジッと音を立てて揺れ動く。



「神様ってのは、ホントに居たんだなぁ……!」



目の前には、HELLモードダンジョンで出現するヒュドラが、3本ある頭のうちの2本を消し飛ばされて、瀕死の様相を呈していた。



「トドメだ」



男のひとりが前へと掲げた手の指をパチンと鳴らす。

すると、一瞬にしてヒュドラは黒い炎の波に飲み込まれ、のたうち回り、そうして死んでいった。



「ははっ、はははっ……莫大な力の恩恵を感謝するぜ、神様」



男たちは、祈りをささげるように両手を組む。

そして、



「誓うぜ、主よ。俺たちは誓う、"神の使徒"として。俺たちはRENGEを削って削って削って……そうして最後にはぶち殺して地獄送りにする。かつて俺たちが、RENGEにそうされたようにな……!」



さきほど炎を操った男が言う。



「ついにこの日が来たぜ、RENGE……! 忘れたとは言わせねぇ、この"RB@Fixer"の名を。おまえに奪われた俺の人生を……!」



RB@Fixerは、頭上の天輪を殺意に赤く輝かせた。



「今度は俺たちがおまえから奪う番だ……!」

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