第141話 進化~トリセツ~

~記憶の中のトリセツ~




──レンゲ、これは君の記憶に直接刻んだ言葉だ。



君が夢から覚めたとき、君の中にはすでにこの強化結界の内容が刻まれている。

名は"伽藍がらん蓮華掌上れんげしょうじょう"。


その結界が与える強化とは、

"結界内にいる者は全て、レンゲと同等の動体視力を得る"

というものだ。


さて、

大事なのはその強化結界を維持するための制約と代価についてだ。

あまり小難しく記憶に刻んでも、理解できないと意味がないからね、簡潔に刻ませてもらう。




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制約(結界発動中)

・レンゲの実力は50%落ちる

・結界内の者は眼球以外動かせない

・結界内の者へレンゲは触れられない

・持続時間は3秒のみ


代価(結界発動後)

・レンゲのお腹が空く

 ※空き具合は持続時間に比例する


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1日の発動制限はないが、一般人に何回も使用すれば気分が悪くなることもあるだろう。

なにせレンゲ、君は規格外。

その動体視力を一時的にとはいえ一般人が得てしまえば、脳への負担が大きいだろうからな。

気をつけたまえ。


あと、今度われわれの秘奥世界へと来る際は私を召喚するように。

この前の侵入の仕方は地球の裏側から穴を掘って目当ての王宮に忍び込むようなものだからな?

世界が壊れかねん。

またやったらダメだぞ。

いいな?

絶対だぞ。

下手したら世界が神代まで逆戻りしてしまうからな。


では、また逢う日まで達者で。



君の友人 竜太郎より






* * *






~受験生"緒切いとぎりつるぎ"視点~




「──という新しい結界の力でね、みんなの動体視力を強化したの」



RENGEはチョコレート味のカロリーバーをもぐもぐと食べながら、私たち受験生たちに説明した。



「どうかな? 昨日AKIHOさんやFei・Shanちゃんたちに試させてもらった感じだと問題なかったんだけど、受験生のみんなもちゃんと私の動きが追えたかな?」


「……ぉげぇ」


「あ、吐いちゃった……」



受験生のひとりが胃の内容物をぶちまけると、それにつられたように何人かの受験生が戻してしまった。

気持ちは私にも分かる。

なんというか、平衡感覚が、それも体のではなくて時間の平衡感覚が狂って酔ってしまっているのだ。


これまで音速を超えて動くエスカレーターの上で走っていたと思ったら、いつの間にかそこが普通の階段になっていて、私の足の動かし方はいっさい変わっていないのに、見える景色や進む速度が全く変わってしまったような、猛烈な違和感が脳を襲っている。



……そんなケタ違いの強化付与ができるとうのも驚きだったが、それにしても、今のこれでRENGEのたかだか50%ほどの力だとは。



いや、本当にそうか?

上限が50%と言っただけで、

今のが上限だとは明言されていないのだから。

もしかしたら40……

いや、30%ほどの力だったのかも。



……うぬぼれもいいところだったわね、私。なにが、"本気のRENGEを見たい"だ。



「うっ……ぷ」



私は胃液が逆流しそうになるのを何とかこらえる。

たかだか50%でこのザマなら、きっと仮に100%を見れたところで意識をうしなってしまってそれどころじゃなくなるだろう。



……私は、弱いんだ。緒切家という特別な血筋であろうが、Nにの特訓メニューで多少は力をつけようが、ここに集まる受験生たちとなんら変わりなく弱い。



RENGEは言っていた。

今の結界を使っても、AKIHO、FeiFei、ShanShanは問題なかった、と。

それはつまり、彼女たちは今の私より遥かに高みにいるということだ。

RENGEを目標に、なんて遠すぎた。



……学ばなければ。強くなるために。



モノが違うとハッキリ分かって、

AKIHOたち"常人側"のエリートとの差を理解できて、

ようやく実感ができた。

今の私の実力のままじゃ緒切家の目的になんて届くはずもないだろうと。


だから、学ぼう。

ダンジョン高等専門学校へと合格して、多くの実力者たちと関わって、私は常人としてひとつひとつ堅実に階段を上っていくしかないんだから。



「うーん……体調不良者も出ちゃったし今日の実技講習は中止にしよう。もうちょっと結界には調整が必要かな……」


「イヤです、RENGE先生」



先ほど嘔吐してしまった受験生たち4人を肩に担ぐRENGEへと、私は言った。



「体調不良者を運んだら、再開してほしいです。希望者だけでも」


「え、でも……緒切さんの顔色も、悪いよ?」


「これくらい、ぜんぜん平気です」



私は少しフラつく体を支えながら立ち上がってみせた。

多少の無理ならいくらでも押し通してやる。

強くなるため、代価は必要だ。



「お願いします。どうしても……私は強くなりたいんですっ!」


「うーん……ん?」



RENGEは私に近づいてくると、



「クンクンクン」


「っ?」


「フンフンフン……なるほど」



匂いを嗅いで犬のように鼻を鳴らしたかと思うと、納得げに頷いた。



「乙羅さんだけじゃなく、緒切さんもなのかぁ」


「……? あの? オラちゃんと私が、なにか?」


「ううん、なんでも」



RENGEはあっけらかんとした笑みを浮かべる。



「わかりました。それじゃあ体調不良者を運び終わったら希望者だけで実技講習を再開しましょう」


「あっ、ありがとうございますっ!」



そうして、残った6人の受験生のうち、辞退者2名を残して4人で私たちは再びVERY HARDモードダンジョンへと潜った。




──なお、この後の1週間で全100名いた受験生たちは、受験辞退の続出でその数を70人までに減らした。

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