第140話 進化~伽藍蓮華掌上~

~受験生"緒切いとぎりつるぎ"視点~




翌日。

とうとうRENGEによる実技講習の時間。



「……あら」



あらかじめ指定されていたダンジョン管理施設、そのロビーに到着する。

どうやら私が一番乗りのようだった。

それから講習の10分前ほどになると、チラホラと集まり出してくる。



「──ねぇ、聞いた? 初日にRENGEの実技講習を受けた組さ、完全に置いてけぼりだったみたいだよ?」


「聞いた聞いた。それで昨日の実技講習は休みだったらしいじゃん。やっぱ、俺たちクラスの人間がRENGEについていくとか無理なんだろうな」



ボソボソと、受験生同士でそんなやり取りをしているのが聞こえる。

どうやらあまりのRENGEの規格外っぷりを目の当たりにした受験生たちは早くも自信を喪失し、そのウワサを聞いた受験生も弱気になりかけているらしい。



……その程度の気概だった、ってこと?



なんとなく、気にくわない。

あなたたちがバカにしていたこちらのチームのオラちゃんは全然へこたれていないのに。

私がそんな気に障る雑音から離れようと背を向けたところ、



「あ、みなさんお待たせしました! 今日の実技講習を担当します、花丘レンゲです!」



ちょうどロビーの自動ドアが開いて、RENGEが到着した。

ピタリと受験生たちのコソコソ話も止まる。



「じゃあっ、さっそく行きましょうかっ」



RENGEはいっさいの邪気の感じられない表情で笑いかけてくると、そのままダンジョン入り口へと向かった。






* * *






「今日も"べりーはーど"で地下50階層まで潜ります。本番もこのダンジョン管理施設を使おうと思っている方はしっかり目に焼き付けましょうっ」



拳をグッと胸の前で握って、RENGEが四角柱の機械の上にあるボタンを押す。



「RENGE先生、それVERY EASYです」


「え゛っ、ごめんなさいっ、間違えましたっ!」



慌ててVERY HARDのボタンを押し直すRENGEに、受験生たちの間に微笑が広がる。

いつも配信動画で見ているのと同じ、抜けたところのあるRENGEの姿を目の前にできたことが嬉しかったのだろう。



「さっ、気を取り直していきましょうっ!」



RENGEを先頭に、私たちは地下1階層へと足を踏み入れる。

受験生の雰囲気は悪くない。

そして、RENGEの雰囲気も。



……よかった。いつもの調子みたい。



初日の実技講習の評判を聞いたRENGEが調子を崩して、下手に力を抑えてしまうのではと少し心配していたのだ。

私は、そんなRENGEの講習を受けたいのではない。

オラちゃんと同じく、RENGEの"本気"が見たいのだ。



……そして、私とRENGE、その間の差を知る。私たち緒切家の悲願、"竜殺し"──竜をも屠れる緒切真剣流派を完成させるために。



──数百年前の戦国時代。


剣をなりわいとし、二本松家に仕えていた緒切一族は、ある年に天より降り立った"隻眼せきがん竜"のたわむれで蹂躙された。

その後、力を失った二本松家は動乱の時代に飲み込まれて消え去ったと伝えられている。

ゆえに、緒切真剣流派は『いつか必ず二本松・緒切両家の仇を討つ』ために磨かれた剣なのだ。



「──あ、さっそくモンスターですね。確か名前は"でぃあぶろ"、だっけ?」



先頭のRENGEが指をさした。

その先にいたのは、"ディアブロ"。

オレンジ色に燃え上がる体で、下半身は竜巻のごとく渦を巻いている炎の悪魔だ。

その両目は胴体の中央にあり、紅蓮の瞳を私たちへと向けていた。



「じゃあさっそく、コレを倒していくんだけど──」



RENGEがクルリと私たちの方を振り返り、眉尻を下げ、



「──あのね、これからちょっとみんなを補助するための"魔法"を展開するんだけど、最初はちょっと気分が"おかしく"なるかもしれないの。もしやめてほしい、様子を見たいって人がいたら、挙手してもらえる?」



受験生たちは互いに顔を見合わせて、しかし誰も手を上げなかった。

その"魔法"とやらはどうやら補助とのことだし、"身体強化"に関する何かだろう。

強化してくれる分には何を言うこともない……

そんな反応だった。



「みんな大丈夫そうかな? じゃあ、やるね?」



そう言ってから、パンッと。

RENGEは両手を合わせた。



「強化結界・"伽藍がらん蓮華掌上れんげしょーじょー"」



RENGEの声が氷りづけの湖の上を行くがごとく、透き通るように響く──




────────

【0.0001秒】──



直後、私を含めた受験生の周りに奇妙な光景が広がった。

私たちの立つ場所、その地面から光る白い両手が出現したのだ。

その手のひらがまるではすの花が咲くように開かれると、私たちをその上に乗せる。



「ッ!!!」



受験生たちの目は見開かれたまま、しかし動かない。

悲鳴も上がらない。

喉も動かなかった。


唯一動かせた眼球だけでRENGEの姿を追う。



──よく、見ていてね。



RENGEがそう言った気がした。




────────

【0.0002秒】──


直後、動き出す。

それはたった1つの挙動で、通常どうあっても私たちが肉眼でとらえきれないであろうと実感させるに足る、凄まじく洗練された、そして高速の動きだった。



……しかし。



私たちは、RENGEが炎のモンスター"ディアブロ"へと距離を詰めたステップをはっきりこの目で見ることができていた。




────────

【0.0003秒】──


私たちは不思議なことに、その技のタネも理解できた。

棒立ちだったにも関わらず、RENGEがそれほどまでに速く移動ができたのは、繊細な魔力操作と魔力爆発の応用だ。


足裏・膝裏・腰・肩、

精密な力加減で体の要所で魔力爆発を起こし、

それを推進力としてディアブロとの距離をひと息に詰めたのだ。


ディアブロは、完全に虚を突かれていた。

そして、それからギョッとするほどの時間すら与えられなかった。




────────

【0.0012秒】──



──シュンシュンシュンッ! と。



本来なら空気を切る音が聞こえるだろうRENGEの手刀は、しかし音速を遥かに越えていた。

ディアブロの炎の体は、体の中心を残すようにして上も下も左右も、切り離すようにして刻まれる。


あり得ないことだが、しかし。

私たちはその動きの一挙手一投足すべてを完璧に目で追えていた。




────────

【0.0017秒】──


ディアブロの本体は、体のどこかにある小さな"核"だ。

炎の体を刻まれてもダメージはない。

だが、その核から切り離された体はたちまち消滅してしまう。


しかし、その"たちまち"という時間すら、RENGEの生きる速度と比べれば"ウサギと亀"だ。




────────

【0.0027秒】──


ディアブロの体が核部分を残して消滅する前に、RENGEは炎のわずかな揺らぎを見た。

それで核の位置を判断。

ディアブロの右腕部分をさらに刻む。


すると、小さな黒い玉、核が姿を現した。




────────

【0.0046秒】──



パシッ。

RENGEがその核を片手でキャッチし、潰した。




────────

【0.0049秒】──



それからクルリ。

私たちに向き直って、




────────

【0.005秒】──


RENGEが両手を合わせる。

再び柏手を打ったのだ。



──パンッ。



「はい、終わり」



耳が、キーンとした。

私の耳を空気の波が打っている……

つまり音が聞こえているのだということに気づくのに、数秒を要した。



──シュゥゥゥ。



RENGEの背後で、ディアブロの体が塵になって消え失せていく。

RENGEがディアブロの核を潰したのは、もう何十秒も前のことだった気がするが……いや、違う。



……私たちの、時間感覚が狂ってたんだ……!



「──ハァッ」



思わず、私はその場に尻もちをつく。

いつの間にか、その地面から生えていたはずの蓮の花のような光の手のひらは無くなっていた。



……それにしても、脳みそが焼き切れそうだ。



体は、ドッと精神的疲労によって重い。

眼球は、長時間スマホを見ていたときのように鈍く痛んだ。

恐らく私と同じような疲れに襲われているのだろう、他の受験生たちもその場に座り込んでグッタリとしている。



「いったい、今のはっ……?」


「みんな、大丈夫?」



RENGEは、ただただ心配そうに私たちを見下ろしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る