第139話 進化~緒切家の目的~
~受験生"
「──スゥ、ハァ……」
息をする。
空気を吸って吐いて、吸って吐いて。
それだけに意識を集中。
……いつも通り、修行の通り。
ここがどことか、安全とか危険とか、自分が今どんな装備に身をまとっていてて、刀を持っているとか持っていないとか、そんなことは全て意識の外へ置いておく。
息をすることにだけ集中していれば、自ずと"その時"が分かるのだ。
──ホラ、来た。吸い込んだ空気の質が変わった。
私は、呼吸するかのような自然さで、腰に差していた刀を抜いて振るっていた。
その後、開眼する。
辺りは薄暗い。
……そうだった。私はいま、ひとりでVERY HARDモードのダンジョンに潜っていたんだっけ。
呼吸へと固定していた意識を手放して、私はようやく自分の所在を思い出す。
そして、その目的も。
「
私の十数メートル手前には体のバラバラになったゴーレムが転がっていて、塵となるところだった。
どうやら別の通路から私のいる通路へと足を踏み入れようとしていたところらしい。
──"緒切真剣流派"は思念を操り"斬撃を飛ばす"ことをひとつの奥義とする流派だ。
しかし、これまで数百年の研鑽を持ってしてもそれを制御することは叶わず、せいぜい思念を暴れさせて辺り構わずズタズタにしてしまうのが関の山だった。
にもかかわらず、
「N……彼女はいったい何者なんだ……?」
Nに渡された自主訓練メニューは、明らかに"思念を操る"という意味を
「彼女の身近にも、緒切家のような思念を操る者たちがいるのか……?」
聞いたことはないが、そうとしか考えられない。
なにせ、この訓練メニューは緒切家よりも先を行っている。
例えば、魔力の使用について。
これまで緒切家では魔力使用は禁忌とされてきた。
魔力は思念を薄めるものだと考えられてきたからだ。
……しかしそれは誤りだったと、この訓練メニューは証明している。
魔力と思念は両立可能だった。
思念を強化するためではなく、思念を制御するために魔力を限定使用することで、より濃密な思念を任意方向に飛ばすことができるようになったのだ。
……まあ、今考えても無駄、か。
今度、Nにまた会った時に聞いてみればいい。
私がやるべきことはこの力の完全制御、そしてもう1つ。
「──あっ、いたいたっ! 緒切さんっ!」
そのとき、背中から声がかかった。
聞き覚えのある少年の声……
「
「ひとりでどんどん先に行っちゃわないでよ。探すのに苦労するんだからさ」
そう言ってメガネをかけたその少年、城法握斗は肩を竦めた。
「今日はNさんがいないけど、乙羅さんと僕と君、3人でダンジョン攻略の練習をするって決まったはずだ。協力し合わないとダメじゃないか」
「……私は、」
「1人で十分、と君は言いたいんだろうね」
城法くんはため息を吐く。
「緒切さんがこのチームに参加したのは、Nさんからの自主訓練メニューを貰うためだけが理由ってことは聞いてるよ。でも、今回の試験は明らかにチームで挑むことを前提に作られている。だから、協調性を無視して動いてしまえばマイナス点になるかもしれないじゃないか」
「合否は単純にRTAのタイムで決まると説明があったはずでは?」
「……そうだね。でも、まさか高専に合格することがゴールじゃないだろう? たとえ1人きりの実力で合格できたとしても、試験の結果がその後の評価に関わらないとは言いきれないさ」
「……」
言い返すことはできない。
確かに、その説は否定できなかったから。
……正直、誰かといっしょにダンジョン攻略なんて乗り気にはなれないけど。
この協調性の無さが今後、私の目的達成のための障害になる可能性があるのなら、今のうちに対処しておくべきだろう。
「わかった。足並みをそろえればいいのよね」
「……ああっ、助かるよ!」
「それで……協力相手の1人のオラちゃんは、今どこに?」
「……ああ、うん。それなんだけど……」
城法くんは若干ひきつった笑みで頭をかいた。
「乙羅さん、緒切さんを探しに行く! って1人で突っ走っちゃって……」
「……」
「たぶんダンジョンを隅々まで探し回ってると思うんだけど……」
「つまり、はぐれている、と」
「……はい」
城法くんはガクリと肩を落とした。
……私とオラちゃん、2人に振り回されて苦労しているな、と思うのはあまりに他人事すぎるだろうか?
「それにしても、城法くん。よく彼女よりも先に私を探し当てられたわね」
「えっ?」
「だってオラちゃん、身体能力に関しては抜きん出ているでしょう。普通に総当たりしたら、彼女の方が先に私のところに来てそうなものだから」
「……ああ、そういうこと」
城法くんは納得したように頷いて、
「でも、乙羅さんは魔力探知が上手くないみたいだし、それにこのダンジョンの"パターン"も把握してないみたいだったから」
「……パターン?」
「うん。知らない? 各ダンジョンのモード起動時に走るプログラムは、壁の位置や長さ、曲がり角の数なんかを、一定のパターンに沿ってダンジョンを形成するんだよ」
「まさかあなた……それを全て把握してるっていうの?」
「いやいや、まさかだよ」
城法くんは顔の前で手を横に振った。
「僕はせいぜい、ダンジョンの壁や通路の位置関係から、だいたいの構造を算出できるだけだよ。ほら、立方体6面の色をそろえる"キューブパズル"ってあるじゃない? アレを色がまったくのバラバラの状態から解くのと同じようなものだ」
「ああ、キューブパズル……得意なんだ?」
「まあ、いちおう。ジュニア部門で全国1位になったこともあるから……」
「へぇ、すごい」
私がそう口にすると、城法くんは今度は照れたように頭をかいた。
それにしても、少し見直した気持ちだ。
これまでは彼自身、自分の実力を卑下しているようだったけれど……
やはり限りある高専受験生に選ばれただけあって、彼もまた"ひとかど"の中学生なのだ。
「まあ、僕レベルの人間なんて他にもたくさんいるし、加えて言うならNさんの方が数段上の頭脳を持ってるみたいだし……誇れることなんかじゃ、ぜんぜん」
「なんで?」
私は思わず首を傾げてしまった。
「すごいことに変わりはないんだから、誇ればいいじゃない」
「いや、でも……僕なんてホント、Nさんの下位互換もいいところだし、」
「この世にあなたよりできる人がどれだけいようと、今このダンジョンにいて、そして今オラちゃんよりも早く私にたどり着いたのは、他の誰でもない城法くん……あなたでしょ」
「それは、そうかもしれないけど……」
……あれ?
城法くんは何故か俯いてしまった。
私、何か変なことを言ったかな……?
……これだから、人と話すのは面倒だ。
「──あ、あっ! 緒切さんっ! み、見つけましたぁっ!」
そんなとき、
私と城法くんの間を、気まずげな空気を一掃するような大きな声が通った。
「ワッ、ワタシが一番最後ですかっ!? すっ、すみません探し当てるのが遅れちゃって……!」
赤いクセ毛がトレードマークのオラちゃんが、私の方に駆けてくる。
「さっ、最大速度で走ってきたんですけど、ことごとくハズレの通路を引いちゃって、」
「本当に総当たりで来たのね」
「正解の道を選ぶ魔力探知? っていうのがまだ上手くできなくて……」
オラちゃんはしょぼんとしてしまう。
いや、悪いのは勝手に独断行動をした私なのだけれど……
「でっ、でもっ、これでようやくダンジョン攻略の練習ができますねっ!」
しかし、オラちゃんはすぐに満面の笑みを浮かべた。
切り替えがものすごく早い。
「あっ、あとそれにっ、緒切さん、明日とうとうRENGEちゃんとの実習ですよねっ?」
「え、うん……」
「じっ、じゃあっ、今日しっかりVERY HARDの予習をしていきましょうっ! 明日はダンジョン見てるヒマないです、絶対、RENGEちゃんの動きを追うので精一杯になると思いますからっ!」
「そんなにすごいんだ」
「もう、ものすごっっっくっ! ですっ!」
胸の前で両こぶしをギュッと握って、オラちゃんは興奮したようにまくし立てた。
この子がRENGEオタクなのは知っていたけど、なんだか一層その性質が深まっているような……?
「いっ、今の私じゃとうてい追い切れないほどで……っ!」
「へぇ……」
今のオラちゃんは確か、身体強化60倍というもはや生物の域を凌駕したスペックを誇るはず。
その彼女をもってしても動きをとらえきれないとは。
それはちょっと、楽しみになってきた。
──RENGE、世界一のRTA走者にして、世界最強の女の子。
そして何より、たった1人きりで、我が緒切家のもう1つの目的であり悲願でもある、"竜殺し"を成し遂げた世界で唯一の人物でもある。
「RENGEの動きを間近で見れば得られるものはありそう、ね」
胸に手を置き、明日の実習に逸りそうになる気持ちを抑える。
でも、まずは目の前の一歩から着実に、だ。
私はNにもらった訓練メニューをこなしつつ、オラちゃんたちとVERY HARDモードの攻略練習に打ち込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます