第136話 夢中朦朧~神を越えて~

「まあ、カニならまたスーパーでお値打ちのときに買えばいいか」



私はとりあえず巨大蜘蛛を、その巨大蜘蛛が出した糸でグルグル巻きにしたものの、そう思い直していた。

だってここ、ヤトさんいわく夢の世界だし。

ご飯を食べても意味ないもんね。



……さて、そろそろ頂上だ。前に来た遺跡も近くにあるかな?



歩くのを再開しようとした、その時だった。



「ホウ。理外の人間か、1000年以上ぶりに見るな」



山から吹き下ろす強い風のような声が響く。

その直後に、どこからともなく、私の目の前に降り立ったのは白い影。

それ自体が光を発しているかというほどの白い綺麗な毛並みを持ったオオカミだった。



「その力、どこの神に授かった? まさか自前のものではあるまい」


「オ……オオカミが喋ってるっ!?」


「どうやら話す気はないようだな。よろしい」



フン、とオオカミは鼻を鳴らすと、



「芯を凍えさせてから、もう一度聞くとしよう」



ヒュンッと。

風を切るような速さで天高く飛躍する。

その体は蒸気のように霧散して広く空を覆ったかと思うと、私の居る辺りに大粒の雪を降らせ始めた。



「ウソッ? いま、夏なのに……!」


「ここは夢幻の世界。思いひとつで結界を作ることなど容易い」



オオカミの姿は見えない。

おそらく、この気象の一部として完全に溶け込んでいるらしい。

まるで洞窟の中に閉じ込められたかのように、その声だけがあたりへと反響する。

雪はしんしんと降り注ぐ。

私の手先足先はだんだんと冷たくなってきた。



「神は自然、自然は神。人は自然から離れすぎた。神の恐怖を知る者は減り、祈りを捧げる者はほとんど居なくなった。ならば今一度、教えてくれよう神の恐ろしさを」



辺りが吹雪く。

視界は白で覆いつくされた。



「我はシラカミノオオイヌ。この国の八神が一柱なり。さあ、命を乞え侵入者よ。そしてキサマの目的を洗いざらい──」




「──えいっ」




パンッ、と。

私が強く柏手かしわでを打つと、唐突に吹雪は立ち消えた。

辺りに雪をかぶった緑の景色が戻ってくる。



「……えっ?」



オオカミの声が響く。

しかし、その正体はいまだ霧に紛れたまま。

どこにも姿がない。


ゆえにもう一度、パンッと柏手を打った。



──パリンッ。



何かの割れる音とともに、辺りの霧が晴れる。

ドサリと目の前に、先ほどの白いオオカミが落ちてきた。



「なっ、なにが……!? キサマ、何をした……!?」


「極小の魔力爆発をね、手の音に乗せて空間へと広げたの」



私はもう一度柏手を打ってみせる。

ビリビリとした空気が周囲へと広がった。



「ナズナが……妹が教えてくれたんだ。この世界は無数の"ゲンシ"で繋がってるんだって。だから音は伝わるんだって」


「それが、なんだというんだっ?」


「だったら魔力爆発も伝わるのかなーって思って、試してみたらできたの。それでね、"ゲンシ"を爆発させると"ゲンシ"がびっくりして、魔力を失っちゃうみたい」


「……! 原子の書き換え……状態変化のリセットをしたということか!」


「りせっと?」



私が首を傾げていると、オオカミは、



「何という規格外の力を……! もはや手加減の余地なし! この場でキサマを討つっ!」



そういって飛び掛かってこようとした。

なので、「えいっ」と柏手をさらにもう1つ。

地面を蹴ったオオカミの手前で、大きな魔力爆発が起こり、その体を爆風でひっくり返した。



「ク……爆発の規模を自在に変えられるのかっ!?」


「うん。とりあえず私はもう行かなきゃだから。ヤトさんに会いに行かないとだし」


「……クソッ! ヤト、逃げ──」



私はそのオオカミもまた、山の下の方へと向けて放り出した。

身体能力的にケガはしないと思うけど、なるべくフンワリと投げた。


そうして再び山道を歩き始めて……



「あっ!」



見覚えのある遺跡が姿を見せた。

あそこに行けばヤトさんに会える……はず!






* * *






~山の頂上付近、神々の集落跡にて~




「シラカミノオオイヌ……貴様ですら軽くあしらわれるとはな」



山の下方へと落ちていく神の気配を感じ、竜神ヤトはその竜髭を逆立てた。

それは怒りにでもなく、恐怖にでもない。



「久々に開くか、地獄の蓋を」



闇夜のようなヤトの瞳が侵入者がやってくるであろう遺跡の道を、穴が空くほどに見つめた。

すると、本当に"穴"が開いた。

その中に見えるものは何もない。

ドクロの眼窩のような暗い穴が、世界を覗いていた。



「深淵へと、死へと誘おう。侵入者よ」



次第に広がっていく死の世界が、辺りを暗く包み始めた。

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