第135話 夢中朦朧~未曾有の事件~

山へと一歩足を踏み入れると、そこは麓ととも、以前にヤトさんたちと話し合っていた場所ともまったく違う世界だった。


うっそうと生い茂る木々、一寸先も見通せないほどの深い霧、そして少しでも気を抜けば頭から真っ逆さまになりそうなほど険しい路、その全てがまるで人の侵入をかたく拒むかのようだった。


とはいえ、山なんていうのは常々そういうもの。

私にとっては慣れっこだ。

そんな山をひょいひょいと登り始めて、およそ5分。

もう私はおそらくは中腹辺りまでやってきていた。



──そして、巨大な熊たちに囲まれていた。



「すごいなぁ、ここの熊はおっきいや」



よっぽど食べる物がたくさんあるのだろう。

次々に襲い掛かってくる7頭の熊たちは全て5メートルを超えていた。

昔なら「たくさんお肉が手に入る!」と喜ぶところだけど、あいにく今日は狩りに来たわけではない。



「ちょっとどっかに行ってね」



ハエを払うように、私は手のひらをブンブンと。

バッチンバッチンと熊たちを遠くへと弾き飛ばした。

殺しはしていない。

だって、食べるわけでもないのにそんな粗末なことをしたら、きっと神様にバチを当てられてしまうだろうから。



「ヤトさんたちはどこだろ……山のてっぺんかな?」



私は歩くのを再開した。






* * *






~山の頂上付近、神々の集落跡にて~




「ヤト様、緊急の報告が!」


「どうした、騒々しい」



8本脚の巨大な蜘蛛が、天井の崩れたその遺跡の中へと飛んでやってくる。

輝かんばかりに艶のある紫のウロコを舐めて手入れをしていた竜神ヤトが、面倒くさそうに顔を蜘蛛へと向けた。



「また誰ぞやのケンカか? まったく、神の戦いを仲裁するわが身にもなってほしいものだ」


「違いますっ、ヤト様のこの秘奥世界へと侵入者の可能性が!」


「……なにっ? クモノカミよ、それは誠か……!?」



クモノカミと呼ばれたその蜘蛛はアゴをカチカチとやる。

それをやるときのクモノカミには、冗談はいっさいない。



「ヤト様、私が山中に張り巡らせた網に、中腹の"岩熊七神"たちが天高く吹き飛ばされたかのように引っ掛かりました。みな目を回して会話もままなりません」


「あの手の付けられん暴れ神をかっ?」


「はい……他の神であれば面倒を避けるため、中腹など飛び越えてここまで来るはずです。それをしないということは……」


「この場所を知らぬ、侵入者の可能性が高いというワケか!」



クモノカミはカチッとアゴを合わせて頷いた。



「どうなさいますか、ヤト様」


「生け捕りにして目的を吐かせる。秘奥世界の手の空いている神々にふれて回れ」


「ハッ! 承知いたしました!」



素早くその姿を消すクモノカミを見送ると、ヤトはその場で"気"を高める。



……荒らしに来たのは他国の神か、あるいは例の異世界の神か。どちらでもよい。ワシじきじきに黄泉平坂へ案内してくれようぞ……!






* * *






「君はお肉がミチミチに詰まっていて、とても美味しそうな蛇だね」


「シャーッ!!!」



全長およそ10メートルほどの長くて白い蛇が、私を捕らえようとするかのように体に巻き付いてきたので、その首根っこを掴んだところだ。

私に食べられるとでも思ったのか、とても強い力で私の胴体を締め付けようとしてくる。



「大丈夫だよ、夢の中だもん。食べたりしないよ」


「フシャーッ!!!」



白蛇の目は赤く鋭かった。

それを真正面から見ていると……



──ドクンッ。



心臓の鼓動が速くなっていくのが分かる。

体が熱い。

これは……



「毒……?」


「シャァァァーッ!!!」



どうやらこの白蛇、にらみつけるだけで私の体に毒を流し込めるようだ。

新種かなぁ?



「でも大丈夫。毒なんて効かないんだもの」


「フシャッ!?」


「知ってる? 人間は"めんえき"? っていうのを作ることができて、それがあれば毒とか"ういるす"は効かないんだって」



ナズナから教えてもらった。

昨年、初めて病院で感染病の"わくちん"というものを打ってもらったときのことだ。



「私、山でたくさんマムシに噛まれてるから。たぶん"めんえき"とかいうの、百回分くらいはあるよ!」


「シャーッ! (免疫ってそういう仕組みじゃないが!?)」



だからせいぜい、血流が速くなって体がちょっと熱くなる程度だ。



「むしろなんか、肩がちょっと軽くなったかも」


「シャーッ!? (バケモノッ!?)」


「じゃあ私いくから、君はここでバイバイ」



私は白蛇の頭を掴んだまま体を横にグルグルと回転させ、蛇の胴体から先を振り回し、勢いづいたところで離した。

宙でビチビチと体を跳ねさせながら、白蛇は山のどこかへと消えていった。



「なんだかよく邪魔が入るなぁ」



巨大な熊7頭から始まり、大樹ほどの角を持つ牡鹿、8本の尻尾と3つの目を持つヤマネコ、炎の毛皮を持つ狐、そして巨大な白蛇と、まるで私の行く手を阻むかのように次々に動物たちが現れるのだ。


まあぜんぶ押しのけて、あるいは今みたく吹き飛ばしてきてしまったのだけど。



「あ、蜘蛛」



今度は大きな蜘蛛までいた。

私の今の位置から数百メートル先の大きな樹にぶら下がっているのが見える。



「蜘蛛はこれまで食べたことなかったけど……でもあの大きさなら……確かカニって蜘蛛の仲間なんだっけ……」



じゅるり。

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