第134話 夢中朦朧~たのもう!~

夕方、マンションのエレベーターで。

私とナズナの帰りはたまたま重なった。

ナズナはどうやら"友達"と"ふぁみれす"に寄ってきたらしい。

鼻を近づけてみる。



「くんくん」


「っ? お姉ちゃん?」


「ふんふん」


「えっ、私くさい?」


「ううん、違うの違うの」



くさい臭いなんてナズナからはしない。

川で水浴びをしてた頃から体はしっかりと洗いっこしてたし (狩りのためにもなる)、ましてや今は毎日お風呂に入ってるし、お洗濯にも柔軟剤を使ってる。


ただ、今日は"ふぁみれす"で頼んだであろう"ふらいどぽてと"の香りと、それに混ざってお友達の匂いが少しする。



「お友達とは仲良くしてる?」


「へ? う、うん。してるけど……」


「そっか。それならよかった」



今日も乙羅さんたちの匂いだ。


まだ中学1年生のナズナがいったいなにを考えて受験生たちに接触しているのかはわからないけど、きっとなにか考えがあってのことには違いない。



「ナズナ、今日のご飯はなにがいい?」


「えっ? うーんと……お姉ちゃんの作るものならなんでも食べたいけど、そうねぇ」



「──肉だ! 間違いない」



エレベーターが目的階に到着すると同時、ヒョイッとマンションの壁を乗り越えて私たちの前に着地したリウが言った。

リウもどうやらバイト帰りらしい。



「しょうが焼きがいい。あるいはすき焼き!」


「ちょっと、リウ! アンタまた地上から飛んできたわねっ!? ここ7階よっ!?」


「エレベーターが行っちゃったんだから仕方ないだろ?」


「また来るまで待ってなさいよ! 他の人に見られたらどうするのっ!」


「身体強化だとか言っておけば大丈夫だろ、いちいちうるさいなぁ……」



またもやナズナとリウが口喧嘩を始めてしまう。

部屋の鍵を開け、「ただいま」と3人で中へと入る。

手を洗いうがいをし、お茶を飲んでいると2人の口喧嘩は夕飯のおかずを主題にした「肉か魚か」論争に発展していた。


リウがお肉派、ナズナがお魚派だ。



「レンゲッ、レンゲは肉がいいよなっ!?」


「いいえお姉ちゃんはお魚が好きよ! だって夏の山でのオヤツは熊じゃなくて、熊と並んで取り合った鮭だったもの!」



私はどちらも好きだけど……

でも今日は、そうだなぁ。



「じゃあお魚にしよっか」



私が言うと、ナズナは胸を張り、リウは頭を抱えた。



「ホラ見なさいっ!」


「なんでだぁぁぁっ! ズルいっ、ひいきだ!」



リウが私の服の裾を掴んで抗議してくる。



「ごめんね。次はお肉にするから」



への字の口を歪めているリウの頭を撫でる。

申し訳ないけど今日は、たぶん私のためにがんばってくれているのであろうナズナの好みを優先だ。






* * *






夜。

午前0時近く。



「さて、行ってみようかな」



"願いの形"は決まった。

であれば、旅立とう。

私はひとつ息を吸うと、脳内で"あめりか"の光景を思い返す。

唯一、頭の片隅にぼんやりと残っている看板の文字を、がんばって読む。




【── SHA〇Eえすはけ SHA〇Kえすはしけ ──】




「……zzz」



私の意識は真っ暗闇に呑み込まれていく。

しかし、その真っ暗闇に唯一、月明りに照らされる蜘蛛の糸のような銀の線がどこかに向かって伸びているのが見えた。

それは、私が以前に残していた"魔力の線"。

ソレを辿るように、私は残る意識の全てを放出させた。






* * *






「……フゥ」



魔力の線を辿った先で。

私は霧深い山の麓に立っていた。

うん、ここで間違いない。

ここが"竜神のひおー世界"だ!



「確か、竜太郎たちが居たのはこの山の奥のはず……」



前回の夢の中での出来事を、私は忘れ切ってはいなかった。

竜神のヤトさんに追い出される前に魔力の線を夢の中の里に結び付けて、そうしてから起床したのだ。

すると、断片的にではあるものの、ぼんやりとした夢の記憶は残った。



……今度、他の楽しい夢とかでも試してみようかな。また同じ夢を見ることができるようになるのかも?



まあともかく、今日の目的はヤトさんに願いを聞いてもらうことだ。

彼は私のことをまた招いてくれる、というようなことを言ってくれていた気がする。

でも、それがいったいいつなのかわからなかったので、無礼を承知で押しかけることにした。



「あまり時間もないからね……受験が終わる前までに、お願いを聞いてもらえたらいいんだけど」



さっそく私はその夢の中、山の奥に向かって歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る