第133話 自主訓練~遠い背中~

~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~




「れっ、れれれっ、RENGEちゃ、先生っ!?」


「? はい、レンゲです!」



思わず挙動不審になってしまったワタシに対して、

しかしRENGEちゃんは首を傾げつつも再びニコリと笑う。

笑いかけてくれる。



……しっ、しかも『乙羅さんだよね?』だって!



認知! 認知されてる!

ワタシ、推しに認知されてしまっている!

どっ、どどどどうすればっ! 



「わっ、わわわワタシっ、そのっ」


「うん?」


「ごっ、ごめんなさいぃぃぃ……」


「えぇっ!? なんでっ!?」



思わず深く頭を下げてしまったワタシに、RENGEちゃんが素っ頓狂な声を上げた。

申し訳ない、驚かせてしまって。


でも、大好きな憧れのRENGEちゃんに話しかけてもらえて嬉しさが限界突破しているかたわらで、こんなワタシなんかがごめんなさいという背徳感で胸がいっぱいになるのだ。

それに、



「きっ、今日、ぜんぜん、RENGE先生の動きに、ついていけなくてぇ……」


「あっ……ああ、うん。やっぱりそうだったよね」



RENGEちゃんのお顔が、再び暗くかげってしまう。

ああっ、ワタシ、いったいなんてことを!



「す、すすすみません、違うんですワタシがノロマなせいなだけなんですRENGE先生は何にも悪くないんです! ワタシがもっとがんばってれば、」


「乙羅さん、落ち着いて落ち着いて」


「はっ、はいっ!」



ワタシは慌てて口を押える。

うるさ過ぎたろうか?

ついでに呼吸も止めておこう。



「乙羅さんたちはね、何も悪くないよ。問題だったのは私の教え方の方なの」



RENGEちゃんは微笑みながら言う。



「実際に実技講習をやってみて、受験生のみんなにどうだったか聞いてみようと思ったんだけどね。でも、今日のは良くなかった。それ以前の問題だったって自分でもわかってるんだ」


「……」フルフル


「あはは。庇ってくれるの? 乙羅さんは優しいね。でも、だからかな。乙羅さんだけが今日、最後まで私の動きから目を離さないでいてくれたのは」


「……!」



RENGEちゃん、気づいてたんだ。

みんなの興味がRENGEちゃんから実用的なダンジョン攻略のリサーチへと移っていくことも、そんな中でワタシがずっとRENGEちゃんの一挙手一投足に目を凝らしていたことも。



「だから、今日はせめて最後まで私のことを見ててくれた乙羅さんに聞いてみたかったんだ。私の動き、"あとどれくらい下げれば"ハッキリと見えそうかな? って」


「……!?」



ハッとした。

あとどれくらい下げれば、って。



……ワタシ、全力で目を凝らせばRENGEちゃんの動きをとらえられるって思ってたけど、違ったんだ。



今日の動きでさえ、RENGEちゃんは充分以上に"手加減"をしていたんだ……!



「……!」


「乙羅さん?」


「……」


「乙羅さん、そろそろ呼吸しよ? 息してないよね?」


「……あっ、すみません、うるさいかなと思って、止めてました……」


「思ってないよっ! もう、気を使いすぎだよ。苦しかったでしょ?」


「あっ、大丈夫です、ワタシ呼吸は1時間くらいなら、しなくても全然動けるので」


「えっ、すごい!」


「え、えへ」



RENGEちゃんに褒められてしまった。

お世辞だと分かっていてもうれしくなってしまう。

我ながら単純だ。



……っと、そうだ。ワタシ、RENGEちゃんに質問してもらっていたんだった。



確か、『私の動き、"あとどれくらい下げれば"ハッキリと見えそうかな?』、だっけ。

RENGEちゃんがあとどれくらい手加減すればワタシが、受験生たちがその目で追えそうな動きになるか……



「そっ、そのっ、RENGE先生はもっと、いつも通りでいいんじゃないかなって、思います」



ワタシはそう答えた。



「RENGE先生が手加減とか、そういうのは解釈違い……じゃなくて、えっと、なんて言うんでしょう……何か違う、と言いますか」


「何か違う……って?」


「え、えぇと、えっと……何ていうか、それだと、RENGE先生じゃない、他の人でもできることのような……そんな気がしちゃって」


「他の人でもできる、か」


「あっ、ああっ! すすすみませんっ、ワタシごときが、なっ、生意気なことを言ってしまって! 申し訳ないですっ……でもっ、」



ワタシはひと息に言った。



「わっ、ワタシは、他でもないRENGEちゃんに憧れてますっ! だっ、だから、RENGEちゃんにしかできないことを、たっ、たくさん見せてほしいんですっ!」


「……!」


「そっ、それにRENGEちゃんの動きは、きっとワタシたちがもっともっと強くなって、AKIHOさんたちのような実力に近づければ、理解できるようになるハズ……ですからっ」


「みんなが強くなれば……」



RENGEちゃんはそこで、何かに気づいたように手を叩いた。



「そっか、みんなを強く"しちゃえば"いいんだっ」


「へっ?」


「ありがとう、乙羅さん! 乙羅さんのおかげで私、どうすればいいのかわかったかもしれない!」



ぎゅっ、と。

RENGEちゃんが両手で私の手を包み込んだ。



「!?!?!?」


ワタシ、

推しに手を……

握られているっ!?



「あと、私に憧れてくれてるなんて嬉しい。それもありがとうね」


「ふわっ、ふわい!」


「あともう1つ。妹と、これからも仲良くしてあげてね」


「ふぁいっ!」


「じゃあ、乙羅さん。また次の実技講習でねっ」



RENGEちゃんはそう言い残すと、手を振って離れていった。

至福の時間はそうして終わりを告げた。

でも、RENGEちゃんの手の温かさと、お話していた時の余韻はまだ残っている。



「えへ……えへっ、えへっ」



……はぁ、RENGEちゃんとたくさんお話できちゃったなぁ。



思わず顔がニヤけてしまう。

でも、嬉しいものは嬉しいのだし、仕方がない。

しかも、『妹と、これからも仲良くしてあげてね』なんて頼まれごとまで……



「……ん? 妹……?」



妹って……

あのRENGEちゃん配信で大人気の天才万能シスターの"NAZUNAさん"のこと、だよね?

どうしてNAZUNAさんと面識のないワタシに?


腕組みしてしばらく考えたけど、残念ながら答えは出なかった。


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