第130話 自主訓練~思わぬ成功(事故)~

~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~




「──はい、これ」



ワタシが初めてダンジョンへと入った翌朝。

座学の講習が開かれるホテルの広い会議室にて。


最前列に座っていたワタシの元へとやってきたNさんが手渡してくれたのは、1冊の小さなノートだった。



「あ、あの、これって……?」


「オラちゃんの強化内容とそのためのトレーニングに必要なことを書いてるわ」


「えっ、まさか本当に昨日の今日で……!?」



パラパラとページをめくってみる。

それはまさしく、ワタシのためのノートだった。

ノートの1ページ1ページに大きな文字で、ワタシの現状とこれからについてが書き込まれていた。


それに加え、今後のトレーニングメニューについてとても良くかみ砕かれた内容での説明と図解まで載っている。

まるで絵本のように分かりやすい。



……もしかしてNさん、小さな妹さんとかいるのかな。まるで読み聞かせするみたいな丁寧さだ。



「しっかり自主トレしとくのよ? それじゃ、私はつるぎのところにも行かなきゃだから」


「あっ、はっ、はいっ! ありがとうございますっ」



Nさんはそれから会議室の奥の方へ向かっていく。

どうやら、緒切さんは最後列の席にひっそりと座っていたらしい。



……気づかなかった。緒切さんいつの間に会議室に来てたんだろ。ワタシ、一番最初に来ていたはずだけど。



もしかして避けられている?

なんて不安が頭をよぎってしまう。

同じチームだし、あだ名で呼んでもらうような仲でもあるんだから、もっと距離を縮められたらいいんだけど……。



……よし。



「講習が終わったら、話しかけに行こう」



故郷の島から出てきて、ようやく友達ができるかもしれないチャンスなのだ。

積極的にならなければ!


そうと決まれば、今は目先の受験に集中だ。

ひとまず、講習が始まるまでの間にNさんにもらったノートに目を通しておくことにする。



……。


…………。


………………。



「これって……」



思わず、口元を押さえてしまう。

そうでもしないと、声が漏れてしまいそうで。



……このノート内容、本当に本当っ?



なんでもワタシは、体の内部に魔力を浸透させる"旧方式"の身体強化魔法において、理論的に15,000倍までの強化が可能であるらしい。

なお、これまでの世界トップ選手の限界倍率は15倍とのことだ。


そして最後は、こう締められている。



『受験期間中に達成できるであろう倍率は、良くて120倍、悪くて40倍というところだと思う。どちらにせよオラちゃんが合格するには充分な倍率でしょうね。フィジカルだけでなら、あなたはRENGEを凌駕する可能性すらあるわ。がんばりなさい』



「わ、ワタシがRENGEちゃんを……いやいや、まさか」



さすがにそれは買いかぶりが過ぎると思う。

そうに違いない。



「で、でも……」



もし万が一、このノートに書かれていることが本当に実現できるのだとしたら……

なんて、淡い期待を抱いてしまう。

物は試しともいうし、ちょっとだけやってみようかな?



「え、えっと、外気の魔力を集めて、体の内側に新しい血管を作るイメージ……」



幸いにして、ノートの前半のページに書かれていた実践練習法には、特に必要な道具も環境もない。

図解されている通りに身体強化のプロセスを踏んでみる。



……ううん、難しい。



体の中に張り巡らされた血管の上に、新しい血管をイメージ。

その中に流れるのは血液ではなく魔力だ。

大気中の魔力を体全体から取り込んで、管の中に巡らせる。

頭から右肩へ、

右肩から右の手の先、

そして脇を通って胴体へ。


グルグル、グルグルと。



「──乙羅おらさん、さっきから口の中でブツブツと呟いて何をしてるんだい?」


「うわぁっ!?」



突然となりから声をかけらえて、思わず飛び上がりそうになってしまう。

いつの間にか横の席に座っていた城法くんが、不可解そうな表情をワタシに向けていた。



「どうやら講習の復習をしている風ではなかったが……」


「あっ、えっと、これはその、先ほどNさんから貰ったもので……!」


「! Nさんの……ということは、昨日帰り際に言っていた、例の潜在能力を引き出すトレーニング法というヤツか」



城法くんは目を見開いたかと思うと、辺りを見渡した。



「……今は居ないようだな。Nさんにはいくつも訊きたいことがあったんだが」


「えっ?」



ワタシは緒切さんがいる席の方に目を向けたが、しかしそこにもすでにNさんの姿はない。

講習ももうすぐ始まるというのに、いったいどこへ行ったんだろう?



「よぉ、今日も最前列かよ。内申狙いか?」


「!」



気づけば、机の前に男子が立っていた。

それは、初日の説明会でトラブルになった金髪で、やはりその後ろには取り巻きもいた。



「いくら講習の態度がよかろうが速くなくちゃ意味がないぜ、田舎モン」


「な、何の用ですか」


「いやなに、ずいぶんとおもしろいことをしてるって聞いてな」



意地の悪そうな笑みで、席に着くワタシと城法くんを交互に見た。



「古い身体強化しか使えない田舎モンに、魔力のない陰気女、それにそこのガリ勉メガネ君で最弱チームを結成したんだって?」


「さっ、最弱なんかじゃありませんっ!」


「『最弱なんかじゃありませんっ!』だとよっ」



金髪が裏声で茶化すように言うと、取り巻きたちが一斉に笑った。



「バカかよ、他の受験生たちからフラれたヤツらで結成したチームのどこが最弱じゃないってんだ?」



……まあ確かに、他の受験生からフラれた、という点については否定のしようもないけど。

城法くんも図星を突かれたように、顔をしかめている。



「まあでもみんな感謝してると思うぜ? なにせ足を引っ張る"ゴミ"共が自分たちで分別を持ってまとまってくれたんだからよぉ」


「なっ──」



喰ってかかろうとして、しかし。



「お、乙羅さん、堪えて」



城法くんが、立ち上がろうとしたワタシの腕を掴んでいた。



「この人、"全中1位"の"周防すおう"だ。敵に回さない方がいいよ……」


「へっ? 全中1位?」


「まさか、それも知らないのかいっ? 彼はRTA全日本大会のジュニア部門優勝者だよっ」


「えっ」



この金髪男が……全日本大会の優勝者っ?

ということはつまり、全ての中学生の中で一番速いRTA走者ってことっ?



「と、とてもそうは見えませんね……?」


「あぁッ!?」



金髪男……周防が荒々しく叫んだ。



「オレが全中1位に見えない、だぁっ?」


「えっ、あっ、は、はい……」


「オイオイ、テメーはいったいどんな立場でモノを言ってやがんだ? 受験生のほぼ全員から見向きもされない存在のお前がよぉ?」


「えっ、あ、イヤ、その……すみません。ただ……周防さんはRENGEちゃんに比べて、あまりにオーラがなかったもので、つい……」


「っ……!」



ダンッ、と。

周防はワタシの目の前の机を強く叩く。



「比べる対象を考えてモノ言えやコラァッ!? RENGEさんに比べたらどんなヤツだろうとオーラも何もあったもんじゃねーに決まってんだろうがッ! だいいちよ、テメーみたいな田舎モンにオーラがどうとか言われたくねぇッ! こんなクソダサいクセ毛の田舎女にッ!」


「ひっ」



周防は身を乗り出して、そしてワタシの髪を掴もうとしてくる。

だからとっさに、



「やっ、やめてくださいッ!」



ワタシは前にもやったように両手を前に突き出して、ドンッと。

軽く周防を突き飛ばす"つもり"だった。



──しかし、周防は吹き飛んだ。音速を上回る速度で。



その体にかかったあまりのGに、一瞬目に見えた周防の形は歪んで見えた。

直後、会議室の正面中央に用意されていた講習用の教壇を木っ端微塵に破壊。

スクリーンに穴を空け、その後ろの壁に体を丸ごとめり込ませた。


ビシビシビシ、と。

会議室の壁にヒビが広がる。

さながら磔にされた状態の周防は白目を剥いて、首をガクリと、力なく落とした。



「えっ……えぇぇぇ……?」



会議室内は、シンと静まり返っていた。

突如起きたその惨状に目をくぎ付けにして。



……ウソ。こんな力、出したつもりなかったのに……。



そこでハッと、デスクの前のノートに目をやった。

それはNさんに渡されたノートだ。

まさか、さっきの身体強化が成功してた……!?




──その日の講習会は中止となった。


救急車が出動、駆けつけた先生たちによる聴取、事件を聞きつけたマスコミへの対応などなど……

1日は慌しく過ぎ去っていった。


後に周防健斗……

全中1位の金髪の彼は全身強打のため、万全を期して入院したと聞かされた。

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