第129話 自主訓練~実力の確認~
~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~
「──じゃ、さっそく試してみましょうか。今のあなたたちの力を」
ファミレスでの打ち合わせから一転、
Nさんにそう言われてやってきたのは秋津ダンジョン管理施設だった。
「こ、ここって……RENGEちゃんが普段働いているっていう……」
「そうよ。もちろん今日はいないけどね」
「最近はずっと予約が埋まってて入れないって聞いてますっ、なのに……どうして入れるんですかっ!?」
「まあ、ちょっとしたコネね」
Nさんはそう軽く言ってみせた。
……か、かっこいい。
ワタシと同じ中学生、なんだよね?
にもかかわらず、RENGEちゃんの普段働く施設に大人みたいな"コネ"を持ってるなんて。
「かっ、感激ですぅ……!」
「ちょっとオラちゃん、なに感極まってるの?」
「だってぇ、こんな経験できるなんて思ってもみなくて。せいぜいワタシひとりじゃ秋津周辺の聖地巡礼くらいしかできないと思ってたから……」
「……ま、喜んでくれるならいいけど」
Nさんはちょっと呆れ気味にため息を吐いた。
「でも、施設長にはだいぶ無理言ってお願いを聞いてもらってるの。ここが使えるのは予約と予約の合間のほんの30分くらいなんだから、急ぐわよ」
Nさんはそう言って、ダンジョン入り口にある四角の筐体──バーチャルシステム・コントローラーの"VERY HARD"のボタンを押す。
「この中でHARDモードのダンジョンに挑戦したことのある人は?」
Nさんの問いに手を挙げたのは、城法くんただひとりだった。
「えっ、嘘だろう……!? 僕だけっ!?」
どうやらそのようであるらしい。
ワタシは元々島以外の生活はほとんど無く、ダンジョン管理施設に実際に来たのも今日が初めてだ。
ゆえに、ダンジョンに挑むための装備なんかも持っていない。
剣に防具としっかり揃えている城法くんと並ぶと、なんだか場違い感がある。
「い、
城法くんの問いに、しかし緒切さんは首を横に振る。
「ダンジョンは初めて入る。この四角い筐体は、なに? こんなにたくさんボタンがあるのは、なぜ?」
そう言って、その長い黒髪を揺らすように首を傾げた。
どうやらダンジョンの"モード選択"についてもよく分かっていないようだった。
「お、おいおいおいおいおい」
城法くんが頭を抱える。
「さすがに、さすがにこれから受験に挑むってレベルじゃないぞっ!? ど、どうすんだよコレぇ……ということは、頼りは僕とNさんだけってことぉ?」
「あ、ちなみに私もダンジョンに潜ったこと一度もないから」
追い打ちをかけるように、Nさんがぶっちゃける。
「……おわった」
「バカね、これから始まるのよ」
ずり落ちた眼鏡を直す余裕もなさそうな城法くんを置いて、Nさんはダンジョンの入り口へと向かった。
* * *
ワタシたちは固まって、VERY HARDモードダンジョンの1階層へと足を踏み入れた。
途切れ途切れに電灯の点いた、真夜中の道のような暗さだった。
加えて、ダンジョンが深い呼吸をしているような風の音が聞こえる。
とても不気味な景色だった。
でも、それでいてなお、
ワクワクとワタシの鼓動は高鳴っていた。
……これが、ダンジョンなんだ……!
これまでずっと配信越しにしか見れなかった場所。
その中に、いまワタシは立っている……!
その昂揚感だけをガソリンにしてどこまでもズンズンと進んでいけそうなくらいだ。
「な、なあ……やっぱり一度引き返さないか?」
歩き始めてすぐに、城法くんがおずおずと言い出した。
「ダンジョンRTA経験者が僕ひとりだけの状態でいきなりVERY HARDに潜るなんて、あまりにも無茶だ」
「そう、なんですか? ワタシ、RENGEちゃんの配信しか見たことなかったので、VERY HARDがどれくらいの難易度なのかよく分からないんですけど……」
「Nさんっ、やっぱダメだこのチーム! すぐに引き返そう!」
叫ぶように言った城法くんへと、Nさんは足を止めて振り返った。
「すぐに引き返すわ。コイツ倒したらね」
「えっ?」
Nさんが指をさした曲がり角……
そこからノソリと姿を現したのは、大きな斧を肩に担いだ、2メートルを優に超す大きさの"ミノタウロス"だった。
ミノタウロスの赤い目が、私たちの姿をとらえた。
「みっ、みんなっ! 下がるんだっ!」
「うわっ」
とっさにNさんを押しのけ、城法くんが前に出た。
「ぼっ、僕の後ろから出ないように……! あ、安心してくれ。これでもHARDモードはクリアしたことあるんだ。タイムは、1時間5分……ミノタウロスも20分くらいかければ倒せるし、な、なんとかなる……はず……!」
どうやら、ワタシたちを守ろうとしてくれているらしい。
その足を震えさせながら、体に魔力を覆っていく。
「身体強化魔法……外装、5倍! ……あれっ」
プシュゥ、と。
一度膨らんだ風船がしぼむように、城法くんの魔力が小さくなっていく。
「あっ、あっ、クソっ! う、上手くいかな──」
とっさのことに、魔力操作に手間取ってしまっているらしい。
城法くんの身体強化が成功しないうちに、ミノタウロスはその斧を振りかぶって城法くんの目の前までやってきていた。
……助けなきゃ。
ワタシはとっさに飛び出そうと足に力を込めたが、その前に。
「いいからアンタは下がってなさい」
城法くんの首根っこを掴んで後ろに放り投げたのは、Nさん。
ミノタウロスの斧は空を切り、床を殴りつけただけに終わる。
Nさんは涼し気な表情のまま、斧を振り下ろしたミノタウロスの腕を掴んだ。
──ブワッ、と。Nさんの体を包む魔力が途端に大きくなる。
そして、
「はい、オラちゃん。パスっ」
あろうことか、Nさんはミノタウロスの巨体をワタシめがけて投げつけてきた。
「えっ、えぇぇぇっ!?」
2メートル超えの影がワタシの頭上に落ちる。
どうするべきか、考える暇もなかった。
「えっ──えぇぇぇいっ!!!」
ボカン、と。
ワタシは頭の上からミノタウロスを弾き飛ばすため、やみくもに拳を振り上げた。
拳が硬質な筋肉へと突き刺さる、生々しい感触が伝わってくる。
直後、巨体は高く舞い上がり天井に叩きつけられると、ワタシの目の前へと墜落した。
〔ブッ、ブモォォォ……ッ〕
「ごっ、ゴメンナサイぃぃぃっ!」
恨みがましい目でワタシのことを見てくるミノタウロスに、なぜだか思わず謝ってしまう。
だけどモンスターがそんなことで敵であるワタシたちを許してくれるはずもない。
立ち上がって、再びその手に斧を持った。
「だっ、だめっ!」
さすがに斧は危なすぎる、と。
両手でドンとミノタウロスを突き飛ばす。
その体は床を離れて遠く──10数メートルほど離れた位置へと転がった。
「うん、やっぱり思った通り、筋密度は常人の数百倍ってところかしら、凄まじいパワーだわ」
その状況を、通路の端でひとしきり眺めていたNさんが満足気に頷いていた。
スマートフォンを口の近くへ持ってきて、声を吹き込んでいる。
「乙羅サヤ子……魔力無しでミノタウロスを圧倒できるレベルね。純粋なフィジカルだけなら、お姉ちゃん以上。身体強化魔法の倍率上限もきっと高いだろうし、あとは戦い方を洗練させたらもっと……」
「え、Nさん? いったい何を……?」
「ああ、なんでもないわ。ただのボイスメモよ」
そうしてNさんの方へとよそ見をしていた、束の間に。
〔ブモォッ!〕
ミノタウロスが叫ぶ。
それと同時に、風切り音。
ミノタウロスがその手に持っていた斧を、こちらに回転させて投げつけていた。
……危ないっ。
弾き落とそうと手を掲げて、しかし。
「──遅い」
チン、と。
ワタシの後方から、金属の立てる冷たい音がした。
それは緒切さんがいつの間にか抜いていた刀身を鞘に納める音だった。
直後、回転しながら飛んできていたはずの斧がワタシの手前数メートルの位置、空中で止まった。
かと思うとそれは縦3つに切れて、その場にボトリボトリと力を失ったように落ちる。
「えっ……これ、緒切さんが……?」
緒切さんは無言でうなずいた。
刀で斬った?
それにしては、あまりにもおかしい現象だった。
だって、彼女はワタシの後ろにいる。
その位置からワタシの手前から飛んでくる斧を斬るなんて……
物理的にあり得ない。
「緒切つるぎ……やっぱり、思念に"斬撃の形"を作らせることに成功している。緒切流派数百年の研鑽のたまものね。同じく思念を打ち出せるお姉ちゃんも、この域にはたどり着いていない……」
「Nさん?」
「ただのボイスメモよ」
Nさんはスマートフォンをしまうとクルリと踵を返してきた道を引き返し始める。
「さ、帰りましょ」
「えっ、もうですかっ!?」
「うん。現状のデータは取れたもの。明日までに2人の強化プランを練るから」
「えっ、えっ、えっ……で、でもまだミノタウロスが……」
背中を見せては危ないのでは、と。
そういうつもりで聞いたのだが、
「え? 別にわざわざ始末する必要もないって思ってたんだけど」
──パンッ。
Nさんが柏を打つように両手を合わせたとたん、ミノタウロスが爆散した。
「これでいい?」
「……!」
何をしたのか、サッパリだった。
分かったのは"魔力爆発"と同じような現象が、Nさんから10メートル以上離れたミノタウロスの元で起こったということだけ。
……これと似たようなこと、説明会の時にRENGEちゃんもやってたような……?
「な、なんだ、これ……? 君たちは、いったい……」
後ろで尻もちをついていた城法くんの呟きが、小さくダンジョンに響いた
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