第126話 入学試験~謎の受験生N~

~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~




そうして、青森が主導して説明会が始まった。

それは事前にワタシたちが聞かされていたものと同じ内容だ。


10名の合格者を決めるための試験内容、それは"ダンジョンRTA"だ。


合格の最低条件はダンジョンの"VERY HARDモード30階層"の踏破。

そして、その中からタイムが速い者から順に合格となる。



「みなさんにはこれからその実力に磨きをかけていただくため、3週間に渡って座学と実技の講習を受けてもらいます。その後の最後の1週間、みなさんの任意のタイミングでRTAを行ってタイム計測をいたします」



そこまでは事前の情報通り。

しかし、話のミソはそれだけではなかった。



「また、受験生のみなさんには2~4人まで"チーム"を組むことが許されます。もちろん1人行動も構いません。ただし、1人だからといってタイムが優遇されることはないのでご注意を」


「えっ……」



初出の情報に思わず声が出てしまったが、それはワタシだけではなかったようだ。

他の受験生もザワつき、やたらとキョロキョロと周りを見渡す人が増えていた。



「くっ……チームビルディングも込みの試験というワケか。しかしこれは、マズいぞ……」



ワタシの隣の席に座っていた男子が、どういったワケか苦虫を噛み潰したような表情で壇上をにらみつけるようにしていた。

私が首を傾げていると、



乙羅オラサヤ子さん、君はイマイチ状況が分かっていないようだね」


「えっ、えっ……!?」



唐突に名前を呼ばれ、困惑する。

まだ自己紹介もしていないのに、いったいどうしてワタシのことを知って……?



「いや、名前は首から下げているネームプレートを見れば分かるだろう?」



彼はため息混じりに言った。

言われてみればその通りだ。


ちなみに、その男子のネームプレートには"城法じょうほう握斗あくと"と記載されていた。



「いいかい、乙羅オラさん。この場に集められた101名の受験生はほとんど全員、ダンジョンRTAジュニア部門で名の知れた者たちだ。当然、その界隈に身を置く受験生たちは互いに互いを良く知っている状態。つまり……トップ層がトップ層同士で組む可能性が非常に高いってことだよ」


「……あっ!」



遅れて気づく。

要はこの試験では実績があればあるほどに有利で、実績のない受験生にとっては厳しいシステムというわけだ。


会場のアチコチで、受験生たちがその身に纏った魔力を勢いよく広げ始めていた。

思わず咳き込みたくなるほど濃い魔力が広間を満たす。


恐らくそれは、実績の無い人たちによるアピールなのだろう。

自分という存在を主張して、実績ある受験生たちと同じチームになるための。


だが、



「みなさんっ、まだ説明会は終わっていませんよ~」



──パンッ。



RENGEちゃんが両手を叩き合わせて音を出すと、一瞬にして広間に立ち込めていた魔力が掻き消された。

それも、まるで電灯のスイッチを切り替えるくらいの気楽さで。



「えっ……!?」



初めて見る技だった。

恐らくはワタシだけじゃなく、全ての人にとって。


なにせ、説明会を進行していた青森という教諭もまた目を丸くしているくらいだ。



「先生のお話は、最後まで聞かないとダメですよっ」



受験生たちの間の殺伐としていた空気もまた一瞬で霧散してしまっていた。

RENGEちゃんの引き起こした謎の現象、そしてその独特で緩やかな雰囲気を前に完全に毒気が抜かれている。


ホテルでの過ごし方、食事の時間、自主訓練に使えるダンジョン管理施設の情報など、青森による説明が一通り済んで最後の質疑応答の時間。

手を挙げたのは、先ほどワタシに殴りかかろうとしてきた金髪の男子生徒だった。



「RENGEさんに質問ス」


「あっ、はいっ」


「今後の実技の講習は……RENGEさんが見てくれるんスか?」


「はいっ、そうですっ。みなさんには私といっしょに"べりーはーどモード"の1階から50階までを一度経験してもらう予定です」



ザワッと。

受験生たちが再び色めき立つ。


思わずワタシも興奮で手に汗を握ってしまう。



……RENGEちゃんといっしょにダンジョンに潜れるということ……それって、これまでトップ層のAKIHOさんなどの世界的有名走者くらいしかできていないことだよね? それを、中学生のワタシたちが経験できる……!



名誉だ。

人生でこれ以上ないくらいの貴重な経験ができる。

それだけでこの場に来た甲斐があるというものだった。



「──さて、質疑応答は以上のようですね。それでは説明会を終わります。明日は朝の9時にこの場に集合ですので、遅れないように。では、解散」



説明会が終わると同時、椅子を引く音が一斉に響き渡る。

受験生たちが慌しく動き始めていた。

さっそくチームを組むための声かけが始まったようだ。



「あっ、あっ、あぁっ!」



出遅れた。

これまで隣に居た城法くんの姿も、いつの間にかない。



……ワタシ、ただでさえ人と話すのが苦手なのに……!



あまりの受験生の"圧"に、こちらから声をかけるのがはばかられた。

でも、この期に及んで躊躇なんてしていられない。



「よっ、よしっ……!」



勇気をもって、近くにいた男子の受験生に話しかける。



「あっ、あっ、あのっ! よかったらワタシとチームを──」


「ハッ? 要らないからっ!」



にべにもなく、断られる。

要らないと言われてしまった……

ショックだけど、次だ。


今度は女子に話しかける。

しかし、



「え、イヤよ」



即答だった。



「だってあなた、魔力を体の外側に纏った状態での身体強化が使えないんでしょ? さっきの金髪との騒動は見てたわよ」


「あっ……」



そうだった。

ワタシの力は、先ほどの争いで他の受験生たちに筒抜けなのだ。



「でっ、でもっ! ワタシ、古い身体強化だとしてもっ、充分に戦え──」


「悪いけど、私も本気で合格目指してるの。足手まといの面倒を見てあげるヒマなんてないわ」



それから何人にも話しかけたが、結果は同じ。

誰も、ワタシの話をまともに聞いてくれる人はいなかった。


次第にチームができ上っていく会場内で、ワタシは立ち尽くす他ない。



……どうしよう。



チーム結成が許されている中で、ワタシひとりでぶっちぎりのタイムを叩き出せるほどVERY HARDモードのダンジョンは甘くないだろう。

私はRENGEちゃんのような天才じゃないのだから。


このままでは、ワタシの不合格が確定してしまう。

お母さんもお父さんも、家で待って、ワタシのことを応援してくれているのに──



「あっ、いたわね」



不意に、声をかけられた。



「なにアンタ、泣いてるの?」


「なっ、泣いて、ませんっ!」



ワタシは目元をぬぐうと振り返る。

そこに居たのは、黒い衣服で全身を包んだ、小学生と見間違えそうになるくらいの身長の女の子? だった。


顔は見えない。

イスラム系の国々で女性が被っている"ヒジャブ"によく似た布で顔を覆っているのだ。

喋り方も、わずかに見える目元の造形も、日本人の女の子という雰囲気はあるのだが……



「アンタ、私のチームに入りなさい」



その少女は唐突にそう言って、ワタシの手を引っ張った。



「えっ、えぇっ!? ……ワ、ワタシをっ!?」


「何よ、不満?」


「いっ、いえっ……」



本心から、不満ではない。

ただ、疑問だった。



「あっ、あのっ! でもワタシ、みっ、みんなから避けられててっ! ご迷惑をおかけしてしまうのではないかと……!」


「ああ、さっきの金髪野郎との騒動の件? 見てたわよ。でも、それがなに?」



少女は一切動じることなく、ワタシを見返した。



「アンタは正しい行いをしていた。それに身体強化の件についても……アンタは、"乙羅オラサヤ子だけ"はそのままでいいのよ」


「えっ……」



不思議なことを言う少女だった。

まるで、ワタシのことを何から何まで理解しているような物言いじゃないか。



……いったい、この少女は何者だろう?



ネームプレートを見る。

そこに書かれていたのは、太いフォントで"N"。

それだけ。



「N……? Nって、どこかで……」


「さあ、モタモタしない。次の"候補者"のトコに行くわよ」



そのNさんは私の手をグイグイと引っ張って、騒がしい受験者たちの合間を縫って歩く。

探し人は決まっているようで、見知らぬ受験者には見向きもしない。



「あっ、あのっ……ところで"候補者"って、なんですか? なんの、候補……?」



ワタシが訊くとNさんは振り返って、



「そうね。神を討つ者の、かしらね」



少しだけニヤリとしてそう言った。

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