第127話 入学試験~集められた候補者たち~

~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~




「あっ、いたいた。アンタも私のチームに参加ね」



Nさんが続いて声をかけたのは、長い黒髪の美少女。



「あっ、アナタは……!」



忘れるはずもない。

先ほど金髪の男を始めとする幾人かに絡まれていた子だった。


ネームプレートには"緒切いとぎりつるぎ"と記載されていた。



「……なぜ、私が」



緒切さんは嫌そうに目を伏せていた。

誘いを断りたいのだろうか……

でも、周囲にはワタシのとき同様、他にチームメンバーになってくれそうな人影はない。


ワタシのそんな視線に気が付いたのか、



「チームなんて、不要。私はひとりで充分」



緒切さんはプイッとそっぽを向いてしまう。



「どうして、ですか?」


「なにが」



ワタシが思わず発した問いに、緒切さんは予想外に鋭い視線で応じてきた。

その声音には怒気さえ孕んでいる。

言葉を続けるべきか悩んだけれど……



「だ、だって、1人より、3人の方が絶対に、合格の可能性は上がります、よ?」



結局ワタシはぜんぶ訊いてしまうことにした。

怒られるよりも、疑問を疑問のまま持ち続ける方がワタシにとってはストレスだ。


結果として、緒切さんは怒らなかった。

しかし、



「私に説明責任は無い。そして、説明したところであなたたちに到底理解できる話でもない」



やはり取り付く島も無い、といった反応だ。

緒切さんはそのまま会場を後にしようとする。

その背中に、



「──思念一刀しねんいっとう



Nさんがそう声をかけると、ピタリ。

緒切さんがその足を止め、振り返った。

無表情だったその顔、その目が見開かれている。



「刀は武の伝導体に過ぎない。真に敵を斬るのは刀を振るう者の思念である……そういう考え方をしているのよね。それが緒切真剣流派の伝承者である"緒切いとぎりつるぎ"という人」


「……どこでそのことを」


「魔力を発しないのは修行のたまもので、あなたが人と組まない理由は制御し切れない思念の力で仲間を傷つけないため……。そして、あなたがダンジョン高専に入りたいと思うようになったのは、その力を制御する術を求めて。そうでしょ?」



ワタシにはNさんの言っていること、その半分も理解できていないと思う。

しかし、緒切さんの反応を見るに、どうやらそれは限りなく正解に近い位置の図星を突いているらしかった。



「緒切つるぎ、もう一度言うわ、私のチームに入りなさい。私ならあなたのその力を制御する術を教えられる。ダンジョン高専に入学するのを待つまでもないわ」


「……! なにを、根拠に」


「今すぐの根拠の提示はできない。でもこれからの3週間という期間は、あなたがいったん私の口車に乗って全てを見定め、信用できなければ切り捨てる……そういったトライ&エラーを試みるに充分すぎる時間だと思うけど」



緒切さんはしばらく迷ったかと思うと、しかし、ワタシたちに向かって引き返してくる。



「……分かった。今は、その口車に乗らせてもらおう」


「ええ。決定ね」



こうして、Nさん、緒切さん、そしてワタシ。

現状で女子だけの、各々の目的も不明瞭な、なんとも不思議なチームが結成された。



「えっ、えっと、Nさん。次の"候補者"はどなたなんですか?」



例の、"神を討つ者"とか言うやつだ。

Nさんによれば、ワタシも緒切さんもその候補者だから声をかけた、という言い分だったが、



「え? ああ、その話ね。もういいの」



Nさんは本当にどうでもいいといったように、会場の外へと足を向けた。



「今日はもう解散。また明日ね。座学の講習が終わって自主訓練時間になったらミーティングしましょ」


「えっ、えっ……えぇっ!?」


「何よ、素っ頓狂な声を上げて」


「だ、だって……まだワタシたち、3人ですよっ? た、確か、1チームの上限は4人までだったはずです……!」



人数が多いほどRTAのタイムは縮むに違いないし、会場内でまだ1人の人を探す時間はある。

そう思っての発言だった。


Nさんはアゴに指を当ててウーンと考える。



「ま、確かにあと1人くらいは居でもいいかもね。あなたたちの今後のことを考えると。でも今から探すのは面倒だし……あ、そうだ」



そう言って、唯一被り物から露出している目元で弧を描くようにすると、



「じゃ、ぜんぶアンタに任せたわ、"オラちゃん"」


「おっ……"オラちゃん"っ!?」


「アンタのことよ。乙羅おらサヤ子、だから"オラちゃん"」


「おっ、おっ、オラちゃんだなんて……!」


「イヤ?」


「イヤ……じゃないですっ! うっ、嬉しいですっ!」



それは、心底からの想いだった。

ワタシはこれまで同年代の友達が居たことはない。

だから、あだ名で呼ばれるのなんて初めての経験だ。



……嬉しい。あだ名で呼ばれるなんて、それはもう"親友"、なのではっ?



「じゃ、オラちゃん。私は帰らなきゃだから、あとはよろしく」


「はっ、はいっ!」



あまりの嬉しさに、Nさんの言葉にワタシはガクガクと激しく首肯して……



「……あれ?」



ふいに気が付く。

結局、最後のチームメンバーの人選って……全部私に丸投げ、ってこと?


いつの間にかNさんの姿はもうどこにも無い。

隣で緒切さんだけが無言で佇んでいた。



「い、緒切サン……ワタシ、どうしたら……」


「私も誰でもいい。オラちゃんに任せる」


「緒切サンまでっ! わっ、ワタシのことを、あだ名でっ!?」



今日はいったい、なんて日だろう。

親友が……2人もできてしまった!


ワタシが感激に頬を押さえていると、入り口の方から大きなため息が聞こえる。



「……もう、ダメだぁ。完全に出遅れだぁ……もうどこにも空きが無い……」



入り口の傍ら、膝を抱えるようにしてうずくまりそんなボヤきを口にしているのは、先ほどの説明会でワタシの隣の席に座っていた、丸眼鏡をかけていかにも勤勉そうな城法じょうほう握斗あくとくんだった。


どうやら、彼はまだチームが決まっていないらしい。



「あ、あのっ」



思い切って、ワタシは声をかける。



「よっ、よければなんですが、城法くん、ワタシたちのチームに入っていただけません、か?」






* * *





~RENGE視点~




「ふぃ~……今日はちょっと大変だったよぉ」


「お疲れさま、お姉ちゃん」



入学試験の説明会が終わって、夜。

家に帰ってきた私は急ぎ夕食の準備をして、ナズナとリウと共に食卓を囲んでいた。


今日は慣れないことも多く疲れてしまい、珍しくご飯をおかわりしていた。

私を労ってくれてか、ナズナがわざわざ席を立ってよそって来てくれる。



「ありがとう、ナズナ。ケンカの仲裁とか、質疑応答とかで肩が凝っちゃったよ。受験生のみんなに変に思われてなければいいけど……」


「大丈夫。みんなウットリしてたわよ」


「そうかな……? あれ? なんだかまるで見てきたように言うね、ナズナ」


「え、ああいや……きっとそうだろうなって思っただけよ」



ナズナそう言うと、口元を隠すようにお味噌汁の椀を傾けた。



……どうしたんだろう? なにか、隠してる?



まあ、姉妹といえどお互い何から何まで知っておかなきゃいけないなんてことはない。

むしろ隠しごとの1つや2つ、あるくらいが健全だろう。



「それにしても、ちょっと気にかかる子がいるんだよね」


「気にかかる子?」


「うん。あ、今日私がケンカを仲裁した子のことなんだけどね」



名前をなんと言ったか、そこまでまだちゃんと把握はできていないんだけど、赤いクセっ毛の女の子。

あの子の攻撃を手のひらで受け止めた時、ビリっとした。

ちょっとだけ痛かった。



「あの力……入学試験で無茶をして"壊れ"ないといいんだけどな……」


「大丈夫よ。きっとね」



ナズナは、それがまるで決められた未来であるかのように断言するときがあり、そういったとき、それは真実になることが多い。

なら、本当に大丈夫なのだろう。


私は安心して、おかわりの白米とおかずの生姜焼きに手をつけた。



「なあところで、ナズナ。私にも何か労いの言葉のひとつもあっていいんじゃないのか?」



そう不満げに言ったのは、ご飯粒を口の横につけたリウ。

空のお茶碗をナズナに向けて突き出している。



「私だってな、今日は朝から昼までダンジョン管理施設内の清掃作業という過酷な労働をしてきたのだぞ。おかわり」


「はいはい、お疲れお疲れ」


「扱いが雑っ! おかわりっ!」



リウも今日は私に代わって秋津ダンジョン管理施設の清掃アルバイトにちゃんと行ってきてくれたようだ。



「リウ、お疲れ様。今日はありがとうね」


「む……」



ちゃんと頭を撫でてエライエライをしておく。

ご飯のおかわりは私が取ってきてあげよう。

明日、施設長にリウの働きっぷりを聞いておかなきゃね。



……なんだか最近、我が家の生活はけっこういい感じである。



私は新しい仕事に挑戦しているし、ナズナは中学校生活を満喫しているようだし、リウも働き始めた。

みんなそれぞれ充実した日々を送れていると思う。


夕食後、お皿を洗い、お風呂に入り、歯を磨いて。

いつもに比べて早めの睡魔がやってきて、私はベッドに横になる。



……なんだか、今日は良い夢が見れる気がする。



さっそくうつらうつらとしていると。

ヒョコッと。

意識の端から、誰かが私を静かに見る気配を感じた。


でも、別に嫌な感じじゃない。

良く知ってる気配だ。

これは……



「竜、太郎……?」



意識を手放す直前、ひょっこりと。

竜太郎の顔がまぶたの裏に覗いてきた、そんな気がした。

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