第125話 入学試験~中学生たち~
~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~
東京都新宿のとあるホテルの広間。
その入り口に置かれている電子パネルには、
"日本ダンジョン高等専門学校 前期入学試験説明会会場"
と書かれている。
「ほ、本当にワタシが入っていいのかなぁ」
まさか、離島のド田舎農家の娘っ子のワタシ──"
この学校の"第一期生"として入学したい日本人中学生は何万人といるだろう。
そんな中から、受験者はたったの100人しか選ばれない。
選定基準は不明。
ただそれまでの実績が関係ないことは明らかだ。
なにせ、100人の内の1人に選ばれてしまったワタシには、これまでダンジョンに挑んだ経験がまるで無いのだから。
ドキドキする。
東京に来るのもこれが初めてだ。
同年代の子たちと顔を合わせるのも、初めてだ。
「ハァ、覚悟決めないと。これから1か月、こっちで暮さなきゃならないんだから」
コンプレックスの赤みがかったクセ毛を撫で付けつつ、ワタシは一歩、会場への入り口へと踏み出した。
受付では招待状の提示を求められる。
どうやら、ワタシが最後……100人目の受験生らしい。
受付の人に首から下げるネームプレートと、これから1か月滞在することになるホテルの部屋のキーを貰い、会場へと足を踏み入れる。
すると、
「──オイ、なんでおまえみたいのが受験生なんだって聞いてんだケドッ!?」
「ひぃっ!?」
唐突に罵声が響き、思わずすくみ上ってしまう。
が、どうやらその言葉はワタシに向けられたものではないらしい。
広間には2人掛けの長机が用意されていて、大きなスクリーンが設置されている壇上に向かって3列に並べられている。
その中ほどの席に座る長い黒髪の女の子を、3人の男子たちが取り囲んでイライラとしているようだった。
「オイ、無視かよ?」
「こいつ、喋れないんじゃね?」
「コミュ障かよ、ウッザ」
取り囲んでいるウチの、派手な金色の頭髪をワックスで固めた男子が、威圧するように机を蹴りつける。
「最低限の身体強化もせずに何をしてるのかと思いきや、魔力も持たないカスだったとは驚きを通りこして呆れるぜ。なぁ、ソレでなんで我が物顔でこの会場に居れるワケ?」
「……招待を受けたから。それ以外に何がある?」
長い黒髪の女子は、取り囲まれているというのに一切動じた様子もなく答えた。
そしてその冷ややかな視線で男たちを射抜く。
「先ほどからとてもうるさい。キーキーキーキーと発情期のサルのように。とても迷惑。失せてほしい」
女子のその態度に一瞬男たちは面食らったようだった。
が、その態度がさらに金髪の男を刺激したらしい。
「オレのマブダチは招待も受けられなかった、ってのによぉ。ウゼェよおまえ。その態度も長い髪もよぉ……!」
金髪の男が動く。
恐らくは10倍以上の身体強化。
速い。
そしてその横暴そうな性格とは裏腹に、繊細な魔力操作で指先がナイフのように鋭くなっていた。
「しばらく美容室に行けてないんだろ? オレがスッキリさせてやるよ」
金髪の男が狙っているのは、髪。
腕が振るわれそうになっているのを見て、
「ダっ、ダメーーーッ!!!」
とっさに、ワタシは"ただ地面を蹴って"飛び出してしまった。
会場の入り口から、広間の中ほどまでのおよそ20メートル。
その加速の勢いを緩めることなく、金髪男の肩を横からドンッと突いた。
金髪男が吹っ飛んで宙に舞い、会場の端へと落下して壁に叩きつけられる。
「……なっ!?」
机を取り囲んでいた金髪男以外の男子2人と、そして黒髪女子が、まん丸にした目でワタシを見ていた。
「やっ、やっ、やややっ……」
やっちゃったっ!!!
会場についてそうそう、トラブルに巻き込まれ (自分で巻き起こし?)てしまった!!!
……で、でも。ワタシは悪くないはず!
ワタシはひとつ深く息を吸って、覚悟を決めて拳を握り、残りの男子2人をキッとにらみつける。
「だっ、だっ、ダメでせうっ! イ、イジメは、いくないうぇッすッ!」
「ハァ?」
「ぁうあ……!」
緊張し過ぎて舌が回らない。
もつれる舌をほどくように口の中で動かして、改めてキッとにらみつける。
「おっ、おっ、女の子を相手に3人がかりでイジメようとするなんてっ、ひっ、卑怯っ! そっ、それにっ、髪を狙うなんてっ、サイテー! ですッ!」
ワタシはそう言って、黒髪少女のその髪を改めて見る。
やはり、その髪はよく手入れがされていて、ワタシのようなクセもなく、天使の輪ができていた。
奇跡のような美髪だ。
「おっ、男の子には分からないかもしれないですけどっ、長い髪をここまでキレイに保つのって、すごく大変なことなんですっ! そっ、それを勝手に切ってやろうだなんて、最悪ですッ!」
「……オイ、そんな"しょーもない理由"でオレを突き飛ばしたのかよ、テメーは」
遠くから、怒りに満ちた低い声が聞こえてくる。
それは床から立ち上がった、先ほどワタシが突き飛ばした金髪男のものだった。
ケガはしていないらしい。
とっさに身体強化の倍率を上げたのだろうと思う。
器用だ。
「ケンカ売ってんだな? 上等だ、買ってやるよ……!」
「い、いやっ、ワタシはただ蛮行を止めたかっただけで! ケ、ケンカを売ったワケじゃ……!」
「黙れ、いちいちドモりやがって。おまえもウゼェ。今すぐ家に叩き返してやるよ」
金髪男がその体を魔力で纏う。
先ほども感じたことだが……魔力操作が異常に上手い。
配信で見る、RTAの日本代表予選に参加した選手たちにも比肩するのではないかというくらいのセンス。
「オイコラ、女、構えろよ。格の違いを教えてやる」
「うっ、うぅ……!」
やるしか、ないのか。
仕方がない。
「めっ……"巡れ巡れ、異相の力。千の川、万の
詠唱を行い、ワタシは魔力を自らの内側に巡らせた。
身体強化なら私にだってできる!
「ハァ? 詠唱ぉっ!? おいおい、女ぁ。おまえまさか、未だに魔力を纏わない"古い身体強化"使ってんのかっ?」
「そっ、そうですけど……」
「ハンッ! ホントにどうなってやがんだ、高専受験生の選定基準はッ! 魔力の無いカスに、RENGEが登場する以前の身体強化しか使えねぇ能無しまで居やがるとはよぉッ!」
金髪男が床を蹴り、間の机を飛び越える。
魔力爆発を駆使し、宙にいながらジグザグの道を描いてワタシへと迫る。
ワタシはジッとその無軌道を眺め、見定める。
金髪男の動きを、なんとかして止めなきゃ。
「えっ、えぇいっ!」
そしてワタシが腕を突き出して、金髪男の攻撃と激突……
……することはなかった。
「──はい、みなさん。そろそろ説明会が始まりますので、着席してくださいね」
いつの間にか、ワタシと金髪男の間に割り込んできた女性がいた。
その人はワタシが勢いよく突き出した手を片手でやすやすと止め、そしていったいどうやったのか、金髪男の首根っこを掴んで吊るしている。
「もう、ダメじゃないですか。ケンカしちゃ」
「えっ、えっ、エッ……!?」
それは、RENGE。
生の"RENGEちゃん"だった。
黒いレディースのビジネススーツに身を包み、長い黒髪を後ろで結った姿のRENGEちゃんが、ぷくりと頬を膨らませてワタシの目の前にいた。
ざわっ、と。
周囲の受験生たちが色めき立つ。
あのRENGEちゃんが、世界一のダンジョンRTA走者が、目の前に登場したことに。
……すごい。まったく見えなかった。ものすごく集中していたのに、RENGEが割り込んできた瞬間がまるで目に負えなかった……!
これが、世界一。
ドラゴンを越えた力を持つ、地球最強の存在。
そのRENGEちゃんが、金髪男を地面に下ろし、そして受け止めていたワタシの手をチラリと見た。
「……君、力がとっても強いんだね。でも、あまり"無茶"しちゃダメだよ」
RENGEちゃんはそれからワタシと金髪男を交互に見る。
「2人とも、もう大人しくできるよね?」
もちろん、ワタシはコクコクと赤べこのごとく首を縦にした。
金髪男も、それまでワタシに抱いていた憤怒の感情はどこへやら、RENGEちゃんに目をくぎ付けにして頷いていた。
それを見たRENGEちゃんはニコリと満足そうに微笑んで、
「それならよかった! 他のみんなも、もうすぐ説明会が始まるからね、着席するよーにね!」
RENGEちゃんがそう言うやいなや、受験生たちはそれまでの騒ぎがウソかのように一斉に席に座り始めた。
誰もその言葉に逆らいはしない。
それもそのはず。
誰もがRENGEちゃんに憧れて、この会場に足を運んだに違いないのだから。
しばらくすると、目の前の壇上にRENGEちゃんではない、見知らぬ男が上った。
「100名……ん? いや、失礼しました。"101名"の受験生のみなさん、この度はご足労いただき、また貴重な中学生活最後の夏休み期間を割いていただき、誠に感謝申し上げます。私は今回の試験を統括いたします、日本ダンジョン高等専門学校、座学担当教諭の青森です」
そうして、青森が主導して説明会が始まった。
それは事前にワタシたちが聞かされていたものと同じ内容だ。
──これから約1か月間、ワタシたちは"ふるい"にかけられることになる。
この集まった101名の受験生の中からたった"10名"の合格者を決めるために。
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