第120話 世界大会エキシビジョン その6

「"きんぐ"の……"ブンタイ"の"ローフェン"?」



聞き馴染みのない言葉の羅列ばかりで、思わず首をかしげてしまう。

そんな私へとその"ブンタイのローフェン"と名乗った男は舌打ちをした。



「レンゲ、お前に太陽系外まで吹き飛ばされそうになったキングが、その今際いまわきわに成したことは分かるだろう」


「……?」


「そう、新たなダンジョンをこの世に出現させたということだ」



『そう、』とか言われても……

残念ながら私は知らなかったなぁ。


そうだったんだ? としかならないんだけれども。

もしかして、ナズナに聞けば知っていたかもしれない。



「キングはこの世にダンジョンを生み出し、そして我らを生み出した」


「"我ら"?」


「キングの分体よ。それも全てはレンゲ、お前を確実に葬り去り、この世を再び混沌の海に沈めるため」



"ブンタイ"はそう言い切ると、背中の翼を広げ勢いよく羽ばたかせる。

強い風が巻き起こったかと思うと、直後、"ブンタイ"は私の背後に回り込んでいた。



「この程度の速さで驚いてもらっては困るぞ、レンゲぇっ!!!」



立て続けにビュオンビュオンと連続で風を切る音。

"ブンタイ"が私の周りを縦横無尽に飛び回っていた。


場の空気が乱れ、衝突し合い、カマイタチを生み出してしまっている。



「まだまだぁっ! さらに速さを増すッ!!!」


「危ないなぁ」



私はそれらを避けつつ、チラリと来た方向を見やる。

配信用の"どろーん"が私を追いかけてくる様子はまだない。

とはいえ、私不在となると視聴者さんたちが不安がるだろう。



……早く戻らないと。



「"ブンタイ"は人の言葉を話す、人類を危険にさらすモンスター……ってことでいいんだよね?」


「何を今さr──」




──私の踵が、"ブンタイ"の頭を蹴り抜いた、光速で。




高速で私の周りを飛び回っていた"ブンタイ"だったが、でも光速よりは遅い。

それなら余裕で目で追える。

私の背後を翔け抜けようとしていた"ブンタイ"の動きに合わせて踵での蹴りを合わせたのだ。



「──ァ?」



"ブンタイ"の、竜のウロコで覆われた顔の上半分が消し飛んでいた。

口をパクパクとさせながら、"ブンタイ"の体がその場に崩れ落ちる。


だが、次の瞬間、



「ク、ククク、クハハハハハッ!」



頭を失った"ブンタイ"が、口だけで笑い始めた。



「レンゲ、お前の"速さ"、しかと"経験"したぞ……!」


「え?」


「次の分体の私に、その"速さ"は通じぬ……」



"ブンタイ"が私を指さした。

その"ブンタイ"のその指先と、さらに足先が灰のように細かの粒子となっていく。

その現象はジワジワと体の方にまで広がっていき、そして最後は完全に消え失せた。



「なんなの……?」


「──そのままの意味さ」



後ろから違う男の声が聞こえる、と同時。

私はとっさに飛びのいた。

その場所、草原の地面に、大きく深い"爪痕"が残される。



「……っ?」


「チッ、避けたか……まあいい」



新たに表れた男が顔を上げる。

金色の瞳が私をにらみつけてきた。

その顔と手は"虎"のものだ。


そしてその手の爪から、異様なほど大きな魔力を発している。



「我はキングが分体のひとつ、"虎爪フーチィ"。そして他の分体の力を受け継ぐ者……!」



その虎男の背中から、先ほどの"ブンタイ"が背中に生やしていたのとよく似た翼が生えた。

そしてそれを羽ばたかせる。



「レンゲ、もうお前の速さは通じぬぞッ!」



先ほどの"ブンタイ"よりも速く、さらには先ほどの私の光速に値する動作速度よりも速く、虎男は私の周りを翔け回った。

周囲の空気を"速さ"で切り刻むことによって生じるカマイタチに加え、その虎の爪が私へと迫ってくる。



「この速度、この手数! 避けられまいッ!」



分からない。

私には理解わからなかった……

虎男の言動が。



「えっと、あなた誰? さっきの"ブンタイのローフェン"とかいうモンスターの兄弟か何か?」



振り下ろされる虎の爪……

それを正面から、手のひらで押さえるように止めて訊く。



「……はっ?」



虎男がポカンとしたように口を開けた。

そんなワケが分からないみたいな顔をしないでほしい。


だって、私の方がワケが分からないんだもん。



「ごめんね、なんか説明が早口でよく聞き取れなかったし、立て続けにいろいろ話されて頭がゴチャゴチャして何も分かってないんだけど……あなたはなんで攻撃してくるの?」


「な、なんで、だとっ?」


「動機が分からなくって……あなたもさっきの"ブンタイ"と同じで、人類を危険にさらすモンスターってことでいいのかな?」


「なっ、何をいまさら……いやっ、それよりもっ!」



虎男はクワッと牙を剥いて私をにらみつけてくる。



「なぜだっ!? なぜこの光速を超える動きについて来れるっ!?」


「えっ」



何故なんて、そんなこと言われても……



「あなたが速く動くなら、それよりも速く動けばいいだけだから、としか……」



音速で動くものを捕まえたいなら音速を超えればいい。

光速で逃げていくものに追いつきたいなら光速を超えればいい。

光速を超えるものがあったなら……

それすらも超えればいい。



……それだけの、単純な話だと思うんだけど。



でも虎男はそうは思わなかったらしい。



「ハァ~~~っ!?」



さらに口を大きく開いてドン引きしているようだった。

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