第117話 世界大会エキシビジョン その3
その空間はこの世のものとは思えない。
それほどまでに現実からはかけ離れた、非現実的で美しい現象で囲まれていた。
まず、何よりも目立つのは何百本もの"黄金蜜の滝"。
黄金色のドロドロした蜜が、天井へ向かって絶え間なく流れ"上がって"いっている。
その蜜は私の周囲に生えている真紅の木々から流出していた。
その木もまたおかしくて、なんと頭と根っこが逆さになっている。
細かく枝分かれした根っこの先々から、蜜が球となってポツポツと零れ出ているのだ。
それが集まり滝を成している。
「えーっと、この蜜は糖質を含まない未知の甘味だそうです」
私はさっそくメモを取り出して読み上げ始める。
ぜんぶ、あらかじめナズナがまとめてくれてある。
「また、えー、御覧いただければ分かるように、えー、天井に赤い路とそこを流れる蜜の川ができていますね。こちらの蜜は重力に……反作用? する性質を持っているらしいです」
>すげぇぇぇ!
>マジモンの新発見要素しかなくて目玉飛び出そう。
>重力に反作用なんて聞いたことないぞっ?
>マジどういうこと?
>なんか言わされてる感あるな。
>安心しろ、きっとNAZUNAが関与してる。
>なるほど。安心したわ。
>それなら正確な情報だわ
>NAZUNAが関わってるならガチ。
「なお、えー、赤い路も樹液の一種らしく、赤い樹液は固まることでコンクリート以上の強度になる天然素材……らしいです。かっこ、米印、これは現在調査中の内容なので断言はしない、かっこ閉じ」
>カッコ内は読んで差しあげるな・・・
>(※)←これは注釈や・・・
>色んな意味で赤裸々な配信やな
>この蜜と同じ天然素材RENGEの天然配信に涙を禁じ得ない
私がメモを見ながら解説をしているところ、ざわっと。
真紅の木々の間からコチラを見つめる影が感じ取れた。
メモも取り出しているところだし、ちょうど良かったな。
「あ、来ましたね」
動かずにいる私の目の前にヌッと姿を現したのは、蟻のようなモンスター。
つるりとした甲殻に覆われた胴体から突き出した脚は6本あり、それぞれの足先は釣り針のようにかぎ爪状をしている。
その顔には蜘蛛のように複数の目、そしてクワガタのごとくハサミのようなアゴがあった。
その全長は3メートルほど。
>新種モンスター!?
>えっ、怖っ!?
>デカいな・・・!
コメント量の多さにさらに拍車がかかる。
よしよし、狙い通りだ。
このモンスターについても事前調査の結果はある。
詳細を説明して、危険はあれどもその実態を政府は正しく把握してますよ、という視聴者への"あぴーる"を欠かさないようにするのだ。
「えー、こちらの黄金の蜜の空間はとても美しいですが、えー、危険もあるようです。なんとですね、新種のモンスターが生息してるんだとかっ」
>もういる!もうそこにいる!
>メモ読んでる場合じゃないから!
>RENGE前だ、前見ろっ!
>お、おばかーーー!
>『生息してるんだとか』じゃなくてもう目の前に居るって!
>いったんメモ仕舞えっ!
その蟻のようなモンスターはハサミの形をしたアゴを突き出して、私に掴みかかろうと突進してきていた。
確か、このハサミについての記述もあった気がする。
えーっと、どこだったっけな……
──ガシリ。
私はモンスターのハサミの片方を手で押さえてその突進を止めると、メモを熟読し直す。
どこに書いてあったかわからなくなったときは、メモを上からじっくり読み直せば見つかる。
私もよくお買い物のときによくメモを見返すが、そういう時はちゃんと上から順になぞるようにしているのだ。
「えーっと、この辺りだったかな……」
〔……!〕グワッグワッ
「それともこの辺り……?」
〔……!〕ジャキンジャキンジャキンッ!
「もう、ちょっと騒がしいなぁ。今メモ読んでるんだから待ってよ!」
がんばって私を押し込もうとしたり、ハサミを意味もなく開閉させたり、鬱陶しいったらない。
私はハサミを掴むと、
「えぇいっ!」
そのモンスターを遠くへと放り投げた。
「……ふぅ。えーっと、あったあった。えー、今しがた居たモンスターはですね、"すたぐらんと"という名前が付けられているらしいです。この階層で蜜を主食としているそうで、えーっと、調査に関わった人たちの間では別名として"蜜樹林の管理者"とも呼ばれているんだとか」
>いや、ちょっwww
>管理者さんぶっ飛んでったんですが・・・
>もうちょっと手心をだね・・・
>スタグラントとやら、相手が悪かったな
>相手を見てケンカを売るかどうか考えないと
「さて、この蜜樹林を抜けていくと、今度はヒスイ色に輝く湖があるそうです。どんどんと進んで行きましょうっ」
私は真紅の木々の根の間を潜りつつ、その道中で出会った"すたんぐらいと"を適当にあしらいつつ、メモに記載されている通りの方角へと進んで行った。
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