第106話 ハリウッド決戦 その5

〔ダカラ無駄ダト言ッテイル〕


"きんぐ"は辺りに広げた"こすも"から、私が先ほどのダンジョンの中でおこなったのと同様に力を引き出し始めた。

そして集めた無限に匹敵する力を魔力へと変え、その身に纏う。


〔人類ハコレヲ身体強化ト呼ブノダッタナ。レンゲ、貴様ニモコレガデキルカ?〕


「……ううん、できない」


〔ダロウナ、ソレガ物理法則ニ支配サレル貴様ラ人類ノ限界。ソシテ貴様ガ我ニ勝テヌ理由デモアル。人ノ体ハ脆イ〕


魔力を用いて引き出せる力には限度がある。

特に体に魔力を纏うとなると、私は無理をして50倍がいいところだ。

30倍でも普通に疲れてしまう。

だから、無限にも近い魔力を体に纏うことなんてとうてい無理。


〔我ハ貴様ニ可能ナコトハ全テ可能デアリ、ソノ上デ我ニシカデキヌコトガアル……勝敗ナド今サラ比ベルベクモ無シ〕


"きんぐ"が腕を振るうと、それだけで衝撃波となり辺りの建物が崩れ始める。


〔貴様ハ大人シクココデ死ヌノダ、ハリウッドノ地ト共ニ〕


「ダメだよ。そんなことしたらここに住む人たちが困るから」


私は拳に力を込め始めた。


「リウ、ここまでありがとう。ちょっと離れてて」


「あ、ああ……だがレンゲ、お前……!」


リウが心配そうに見た。

私が力を込める、その拳を。


「ヤバいぞ、ヤバ過ぎる……分かってるんだろうな、レンゲ……!」


「うん、大丈夫だから。ちゃんと"狙い"は定めるよ」


そう約束すると、リウはひとつ頷いて慌てたように光速で離れていく。

私はその直前にリウの右肩から飛び降りて地面に着地した。


……リウ、私が帰る時にちゃんと戻ってきてくれるかな? 自慢じゃないけど私は独りで眠らずに日本に帰れる自信ないんだけれど。


〔……マダ諦メヌカ〕


"きんぐ"が身体強化∞倍率に等しい魔力の外套をはためかせるように、その拳を振り上げた。


〔分カラヌカ? 貴様ガドンナ奇天烈キテレツナ物理法則ノ応用ヲ見セヨウトモ、今ノ我ノ"力"ノ前ニハ塵ニ同ジ〕


「物理法則……なんてそんな大したものじゃないよ」


本当に。

私はただただギューっと拳を握っているだけ。

そして後に私がすべきことといえば、


「本気で殴るから、"覚悟"して」


そう"きんぐ"に最後の忠告をすることくらいだ。


「もし降参してリウみたいに大人しくこの世で暮らすって言ってくれるのなら、それでもいいんだけど」


〔アリ得ヌ。我ノ使命ハ貴様ヲ殺スコト、今ハ只ソレダケ〕


「そっか……じゃあ、残念だけど」


私が死んであげることはできない。

ナズナやリウが居る今の暮らしを守るためにも。


「じゃあ打つね、本気の拳」


私は地面を蹴って滞空する"きんぐ"の懐へと飛び上がった。

力を込めた右拳を大きく振りかぶる。

狙いは真上。

それに対し、


〔∞ノ"力"ヲ前ニ圧死セヨ、レンゲ〕


"きんぐ"の直径3メートルは優に超すニワトリのソレのような尖った脚が、私を蹴り落とさんと振り下ろされた。

私の拳と"きんぐ"の脚が合わさった。

音も消し飛ぶ激突の瞬間。

それはまさしく一瞬だった。


〔──ッ!!!〕


一瞬で、私の打撃が"勝った"。

その打拳は"きんぐ"の脚をバキバキにへし折ると、ソレをゴムのように巻き込んだまま今度は"きんぐ"の腹部へと到達する。

打った拳の勢いはなおも止まらない。


〔──~~~ッ!!!〕


衝撃波が遅れて発生する。

本来は激突地点を起点として周囲へと円環を作るように拡散するハズのソレは、しかし広がりを見せない。

私の拳のあまりの勢いに力の流れが正面へと収束し、"きんぐ"の∞倍率の強化魔法に穴を空ける針となっていた。


〔──ッッッッッ!!!〕


∞の魔力をぶち破った私のその拳が、勢いそのままに"きんぐ"の腹部へとめり込んだ。

先ほどまではいくら殴っても傷ひとつ付かなかった"きんぐ"の体……

その全体に"ヒビ"が入る。


〔──ッッッアリ得ヌッ!!!〕


世界から消え失せていた音が戻った。


〔知ラヌッ、存ゼヌッ、何ダソノ打拳ハッ!?!?!? 無限ニ勝ル"力"ナド、コノ世ノ物理法則ニ有ルハズガナイッ!!!〕


「わかんない」


私は素直に答えた。

分からないものに分かるための理由を付けるのは私の頭じゃ無理なことだし、それに、


「でもナズナも言ってた。『それはホントによく理解わかんない』って」


ナズナが分からないことを私が分かる道理はない。

ただひとつ言えること、それはこの地球上のものを冗談でも"本気の本気"で殴ったりしちゃダメだっていうことくらいだ。

昔、それで少しやらかしたことがある。




──それは私が9歳くらいの頃。

真夜中、山奥から宙に見えた尾を引く星を5歳くらいのナズナと二人で見上げていたことがあった。


『流れ星がキレーだね、ナズナ』


『おねーちゃん、あれは"すい星"っていうんだよ』


その日は地球より二回りほど小さな彗星が200年に一度地球に大接近する貴重な日だった。


『あのね、流れ星は"すい星"の"なごり"なの。"すい星"の"はへん"とかがね、"たいきけん"にとつにゅーして、燃えてキレーに見えるんだよ』


『へぇ~~~』


ナズナの説明を聞いて、それならば、と。

私は思ってしまったのだ。

"彗星と流れ星がいっしょに観れたならもっと綺麗なんじゃないか?"

って。


あいにく、力加減なんて分からない年頃だった。

地面に落ちていた硬そうな石を拾って、それを魔力で飛び切り強化して、


『えぇーいっ!』


私は彗星目掛けて思い切り投げつけた。

端っこの方を"ちょこっと"削って破片にすれば、流れ星が作れるだろうと思ったのだ。

冗談でやったわけではない。

本当に届くと信じて、"本気の本気"で投げつけた。


その石は大気圏をまっすぐに進み彗星に激突。

その中心に大きな穴を空けた。

彗星は崩壊した。

遠目から見ても結構な規模の爆発が起こったのが分かった。


『おねーちゃんっ!?!?!? おねーちゃんっ!!!』


『あれ……おかしいな、ほんの少し削ろうと思っただけなのに……』


その時に私は悟った。

私には"星を滅ぼす力"があるのだと。

ナズナには厳重注意された。

『おねーちゃんは地球を滅ぼせるから要注意』

と。

それ以来、私が"本気の本気"を出したことはない。


ちなみにその数年後、その時の彗星の破片が到来して日本上空をこれまでにない規模の流星群が覆うことになり、多くの観光客がその様子を楽しんでいたらしいとナズナが微妙な顔で私に伝えたのだった──




つまり、私の"本気の本気"の拳は"星滅ぼす一撃"。

それが純粋な肉体の力によるものなのか、

それとも魔力によるものなのか、

あるいはもっと異質な力によるものなのか、

また、滅ぼすのが星の規模で済むのかも分からない。


ただひとつ言えることは、

これで滅びなかった物は無いということだけ。


〔アリ得ヌッ、アリ得ヌッ!!! コノ星ニ在リナガラコノ星ノ物理法則ヲ超越スルナド……!!!〕


「物理法則ばっかりにこだわる神様って変っ! 私は流れ星みたいにお願いを叶えてくれるような神様の方が好きかなっ!」


私は打拳でそのまま"きんぐ"を上へと打ち上げながら、


「さようなら、宇宙の彼方に吹っ飛んで!」


そう別れを告げる。

直後、"きんぐ"のその体は莫大な力の流れに吹き上げられるようにして、光速の勢いで天へと昇っていった。

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