第102話 ハリウッド決戦 その3
〔貴様……何ヲシタ〕
"きんぐ"は紅いまなざしをこちらに向けたまま困惑している様子だった。
「何だか人間っぽいところもあるんだね?」
「いや、誰だって困惑するだろ、こんなん……」
私に俵担ぎされていたリウがゲンナリとした様子で言った。
そうかな、私はただ"きんぐ"が作ったダンジョンを攻略しただけだけど。
……あっ。
「やっぱりあれかな、天井を突き破っての攻略が邪道だったとか、そういう……?」
「邪道というか、そもそも普通は不可能だろあんな攻略……」
私とリウがそんなことを話し合っていると、
〔確実ニ消シテオク必要ガアッタ、カ……〕
ハリウッドの大通り、ダンジョンから脱出した私たちの目の前に"きんぐ"が降りて来る。
4車線を塞ぐように仁王立ちした。
「むっ、やる気っ?」
〔貴様ノ誕生ハコノ世界ニハ早スギタ〕
トン、と。
その巨体に見合わぬ速度で"きんぐ"は私目掛けてかぎ爪を持つ脚で蹴りつけてくる。
ただ、私なら目で追える。
その脚の一撃を受け止めて……
──ズン。
「ッ!!!」
その一撃は重く……そして体の内側、内臓を刺激する。
私の"膀胱"が悲鳴を上げる。
「くっ!」
レンゲダム貯水率95%。
危ない、これは。
早く決着させないと!
「ハァァァ──!」
次は私から仕掛ける番だった。
"きんぐ"の懐へと飛び込むと力を込めた拳を何度も叩きつける。
その一撃一撃は"へるもーど"ダンジョンの深層フロアボスたちをも粉々にするだけの破壊力があったはずだけど、しかし。
〔効カヌ、響カヌ〕
"きんぐ"は後ずさりひとつしなかった。
どんなに強いものであったとしても、物理攻撃は一切効かない……
そういうことだろうか。
蛇の形をした尻尾の振り回し攻撃が飛んでくる。
「ふぅ」
どうしたものか。
"きんぐ"の尻尾、そして両脚から繰り出される攻撃を躱しつつ考える。
私のパンチもリウのブレスも効かないということは……
それじゃあいったい何が効果的なのだろう。
……頭が回らない。いつもなら戦闘中においてこんなこと無いのに。それもこれも、今日はガマンしてしまっているからだ……!
「ウッ……!」
レンゲダム貯水率98%オーバー。
マズいマズい!
一瞬、"ブルルッ!"と膀胱を揺るがす大きな波が来て、足が止まってしまう。
その隙を突かれて、
〔フンッ!!!〕
"きんぐ"による大振りの尻尾の一撃が、両腕の防御の上からとはいえもろに私の体の真芯を捉えた。
膀胱が収縮する。
「ッ!!!」
とっさに後ろに跳んだことで膀胱へかかる衝撃を最小限に抑えたけれど、そのせいで一切の踏ん張りが利かず、私の体はまるで野球ボールみたいに高く速く飛び、そうして"はりうっど"の町に立つ大きな高層ビルへと激突し、弾丸のように内部へ転がり込んでしまう。
「あ、危なかったぁ……!」
あわや漏らす一歩手前だ。
高層ビルの外壁に大きな穴が空いてしまっていて、そこから外を見れば"きんぐ"の姿が豆粒大ほどの姿に見える。
どうも数百メートル近くは殴り飛ばされてしまったらしい。
ところで私、どこまで飛ばされたのだろう?
「ここは……会社?」
辺りに舞っていた土煙が落ち着いて、見えたのは均一な机や椅子、"ぱそこん"らの並べられた部屋だった。
いわゆる"おふぃす"というやつか……
……ん?
"おふぃす"、ということは!
「大丈夫か、レンゲ……大丈夫そうだな」
私の空けたその穴から銀色の光が飛び込んで来る。
人の姿のリウだった。
「どうだ、勝てる見込みはできそうか?」
「んー、いちおう。まだ試してないことがあるから、もしかしてそれで倒せるんじゃないかなぁとは……」
「本当かっ? ならさっさと試してしまえ!」
「うん。でもそれにはひとつ大きな条件があるの」
「なんだ?」
「私が"全力"を出すこと」
私はスッと指で示す。
この"おふぃす"の一点を。
男性と女性の印のあるそこは……トイレ。
「全部出せば、全力を出せる……!」
「……」
「お願いリウ! 1分でいいから時間を稼いでくれないっ!?」
「……はぁ」
リウは大きなため息を吐いたものの、
「……1分だな、分かった」
渋々とそう言って頷いてくれた。
「ありがとうリウ!」
「フンっ、言っておくが我は無理などせぬ。足止めが無理だと踏んだらすぐ逃げてしまうからな!」
リウはそう言い残すや、高層ビルに空けられたその穴から飛び降りて、再びその姿を大きな銀の竜のものへと変えると"きんぐ"へと向かっていった。
……本当にありがとう、リウ!
私はトイレに向かって駆け出した。
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