第101話 ハリウッド決戦 その2
"きんぐ"が金色の両翼を羽ばたかせる。
すると高速で空中にいる私たちへと突っ込んできた。
が、
「……フン」
リウはヒラリと簡単にその突進を躱してみせた。
その背に回る。
攻撃を外された"きんぐ"は振り返り、その獅子の口を開いて赤いブレスを吐き出した。
リウもまたそれに応じるように銀のブレスを吐き返す。
「……ちょこざいな」
リウが呆れるように鼻を鳴らし、その深紅の眼を見開いた。
銀のブレスはその勢いを増し、そして"きんぐ"の体を飲み込んでみせた。
「え、リウ……すごい! 神様に勝っちゃってるよっ!? こんなに強かったんだねっ!?」
「黙れ。我は元々強いのだ。だが……コイツとは勝負にならん」
「うん、そうだね! だって圧倒的に、」
「違う、そうではない。我の方じゃない」
「えっ?」
「我じゃコイツの勝負の土俵には上がれんのだ」
えっと……
何を言っているのか分からない。
だが、リウは見てみろと"きんぐ"を指さした。
「……!?」
"きんぐ"は無傷のままだった。
「うそ、直撃を受けてたのに……」
「攻撃を受けるも受けないも、傷ができるもできないも、全ての現象はヤツの手のひらの上。無駄なんだよ……ヤツが居る限りヤツが世の理の中心に立つ。そういう風にできている」
「え……じゃあどうやって倒せばいいの?」
「殴れるなら勝てると思うって言ってたじゃないか、レンゲが」
「まあそうなんだけど、うーん……」
ちょっと今までにない種類の相手だなぁ。
この世にダンジョンを生み出した神様。
この世の全ての事象を手に取るように操るモンスター。
どうやって倒せばいいんだろう……?
……ん? モンスター?
「ねぇリウ、リウってモンスターなの?」
「広義の意味で捉えればそうなんじゃないか? それは特定の人間に対して『お前は地球属の動物なのか?』って聞いてるようなものだがな」
「"きんぐ"は?」
「それも広義的にはモンスターに分類されるんじゃないか? だがそれがいったい何だっていうんだ」
「つまり生物なんだ……まあそうだよね。触れられるし、攻撃行動も取るし……じゃあ本物の神様じゃないってことだ」
「どうしてそうなる?」
「え、だって神様って目に見えないものでしょ?」
「は?」
だって私、神様見たことないし。
毎年ナズナと初詣に行っているけれど未だ姿を見せたことはない。
まあこれまでお金が全然なくってお賽銭まったく入れてこなかったからかもしれないけど。
「目に見えて触れるならきっと攻略法があるはずだよね?」
「……お前、よくそんな楽観的に物事を考えられるよな」
なんてそんな会話をしている時だった。
〔不均衡ダ、何モカモ〕
"きんぐ"の獅子の顔がその口を開いたかと思うと、突然に言語を発した。
それは外国語でも日本語でもなかったがその意味が理解できる……不思議な音だった。
〔世界ニ悪ガ足リヌ、混沌ガ足リヌ。サレド"力"ハ……余リ有ル〕
「力が余り有る?」
〔不均衡ノ源……不要分子ハ排除スル〕
獅子の紅の眼が私を捉える。
すると直後、透明な立方体の箱がリウもろとも私を包み込んだ。
「なにこれっ?」
〔眠レ、迷宮ノ奥底デ。世界ノ混沌ガ釣リ合ウソノ日マデ〕
私とリウの体は急速に地面──
ハリウッドの町の大通りド真ん中へと落下する。
が、その地面をすり抜けた。
地表を素通りしてさらに奥深くへと沈み込んでいく。
そうして私たちの周囲を包み込むのは地下の下水や土……などではなかった。
周囲を見渡せばどこにそんなスペースがあったのか、巨大な地下空間が広がっていた。
そしてそこには乱立された壁が並び立ち始め、急激に木が生えるようにモンスターが湧き出してくる……
「ここ……ダンジョンっ!?」
思わず上を見上げた。
だって私たちは今、上から下へと落ちてきたハズだ。
「!?」
地表にあたるだろう天井が高速で遠ざかっていく。
それも恐らく、すでに山一個分はある高さまで。
「クソッ!?」
リウがいち早く反応して、上へ飛び上がろうとする。
しかし、遅かった。
ドンッ!
と大きな音を立てて、突如として目の前に現れた硬い天井にその体は遮られる。
「やられた……!」
「えっと……リウ、この状況ってどういうことだろ? 私イマイチ飲み込めてなくって」
「どういうこともなにもっ! 閉じ込められたんだよ、ヤツの作るダンジョンにっ!」
リウが悲鳴を上げるようにして言った。
ダンジョンに……閉じ込められる?
「えっ、でもダンジョンなら出口があるよね? そこを目指せばいいんじゃ?」
「今しがた見えたろ、地上が遠ざかっていくところを! 我らがどれだけ登ろうが、あり得ない速さでダンジョンの階層が増えて、出口が離れていってるんだぞ!?」
「ああっ、なるほどっ!」
そこまで説明してもらったようやく状況が理解できた。
確かにこのダンジョンを登れども登れども新しい階層ができてしまうなら一向に踏破することができないだろう。
それは困る。
「そろそろレンゲダムの貯水率が90%オーバーしてきてるし……」
「まだ膀胱の話してるっ!? そんな場合かっ!」
「うん、だから……早く出よう」
私は両手を合わせ、足でトントンと地面を叩く。
……さてさて、こんな感じかな。
私の体の内側に余りある"えねるぎー"が巡っていくのが分かる。
「……レンゲ? お前、今いったい何をやっているのだ……? その両手は……?」
「あ、これ? "こすも"っていうのを作ったの」
両手を少しだけ広げて見せる。
ボワっと、両手の間に挟まれた空間には銀河の輝きが在った。
「これを作るとね、使い切れないくらいの魔力が得られるんだ」
「……は」
「じゃ、リウ、人型に戻ってくれる? 抱えて跳ぶから」
「…………は?」
あぜんとしたまま、しかしリウは素直にシュルシュルとその姿を縮めて銀髪の人の姿に戻ってくれる。
ヨイショとその女の子の体を私は俵担ぎにして、
「じゃあ、跳ぶから」
「…………いやいやいやいや、ちょっと待て? いま我に返ったがいったい何をするつもりだっ? 跳ぶってレンゲお前、天井は」
「ぶち破ってく」
私は思い切り地面を蹴り出した。
初速で光を置き去りにする。
私の頭はダンジョンの天井にぶつかると、まるで金魚すくいのポイでも破るかのようにそれを貫いていく。
「!!!──は──レ──コ──だ──ん──ぁな」
間近にいるはずのリウの声が逆行して、間延びして聞こえてくる。
私にもこうなる理屈は分からない。
とはいえ、ひとつだけ私がナズナに聞いて理解したことがあった。
なんでも"
昔々の偉い天才科学者さんがそういう理論を提唱したんだとか。
では、光速を超えたら?
……それはよく分からないけど、現状の私がその答えになっているのかもしれない。
とにかく硬く、強く、速く。
私の体はダンジョンの天井を貫き続けていく。
いっさいの減速なく、むしろ進めば進むほど何故か加速して。
普通は遅くなるよね?
だからもしかすると、光速を超えた世界に常識は通用しないのかもしれない。
そんなことを思っていたら私の体はハリウッドの路上を貫き地表に到達するところだった。
「とうちゃーくっ!!!」
加速を止める。
丁度地上スレスレで。
〔……ハ?〕
空中の変わらぬ位置で佇むように浮いていた黄金の獅子が首を傾げてこちらを見ていた。
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