第100話 ハリウッド決戦 その1
自宅からリウの背に乗って20分ほど。
海を越え、昼が朝に、そして夜に逆行した後。
アメリカ標準時刻で21時05分ごろのことだった。
「──あちらの方からヤツの気配を色濃く感じるな。レンゲ、そっちに向かうってことでいいんだよな?」
「……zzz」
「オイ! 起きろ!」
「……ハッ!」
目を覚ますと、気づけば海は終わっていた。
いつの間にか眼下には大地が広がっている。
私、どうやら寝てしまっていたみたいだ。
「ごめんごめん。なんか突然睡魔が……時差ボケっていうんだっけこういうの」
「お前は年がら年中ボケ倒しているようなものだろ」
「ヒドい!」
いくらなんでもそこまでじゃない。
私は外国語を聴くか、難しい話を聴くか、あるいは夜になったら寝てしまうだけだ。
……挙げてみるとそこそこな種類がある気もしなくもない。
まあそれはともかく、
「もうこれアメリカに着いたってこと?」
「そうだ。そしてホラ、感じるだろうこの異質な魔力を」
「……!」
リウに言われて感覚を研ぎ澄ませてみると、確かに張り詰めるような、今にも爆発を待っているかのような魔力の波が特定の方向から放たれているのが分かる。
「これが電話で"ナイカクホンボーホクホホンホホー"さんが言ってた、"きんぐ"の……!」
「ああ、そうだ。キング……というか誰だよその"ホホンホホー"って。内閣官房副長官補だろ」
「そうその人」
リウはやっぱり頭がいいんだな。
時間もなく、AKIHOさんから用件を伝えられたのも1回だけだったというのに。
私は何回か聞いたけどちょっと名前が長すぎて覚えていられなかった。
「じゃあさっそく向かうか?」
「あ、ゴメン。ちょっとその前に……」
「なんだ?」
「あの、この辺りにお手洗いってあったりしないかな?」
「はぁっ!?」
たぶんさっきまでみんなでお茶してた影響だろう。
私はつい紅茶を2杯おかわりしてしまっていたし。
「なんでこんな時にトイレなのだ!?」
「いやゴメン、でも慌てて家を出たから行けてないし、海を渡る時ちょっと寒くてもよおしてしまったというか……」
「お前事態を分かってる? 今まさに国の……というかお前らの世界の存亡が懸ってる時にトイレだとっ?」
何度もトイレトイレと連呼されると流石に恥ずかしいのだが。
私だって今が緊急事態なのは分かっている。
でもこちらとて危機なのだ。
主に、社会人の尊厳という面で!
「なんで出かける前に行ってこなかったんだ!」
「忘れてたの! だって出る時は何の予兆も無かったんだもん! 膀胱は貯水率が8割を超えてから急に注意報が鳴るものなの!」
「知るか!」
そうこうやり取りをしている間に、魔力の波を感じていた方角からより強い反応を感じる。
そして遠くの方の山……いや丘で上がる土煙。
これは……
「マズいぞ、キングのヤツが目覚めたらしい」
「や、やっぱり……!?」
「どうする、これでもトイレを優先していられるか?」
「~~~!!! わかったよ!」
もう、覚悟を決めるしかない。
私はリウの頭へと飛び乗った。
「はっ? なんのつもりだっ!」
「"きんぐ"へとリウに近づいてもらったら、私が一撃で仕留めるから」
私は思い切り右拳を引いた。
そして、万が一にも漏れることの無いように、内股気味にして下半身に力を込める。
「なるべく揺らさないでね、衝撃も抑えて。お願い」
「……なんか心配のしどころがズレてるんだよな、お前は」
ブツブツ言いつつ、リウが再び高速で移動を始める。
一直線に向かうは禍々しく濃密な魔力が放たれるその場所、目的地"はりうっど"。
その空中に、巨大な両翼を広げる獅子の顔をした怪物はいた。
「居たぞっ、アレがキングと呼ばれるモノだ!」
「リウ、組み付いて!」
「これで──いいのか!?」
リウは魔力を高め、その銀の輝きを強いものにしつつ、その巨躯で"きんぐ"の両翼に掴みかかる。
私はその直後リウの頭上から跳び上がる。
「よぉぉぉいしょぉぉぉおおおッ!!!」
"きんぐ"の獅子の頭を殴りつけた。
リウと戦った時の堅さを参考にして、"これくらいなら死なないだろう"と思った威力でだ。
しかし、
──グニャリ。
「えっ?」
"きんぐ"の頭が凹む。
まるでお団子を指で押したみたいに。
そしてそのまま"きんぐ"の体は勢いよく眼下の丘に落ちた。
地表に土煙が立つ。
再び私はリウの頭上に再び降り立って、
「うっ……」
その衝撃に思わず呻く。
内股になる。
「オイ、レンゲ。間違っても我の頭の上で粗相するなよ……?」
「……その時は、ゴメン」
「絶対にするなよっ!?」
まあ大丈夫だと思う。
今のところレンゲダムの決壊まであと15%分くらいの余裕ある。
たぶん。
「それよりも、今の感触……」
「まだ終わってないぞ」
恐る恐る下を見る私へとリウが言った。
「言ったろう、ヤツは神のようなモノだと。単純な物理攻撃が効くのであれば苦労はしない」
「……でも、アメリカは捕まえてたんだよね? その"きんぐ"を」
「だから気まぐれだよ、キングの。我が韓国で大人しくしてやっていたようにな」
リウが鼻を鳴らす。
「コイツもきっと"今が時期だ"と思って目覚めたんだろうよ。人類が再び数を増やしたからか、世界がダンジョンとモンスターの恐怖を忘れかけていたからか、もしくは……」
「……もしくは?」
「……いや、なんでもない」
リウは額上の私に乗る私を一瞥するように目を向けたあと、すぐに視線を下に戻す。
「ホラ、お越しだぞ」
土煙の張れた地上で、"きんぐ"は何の痛痒も感じていない様子で私たちを見上げ、そしてその大きな両翼を広げた。
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