第97話 銀のリウの背に乗って

「なあレンゲ、ワームホールを使うのじゃダメだったのか?」


視界に映るは見渡す限り一面の青い世界。

翼を銀に輝かせながら滑空するリウの背に乗って、私は太平洋を横断していた。

もちろんリウはドラゴン形態になっている。


「あのグニャグニャ穴は私が実際に行って目にした場所じゃないと繋げられないから。前に1回行ったときはずっと目隠しされていたし……」


目指しているのはアメリカ合衆国。

世界大会本戦のある6月まで訪れるつもりはなかったのだけど……

まさかこんな形で行く羽目になろうとは。


「だからってなんで我が……」


「また竜太郎にお願いしてもよかったんだけど、リウなら他のドラゴンについても詳しいかなと思って」


「誰だよ、竜太郎」


さて、なぜ私がアメリカ本土を目指しているか。

それはつい10分ほど前にAKIHOさんが私の代わりに出てくれた電話がキッカケだ。

電話はどうやら日本政府からのようで、その内容によれば"アメリカで本物のドラゴンが目覚めそうでヤバい"らしい。

今はアメリカの特殊部隊やらダンジョンRTA走者やらで始末しようとしているところみたいだけど、


「リウはどう思う? アメリカの人たちでそのドラゴンに勝てそう?」


「いや無理だろ」


当たり前のようにリウが言う。


「アイツはドラゴンと呼ばれているが、実際のところドラゴンなんかじゃないよ」


「……? ごめん、どういうこと?」


「人間というのは本当に下らん生き物だ。自分の理解できないモノを自分の理解できるモノへと躍起になって落とし込もうとする。人間にとってヤツは常識の範疇に収まり切らないから"ドラゴン"という恐怖の象徴として呼称されたに過ぎん」


「……zzz」


「オイ! 説明を求めておいて寝るなッ!!!」


「……ハッ! ね、寝てない寝てない!」


危ない危ない。

寝落ちするところだった。


「えっと……あ。で、リウはどう思う? アメリカの人たちでそのドラゴンに勝てそう?」


「質問が巻き戻ってる!!!」


「え? なんのこと?」


空を飛びながらリウがため息で返事をしてくる。

なんだろう?

私なんか変なこと言った?


「……ヤツは"世界そのもの"だ」


「世界?」


「ヤツは原初なる者だ」


「"ゲンショ"???」


「生を作りし者、死を作りし者、富もたらしし者、災厄もたらしし者、此の世を彼の世たらしめる者、そしてこの世界にダンジョンを生み出しし者。殺すなど土台無理な話だ」


「……zzz」


「……フン、また寝たか」


「……zzz ……いや、ギリ、ギリ、大丈夫……zzz」


原稿用紙2行分だったので耐えられた。

3行だったら寝ていたかもしれない。

とにかく、


「なんか、神様みたいな存在ってこと……?」


「そうかもな。ひとつの神の形なのかもしれんな、アレは」


リウは翼を広げる。

太平洋の上を緩やかに風を切って、


「レンゲ、さすがのお前とて今回ばかりは死ぬかもしれんぞ? それでも行くか?」


「え? うーん……いちおう呼ばれたし行ってはみるけど」


「軽いな。まさか神を相手にした経験もあるとか言わないだろうな?」


「それはさすがにないけど」


「けど?」


「アメリカの人たちはその神様を倒そうとしてるんだよね? ということはその神様って触れるんだよね?」


であれば、


「殴ることができるなら倒すこともできると思うんだけどなぁ」


「……この脳筋め」


リウは感心とも悪態ともつかないため息のような呟きと共に、翼を畳んで加速した。




* * *




サンタモニカ丘陵地下、密かに構えられた研究施設D-Labo。

その一辺100m近くの正方形をしたそのドラゴン封印区域に"U.S.T."の部隊メンバー、そして世界大会地域予選No.1レコードを持つダンジョンRTA走者の"Swallow"が足を踏み入れた。


「オイオイ、コイツが本当にドラゴンなのかよ……!」


Swallowは身震いしながら目の前の"ソレ"を見上げていた。


「恐いか?」


「寒いだけさ」


U.S.T.リーダーの問いにSwallowは気丈に答える。

実際、室内温度は氷点下マイナス50℃を下回っていた。

吐いた息がすぐにダイヤモンドダストになる極寒の部屋だった。

しかし、だからといって寒さに震える道理はない。


「バカ言え。保温魔術は使っているだろう」


極寒の部屋でもつつがなく"作業"に移れるよう、全員が魔術を展開している。

ゆえにSwallowを震わせているのは体の底から生じるモノだというのは明白。


「まあ仕方ないさ。こいつぁつまり"そういう存在"なんだろう」


リーダーは言った。

Swallowと同じく小刻みに震える体で。

2人だけじゃない。

他のメンバーも全員が全員、その全身で恐怖を表していた。


「生物としての格が違うんだ。生物としての本能が『逃げろ』『関わるな』と体に命令してるのが分かるぜ。まだ目も覚ましていない、凍ったままのコイツに対してな」


リーダーは"ソレ"を見上げる。

無意識に呼吸を殺しながら。

"キング"と呼ばれるだけの存在感の塊がソコにはあった。


氷塊の中のキングは、天井から伸びる複数の太い鎖に吊るされていた。

全長はおよそ30メートルあるだろうか。

厚い氷の中心に見えるその形状はドラゴンというよりかはむしろ鳥に寄っていた。

長く細い脚の先端の鋭いかぎ爪がニワトリを連想させたが、上半身はまるで違う。


「コレがドラゴン……? キマイラの間違いだろう……」


キングの頭は獅子に似ており、頭から胴体まで黄金の毛に覆われていた。

翼もまた黄金。


ドクン、ドクン、ドクン。


かすかに、しかし重たい音が響いている。

巨大な槌でナニカを殴りつけるようなその音は、氷塊の中心点から。


「これ、心臓の……」


誰かが呟いた。

全員の顔から血の気が引いていく。


「……全員っ! 配置につけッ!!!」


恐怖が完全に伝播し切る前にリーダーが叫ぶ。


「キングが起きる前に始末し切る。ソレで終わりだ! 行動開始行動開始ッ!」


全員を鼓舞するようなそのリーダーの語気に、U.S.T.メンバーたちは各々の役割を思い出したかのように動き出し始めた。

それぞれが持ってきていた部品を組み立てて幅5メートルの"砲台"を作る。

その上に載っているは巨大なライフル。


「それは?」


「対ドラゴン兵器、"エクスカリバー・フルエディション"だ」


Swallowの問いへとリーダーが簡潔に答えた。

ライフルというよりもキャノン砲といった出で立ちのそれだったが、その図体の割りに口径は小さい。

射出される弾は直径にして10㎝も無いだろうという想像がつくくらいに。


「これで倒せるのかよ……」


「案ずるな。"コレ"は殺傷用だ」


エクスカリバーには種類があった。

以前RENGEに向けたものはドラゴン捕獲用として主に使われていたもの。

その翼に穴を空ける威力の球を繰り出して地面に落とす目的があったため、フルエディションのコレよりも殺傷性は落ちていた。

しかし、フルエディションは違う。


「この球は標的の内部へと食い込んだあと、その標的の魔力に反応して暴れ回る性質を持たせている。つまり一度当たってしまえばソイツの魔力が切れる……つまり死ぬまでソイツの体内を暴れ回って蹂躙し続ける」


「……エグいな」


「動物愛護団体が暴れ回るくらいにはな。だが手段は選んでいられない」


リーダーが腕を振り上げる。

そのサインを見た他の隊員たちによってエクスカリバーの砲身がキングへと向けられた。


「先人たちが勝手に捕まえ、そして今度は勝手に処分される……なんとも理不尽な話だ。だがしかし、これも現在の祖国の平穏のためだ。ここで死んでもらうぞ、キング」


リーダーが腕を振り下ろす。

同時、高圧の放電現象にも似た魔力の奔流と共にエクスカリバーから黒い弾丸が放たれた。

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