第96話 電話
「ここがレンゲちゃんたちの新居かー」
リビングの中心でAKIHOさんが部屋の中をグルリと見渡す。
とある4月の平日のお昼過ぎ。
施設の清掃の仕事もお休みだったので、さっそく私はAKIHOさんを自宅にお招きしていた。
高校の制服姿で、どうやら午前だけ授業に出てきたらしい。
「居心地いいね。ベランダも南向きだし」
「はいっ。いつの間にかナズナが部屋を選んでくれていて……」
「さすがナズナちゃん。しかしまったく、どうして小学生で分譲マンションの知識なんかあるんだろうね……いや、今はもう中学生か」
ナズナは今は学校の時間だ。
中学校も私が通っていたところと同じ。
なので制服も私のお下がりを着て行っている。
お金に余裕もできたことだし全然新しいのを買ってもよかったんだけど、
『イヤ。私これ着ていくから』
と何故か断られてしまった。
まあいいけど。
ぶかぶかのブレザーを着て登校するナズナの姿は何だか小学生の頃より少し幼く見えて可愛いし。
「あ、そうだ。これ新居祝いね」
「えっ」
AKIHOさんが紙袋を手渡してくれる。
「お菓子だけど、よかったらナズナちゃんと食べて」
「ありがとうございますっ」
すごく丁寧な包装をされたバウムクーヘンだった。
高そうだ……
私、格安で売られている訳アリバウムクーヘンしか食べたことないよ。
「AKIHOさんも食べましょう? さっそくお茶入れますね」
「いいの? じゃあお言葉に甘えて……」
そうして私が包装を解いてお皿にバウムクーヘンを移し替え、お茶と一緒にテーブルに運んでいると、ガチャリ。
「なんか甘いニオイするー」
リビングのドアを開け、大あくびに目を擦りながらリウが現れた。
綺麗なはずの銀髪はボサボサで、寝心地が良いとかで私の着古した襟首がダルダルのシャツを着ている。
「そっか、そういえばリウさんも住んでるんだっけ」
「あっ、オヤツだな!? 我の分はっ!?」
リウは目ざとく、光の速度で私の横へと移動してきてお皿を覗き込んで来る。
「リウ、だらけ過ぎだからお預け」
「えーーーっ!?!?!?」
「いつになったらお仕事見つけるの?」
「う、うぅ~……でも、どの仕事もなんかぜんぜん合わないし……」
リウは唇を尖らせる。
「ハロワに行っても滅ぼす系の職業は募集してません、って担当者に半笑いされるし」
「滅ぼす系の職業ってなに?」
「我は光滅竜ぞっ!? 人や物を粉々にするのが取り柄だというのに、そういう系統の仕事がどこにも転がっておらんのだ!」
なるほど。
リウは自分の長所を活かす……
というか自分のやりたいことを仕事にしようとしているのか。
まあ、それなりにちゃんと考えているようだし、
「じゃあまあ、今日はオヤツあげてもいいかな」
「! やった!」
「今度私といっしょに求職しに行こうね」
「う……善処する」
最後に嫌そうな顔はしたが、リウなりに今の生活に溶け込もうとしてくれているらしい。
素直で良いことだ。
良い子良い子。
「……馴染んだわねぇ」
リウの頭を撫でる私を見てAKIHOさんがポツリと呟いた。
そんなわけで、しばし3人でテーブルを囲んで団欒の時間……
なんて思っていたのだが、
ピリリリッ、と。
私の"すまほ"の着信が水を差す。
「え、誰だろ?」
電話帳に登録していない固定電話からの着信だった。
誰だろ、ガス会社とか……?
緑の応答ボタンをおして"すまほ"を耳に当てる。
「もしもし……?」
『こちら"ナイカクカンボウフクチョウカンホガイセイタントウ"、"シノバヤシ"です。こちら花丘レンゲ様のお電話でお間違いないでしょうか』
知らない大人の女性の声だ。
「えっ、あっ、はいっ。花丘ですけれども……えっと、もう1回お名前を聞いても?」
『はい。"ナイカクカンボウフクチョウカンホガイセイタントウ"の"シノバヤシ"』
「ナイカ……」
『"ナイカクカンボウフクチョウカンホ"です』
「ナイカクカンボーフク……その、長いお名前ですね……?」
『あ、いえ。"ナイカクカンボウフクチョウカンホ"というのは肩書きというか官職名でして、名前は"シノバヤシ"です』
「ははぁ、シノバヤシさん」
肩書きがあるってことはどこかの会社の人なんだろうか。
そういうところって部長とか課長とか、そういう役職名になるのかなと思っていたんだけど。
「大丈夫? どちら様?」
私の戸惑いを察知したのだろう、AKIHOさんが小声で訊いてくる。
「えっと、"ナイカクカンボーホニャララ"の"シノバヤシ"さんって人なんですけど、」
「えっ、内閣官房っ!?」
AKIHOさんが驚いたように反応する。
そして私の"すまほ"を俊敏に取り上げると、
「あの、お電話替わりました。花丘レンゲの友人のAKIHOという者ですが、本人が状況をよく理解できていないようなのでご用件の詳細を私が聞いてもよろしいでしょうか……はい、ダンジョンRTA走者の、リウさんやその他諸々の事情を把握してるAKIHOです……」
「……はい、はい……なるほど」
「……ナズナさんに電話が繋がらなかったから直接、と。彼女はいま中学校だからですかね……」
どうやら通話は円滑に進んでいるらしい。
じゃあこのままAKIHOさんにお任せした方がいいかも?
たぶん私が聞いてもチンプンカンプンな可能性高いし。
そうこう考えている内にAKIHOさんが通話を終える。
いったいどんな内容だったのだろう?
ガスは問題なく通っているし、ガス代も払える予定だけど。
AKIHOさんは私に"すまほ"を返して、
そして、
「えー、これからアメリカ合衆国に向かう必要がありそうです」
「えぇっ!?」
ちょっとさすがに急すぎない……!?
* * *
アメリカ合衆国、ホワイトハウスにて。
「日本政府は承諾してくれたかっ!」
補佐官からんお通達に大統領がホッとしたようにひと息。
しかしすぐに顔を引き締めて、
「すぐに軍の極超音速ジェット機の手配を! アレなら日米間を1時間半で往復可能だろう。"キング"の復活に間に合うかは微妙なところだが……」
そう、問題はそこだ。
"キング"による被害が出る前に、
ドラゴンの存在が世間にバレる前にRENGEが到着してくれるかどうか。
ドラゴンの件がバレるくらいならば、米軍内で極秘開発していた極超音速ジェット機くらいいくらでも動かそう。
そう決意してのことだったが、
「いえ、それがその……」
補佐官は口ごもりながら、
「RENGEはもうすでにこちらに向かっているとのことでして」
「えっ、どうやって……」
「その、竜の背に乗って、とかなんとか」
「えっ???」
大統領はポカンと口を開け、固まった。
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