第95話 アメリカにて

アメリカ、カリフォルニア州。

"HOLLY WOOD"サインの掲げられたサンタモニカ丘陵、その地下100メートル付近にて。

秘密裏に掘削された広い空間、そこに置かれている"D-Labo"は未曾有の騒ぎに陥っていた。


「──体表温度、マイナス200℃まで上昇!」


「──魔力出力3万3000γオーバー……ウソでしょ、眠りに就いていてなおワイバーンの数百倍あるなんて!」


「──ダメだ、このままだと覚醒段階に突入するぞ!」


白衣を身に纏う研究員たちが慌ただしく席を移動し、モニターに映し出された色とりどりのグラフに目をやってはこの世の終わりのような顔をする。

そんなカオスに満ちた空間へ、黒い装備にサブマシンガンを携えた男たちが駆け足で入って来る。


「"U.S.T."だ。大統領要請につき参上した!」


"未確認生物・現象特務隊"通称、"U.S.T."。

先陣を切るリーダーは顔に深いシワの刻まれた中年の男だった。

その後ろには5人の隊員たち、そして1人の男が控えている。


「手短に状況報告を!」


そう叫んだリーダーの元に、ひとりの白髪頭の上級研究員がズレた眼鏡を直しつつ走り寄る。


「今にも目覚めそうなんだ、ヤツがっ!」


上級研究員が指を指す先、大きな特殊強化ガラスの向こう側にあるものは巨大な氷の塊だ。

しかし、ただの氷の塊じゃない。


「アメリカ保有のドラゴン……"キング"か。あとどれくらいで目覚める?」


「わからない。だがこの調子じゃ1時間後に目覚めたって不思議じゃない!」


青ざめた顔で研究員は言う。


「それでアンタたちはこれをどうしてくれるんだっ? 再び封印を……?」


「いや」


リーダーは首を横に振ると、


「我々の任務は"キング"を始末することだ」


ガラスの向こう側へと鋭い眼を向けて言った。

上級研究員は唖然とした顔で、


「なっ……"キング"の研究はまだ途中だぞっ!? 歴代大統領はみんな、この"キング"の利用方法を模索したいという意向だったはず! それがなぜっ!?」


「ドラゴンの危険度が変わったと聞いている」


リーダーは言いつつ、後ろの隊員たちにハンドサインを送る。

それだけで指示が伝わったらしく、隊員たちは背負っていた荷物からパーツを出して巨大な銃器を組み立て始めた。


「先日の韓国政府の失態は聞いているな? 韓国が保有していたLiU……ヤツの魔力の残滓を調査した結果、先人が半世紀前に施した封印はなんの気休めにもならないお粗末な代物だったということが分かったんだ」


「な……! ではなぜ今現にこうして封印ができているっ!?」


「ドラゴンの気まぐれ……そう考える他ないだろう。コイツらは寝たい時に寝て、起きたい時に起きるというワケさ」


その時、ビービービー! とやかましい音が鳴った。

ラボのモニター内で表示しているグラフの色が赤へと変わっている。

示しているのは体表温度がマイナス120℃、魔力出力6万γオーバー、脳波活発化の傾向……


「あまり時間は残されていないようだな」


U.S.T.隊員たちの武装が終わり、リーダーもまた武器を構え直す。


「"キング"の部屋へ行くルートを教えてくれ」


「……倒せるのか、ヤツを?」


「我々はそのための部隊だ。完全に目覚め切っていない今ならさらに確実だろう」


「──仮に目覚めたとしても安心してくださいよ。後詰にはオレがいる」


U.S.T.、上級研究員たちの背後から青年がそう言った。

長くサラリとしたブロンドヘアをかき上げるその青年はこの場で唯一、黒い武装も白衣もどちらも着用していない。

その腰に差していた愛用らしきマグナムを抜くと、クルクル指で回して不敵な笑みを浮かべる。


「彼は……?」


「今回、万全を期するためにとこの任務へ招集した特別メンバーだ」


リーダーの紹介に、青年はアルミ製の硬く軽い靴底をコツコツと鳴らして上級研究員へと手を差し伸べる。


「Swallow、それがアメリカ最強のダンジョンプレイヤーである僕の名さ。ヨロシク」


世界大会アメリカ予選通過記録、4分22秒。

現時点で各地域別予選大会最速レコードのその男は、白い歯をニカッと見せつけるようにして笑ってみせた。




* * *




アメリカ、ホワイトハウスにて。


「~~~! よかったのか、本当にコレでよかったのか……?」


大統領はデスクに両肘を着き、頭を悩みに悩ませた。

ドラゴン討伐のために結成されたと言っても過言ではない特殊部隊"U.S.T."、それに加えて昨年から大幅な成長をしたというダンジョンRTA走者の"Swallow"。

まだ昏睡状態にあるだろうと予測されている"キング"の討伐であれば過剰戦力だろう、というのが大方の見当だった。

だが、


「分からん……この判断は正しかったのか? 本当に処理できるのか……?」


アメリカが世界と歩調を合わせてドラゴンと渡り合ったのはもう半世紀以上前の話だ。

いま現在に伝わるノウハウはあくまでノウハウであり、身をもってその時代を牽引した世代はほとんどがあの世に旅立ってしまっている。

しかもドラゴンの危険度を見直す必要が出て来てしまった今……

正解が何かは分からない。


「大統領、しかし我々は充分に万全を期しました。これ以上ないというくらい」


大統領の隣で補佐官がそう言って諭す。

しかし、


「万全を期したからなんだというのだ……それが失敗に終わってしまえば、結局言い訳ができないことに変わりはないのだぞっ!?」


アメリカがドラゴンを保有しているという情報を持っているのはドラゴン保有各国の政府・軍など特殊な立ち位置の、それも要人ぐらいのもの。

つまりは民衆に対して隠し持っている状態なのだ。

それがバレるようなことがあれば……


「世界で大恐慌が始まるぞ。アメリカへの不信感から大幅なドル安、政権交代、そしてドラゴンという恐怖の再来……天然痘や黒死病ペストが再び猛威を振るうよりも大きなカオスが民衆を包み込むことになる」


大きなため息を吐く。

その胃は万力で締め上げられているかのようにキリキリと痛んでいた。


「……彼女に頼る、という方法もありますが」


大統領の横でボソリと呟いたのは初老の男。

秘密組織、未確認生物・現象統制局──

通称"UCA"の長官だ。


「フッ……日本を頼れと?」


それに対して大統領は口端を皮肉げに吊り上げた。


「ドラゴン保有国でない日本に自らの汚点をさらけ出して助けを乞い求めるとっ? しかもこっちは彼女を暗殺しようとまでしているのにっ!?」


「ええ、そうですな」


「その後、我々と日本の立場はどうなるっ?」


「覆るかもしれませんな。しかし、相手が"国"ならば交渉の余地はあります。ドラゴンとは違って」


「……!」


大統領は唇を噛み締める。

選択肢は2つ。

1つ、現状維持でU.S.T.たちの活躍を信じる。

勝てば何も失うことはない。

敗ければ全てを失う。

2つ、日本を頼る。

勝てば日本に対して大きな借りができてしまうがアメリカの平和を保たれる。

敗ければ……。


「彼女を呼べば少なくとも"敗け"はないでしょう」


長官が言う。


「あのLiUを赤子同然に扱ったという話です。アメリカの平和は確実に守られる」


「……外交優先か、国民優先か、ということか……」


大統領は数秒置いて、バンッ! とデスクを叩いて立ち上がった。


「日本の総理官邸へ電話を繋げ! 至急RENGEの派遣を依頼する!」


その指示に、補佐官はすぐに動き出した。




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いつもお読みいただきありがとうございます。

本作、コンテスト最終選考作品に選ばれました。

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