第91話 卒業式へ(アジア予選中)
「
スゥン、と。
私の頭の上にプカプカ浮いていた輪っかが消える。
それと同時に今まで冬空のように澄んでいた思考が、急にいつも通りに戻る。
「うっ……」
クラッと眩暈がする。
「大丈夫、お姉ちゃん?」
目の前でナズナが心配そうに私を覗き込んでいた。
今私たちが居るこの場所はダンジョンでもなければ中国でもない。
日本のワンルームの自宅だ。
私は中国のダンジョンRTAゴール地点からグニャグニャの穴 (わーむほーる?)を使い、観戦席に居たナズナを"吞み込んで"一瞬でここまで帰ってきていた。
「大丈夫だよ。ちょっと頭がボーっとするだけだから」
「RE・SIMはなるべく使わないで、って言ったのに。"既視感応型無意識"の応用についてはまだ研究中なんだから」
「うん、でも……急がなきゃだったから」
研究途中だろうがなんだろうが、使えるものは使わなければならなかった。
なにせ、あと5分とちょっとでナズナの卒業式が始まるんだから!
「ゴメンね、ナズナ。私自分のことでいっぱいいっぱいで、ナズナの大切な行事を忘れてしまってて」
「……別にいいのに」
ナズナはやれやれとでも言いたげに大きく息を吐く。
「卒業式なんてパイプ椅子に座って先生方の長話聴いて卒業証書とかいう紙を貰って帰ってくるだけの形式的な行事なんだから。そんなの後で改めて取りに行けばいいだけだし……」
ナズナは髪をクルクル指で巻きながら言う。
8割方本気だろう。
普段からすごく現実的な考え方をするナズナのその言動に違和感はない。
本当に卒業式自体はどうでもいいと思っている……
のだろうけど、
「違うよっ」
否定。
私はナズナの両肩を掴む。
だってナズナのお姉ちゃんとしては見過ごせない。
「小学校が楽しかったんでしょ、ナズナ。じゃあ出なきゃ、卒業式」
ナズナは強がっている。
それが分かったから。
だって、
「一度も休んだりしなかったもんね、小学校。友達の話もよくしてたじゃない」
「……っ」
「確かに卒業式自体は形式的なものかもしれなくて、あまりそれ自体に意味を感じるものじゃないのかもしれない。でもただそこに居ること、それがナズナにとっては大切なことの気がするよ。だって、楽しかった学校生活の締めくくりでしょう?」
私はあまり頭が良くないから上手く理由は説明できない。
根拠の無いただの感情論になってる気がする。
でも、
「……お姉ちゃんのそういうところが、やっぱりお姉ちゃんなんだよなぁ……」
「……?」
どういうこと?
よく分からない。
でもナズナはすごく得心したような清々しい表情で、
「わかった。行くよ、卒業式」
そう言ってくれた。
「……ナズナ! じゃあ急いで支度しないとねっ!」
「うん……でもその前に、」
ナズナはチラリと私の背に目を向けて、
「その人どうするの?」
「……あっ」
そうだ。
そうだった。
ダンジョンRTA世界大会アジア予選の韓国代表選手──LiU選手。
グッタリと手足を投げ出して白目を剥いて気絶しているその人を私は背負っているんだった。
「お姉ちゃんたら……確かにお姉ちゃんにしか手に負えないからって、勝手に日本まで連れ帰ってきちゃって」
「! ナズナ、この子がドラゴンって分かるのっ? 確か19階のカメラは壊れてるだろうからドラゴンになった姿は地上に見えてないんじゃないか、ってAKIHOさんたちが……」
「へぇ、ドラゴンに変身したんだ。それは知らなかったけど……でもまあ、銀の翼を持つ出自が韓国軍の代表走者だからね。自ずと察しは付くわよ」
ナズナは腰に手を当ててため息を吐くと、
「まあ韓国政府としては絶対に事を荒立てたくないハズだから、大きな騒ぎにはならないはずだけど。とりあえずこの人は卒業式に連れていくしかないわね」
「う、うん。なんとか誤魔化してみるから!」
「じゃあ私はそろそろ出ないと。もうすぐ卒業式始まっちゃうし」
「わかった! いってらっしゃい。私も外行の服に着替えたらすぐに学校に行くからっ!」
「うん。いってきます」
ナズナは赤いランドセルを背負ってドアノブに手をかける。
なんだかその光景が少し寂しく思えて、
──ああ、そっか。
その姿のナズナを見るのも今日で最後なんだなと気づく。
「ナズナ、卒業おめでとう」
「……気が早いよ、お姉ちゃん」
ナズナは微笑みと共に振り返りもう一度「いってきます」と言うと、ドアの外へ駆け出して行った。
* * *
ナズナも私も少し遅刻してしまったけれど、卒業式は滞りなく進んだ。
『6年1組、花丘ナズナさん』
壇上へと確かな足取りで進むナズナの姿、
変装のサングラス越しにでも、その姿は輝かしく大きく映った。
ナズナ、立派に成長してくれて……。
感慨深いなぁ。
「……」
校長先生から卒業証書を受け取ったナズナは、保護者席をチラリと見てくれた。
わっ、気づいてナズナ!
お姉ちゃんはちゃんとここに来てるよっ!
思い切り手を振った。
ブンブンブン。
→ブンブンブン。
私が手を振るのと同時に右隣のLiU選手が一拍遅れて私と同じ挙動を取る。
目深にキャップを被せているから一見しては分からないと思うけど、その目は閉じて口は力なく開け放たれたまま。
つまりは気絶している。
……なのになぜ動くのか。
その理由は単純で、私とLiU選手の体が棒状の魔力で繋がれ固定されているからだ。
私が右手を動かせばLiU選手の右手が、
私が顔を持ち上げればLiU選手顔も持ち上がる。
こうすることでLiU選手が自分で動いているように見える……
そういう完璧な作戦だ。
これで周りの目も痛くない!
……ハズだったんだけど。
「……ハァ」
壇上のナズナが恥ずかしそうに目を逸らしてため息を吐いていた。
私の周囲の保護者席の人々も私へと視線を集めている。
「えっ、なにあれ……?」
「大道芸の人……?」
「隣のあれ人形? 人? どっち……?」
なんでだろう、何か注目を集めてる……?
まあいっか。
とにかくナズナ、卒業おめでとうっ!
近い内にたっぷりご馳走を用意しなくっちゃ!
──そしてこの後、2時間ほどして卒業式を終えると、私とナズナは再び中国へと戻った。
AKIHOさんはその間、私とLiU選手の行方についてずっと記者たちの質問責めに遭ってしまっていたらしく、ゲッソリとしていた。
……申し訳ないです。
今度絶対に何かお返しをしなくては。
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