第90話 アジア予選実況 その6
~RENGE視点~
「そ、卒業式?」
そう訊ねてくるAKIHOさんに対して、私はもうコクコクと頷くしかできない。
こんな大切なことを忘れていた自分に驚き呆れて、もう言葉が出てこなかった。
「そっか、ナズナちゃんって6年生だったっけ?」
コクコク。
「卒業式今日って……あれ、でもナズナちゃん今日中国まで来てるよね?」
コクコクっ。
「じゃあ……もしかして卒業式を欠席してきた、ってこと?」
「やっぱりそうですよねぇっ!?」
そうなのだ。
ナズナはつまり、自分の卒業式を犠牲にしてまで私の応援に来たのだ。
卒業式のことを忘れていた、なんてことはないだろう。
私じゃあるまいし。
そしてナズナは私がナズナ卒業式のことを忘れているのにも気づいていただろう。
それでもあえて思い出させなかった。
私がこのアジア予選に気兼ねせず参加できるように、と。
「うっ、うわぁぁぁ……私、バカだ……お姉ちゃん失格過ぎるよ……」
さすがに、さすがにこれはナイ。
あり得ない。
姉妹として、たったひとりの家族として。
こんな記念すべき行事を忘れていたなんてこと……
……ううん、違う。
今は反省の時じゃない。
落ち込んでいたって起きてしまったことは変わらないのだから。
「AKIHOさん、今って何時ですかね?」
「えっ……スタートしたのが大体9時15分とかだったと思うから、今は9時20分を過ぎたくらいかな」
「ありがとうございます。9時20分、か」
確か卒業式のスタートは9時30分。
あと10分……
……仕方ない。
この技は後の負担が大きいからなるべく使わないように、とナズナに言われていたけれど。
そんなこと気にしている場合?
そんなわけない。
ナズナの姉として私は為すべきことを為すんだ。
私は決意を固める。
「さあRENGE、この極技に飲まれて死ぬがいい!」
ドラゴンが何事かを叫ぶ。
すると桜吹雪のように舞うウロコが私目掛けて飛んできた。
私は極大の魔力爆発でそれを弾く。
ウロコと爆発の衝突にダンジョン内が大きく揺れた。
「いつまでその魔力が持つかな!」
ドラゴンと化したリウ選手の攻撃の手は休まらない。
一枚一枚がドラゴンブレスに匹敵するウロコが無数に迫り来る。
単純に耐えつづけるだけなら容易い。
でも、そしたら卒業式には到底間に合わないだろう。
だから……使うしかない。
「目覚めて……"リシム"」
私は自身の魔力を頭へと集中させ脳へ巡らせた。
ギュルルルルル──ッ!
脳内で高速回転する魔力の音が響く。
それと共に、頭上へと現れるのは円環。
まるで天使の輪を模したようなそれはバチバチと紫の魔力を弾けさせる。
カチリ、脳回路が切り替わる。
思考が活性化し、視界に火花が散る錯覚を見る。
「ハロー、ワールド。RENGE Smart Intelligence Mode──"
ああ、思考が非常にクリアだ。
さっそく取り掛かろう。
まずは軌道計算だ。
吹き荒れるウロコ一枚一枚の配置を視界に収める。
ギュルルル──
インプット完了。
魔力爆発で吹き飛ばした感覚を元に風速、ウロコ一枚当たりの質量を求める。
ギュルルル──
計算完了。
対応開始。
私は広く薄く自身の魔力を正面へと広げた。
ドラゴンや宙を舞うウロコ群も覆うように。
「"
「!?」
ドラゴンは驚愕にその眼を見開いた。
それもそのはず。
もはやウロコの制御権はLiU選手には無い。
「あなたがウロコを宙へと舞わせるために必要としている魔力量が分かれば、自ずと私がどの程度の魔力を流し込めばそれを乗っ取れるかも計算可能、ということです」
「なッ……!?」
「よかった、ようやく意思疎通が取れましたね。先ほどの軌道計算処理と共に韓国語のインストールを完了させておいた甲斐があったというものです」
私は宙に舞う全てのウロコを統制し列を作らせると、正面へと生み出した
そのまま別次元へと飛ばしてしまう。
「ば……バカなっ、我の奥義だぞ……!? かつて"1つの世界"を滅ぼしたほどの、我の……」
「ああ、やはりご出身は"異世界"ですか。ということは半世紀以上前に現れたダンジョン群も元を辿れば……とまあ、しかしそんな考察は今は置いておきましょう」
私はひと息にドラゴンの懐へと飛び込むと、その頭を掴みダンジョンの床へと叩きつけた。
その口から「ギャウッ!?」と潰されたネズミの断末魔のような悲鳴が上がる。
「
「……ハァッ!?」
「さあ、LiU選手、人間に擬態してください。まずはあなたを担いでゴールに向かいます」
「だっ、誰が貴様の言うことなど、」
「では無理やり。あなたの
「──ッ!? アギャギャギャギャギャ──ッ!?」
私が自身の魔力をドラゴンの細胞・シナプスへと流し込むと悲鳴が上がる。
その悲鳴の主、つまるところドラゴンの体は緑に光始め、どんどんとその姿を小さくさせていった。
そして現れたのは、白磁器のごとき肌を露わにさせた人の姿のLiU選手。
グッタリとして意識を失っている。
私はその体を背負うと、
「さて、それではすみませんが先にゴールさせていただきます」
振り返り、そして茫然としている3人へと言った。
同じ地点から再度スタートをすれば勝つのは私……現時点では。
「午後までには戻りますので、それまでいろいろと面倒をおかけしてしまうと思いますがよろしくお願いいたします」
「ちょ──ちょっと待ってっ!? あの、こんなこと訊くのおかしいかもしれないけど……あなた本当にレンゲちゃんっ!?」
AKIHOさんは叫ぶように言った。
まあそんな勘繰りも仕方ないだろう。
突然韓国語を話したかと思えば、会話内容も要点を押さえて最小限の単語数で構成されている。
今の私は客観的に見て相当賢い。
普段の私を見ていれば"頭がおかしくなったのでは"と疑われて当然だ。
「私は私ですよ、AKIHOさん。しかし唯一違う点は思考回路でしょうか」
「思考回路が……違う?」
「ええ。以前私の"未来予測"の力についてナズナより解説があったかと思います」
「う、うん。確か……"既視感応型無意識"だっけ?」
「はい。その無意識を処理するための高性能演算回路を"無理やり"汎用的な思考回路として代用している状態……それが今の私、"
「つまり……今のレンゲちゃんは"めちゃくちゃ頭の良くなったレンゲちゃん"ということ?」
「ざっくりとまとめるならそうです」
「性格……話し方まで変わってる気がするんだけどっ?」
「普段の間延びした話し方を最大限縮めているのです」
「そこまで効率化させてるのっ!?」
さて、時間が無い。
このアジア予選という舞台でAKIHOさんたちと肩を並べ競える舞台を後にするのは名残惜しいが……
「AKIHOさん、FeiFeiちゃん、ShanShanちゃん……序盤で皆さんに簡単に追いつけなくて焦りました。でも今はそこまでです」
「……!」
「今回は私の勝ちです。また戦いましょう」
私はそうとだけ言い残して、19階をひと息に踏破。
地下20階から先を
* * *
~施設長視点~
『おおっ!? 19階からとうとうRENGE選手が飛び出してきた模様ですッ! "模様です"と言ったのは速すぎて肉眼での確認ができなかったからに他なりませんが……』
日本の配信チャンネルで
秒数を刻むかのように21階、22階、23階、24階……と目まぐるしくモニター内の映像が切り替わっていた。
レンゲちゃんは相当な速さで駆けているのだろうな。
固定カメラにはほとんど何も映っていない。
そして10秒もしない内に30階のフロアボスは討伐され、レコードが記録される。
記録、4分45秒。
『午前ブロック1位通過はRENGE選手だぁぁぁッ! そしてこれはアジア予選最高記録ですっ! スタートダッシュで後れを取り、そして19階で一時その進撃を止めていましたがしっかりと結果を出してくれましたっ……んん?
RENGE選手、誰かを背負っている……?』
実況の話の通り、確かにレンゲちゃんの背には誰かが居た。
銀髪の頭、そして光を眩く艶やかに反射する色白の肌……
それは韓国代表として注目を集めていたLiU選手だった。
しかも、なぜか"全裸"だった。
『んんっ!?!?!? どうなってるんでしょうっ、というかコンプラっ!? 大丈夫ですかこれ、映像差し替えた方が……!』
シュポポポっと、配信には多くのコメントが寄せられているようだった。
恐らくはレンゲちゃんへの賛辞と、あられもない姿となっているLiU選手への下世話なヤジが集まっているのだろう。
が、そんなことよりも。
施設長は目を凝らした。
……いったいなんだ、アレは。
レンゲちゃんの頭の上に何か"輪っか"のようなものが浮いていた。
「あれはいったい……それに何か、レンゲちゃんの雰囲気がいつもと違うような……?」
「はぁ……使っちゃったのね、お姉ちゃん。きっと明日は寝込むわ……」
隣の席からナズナちゃんのため息が聞こえる。
どうやら事情を知っているらしい。
あれはいったいなんだい、と訊こうとして。
しかし、観戦モニター内で動きがあった。
『おおっ!? いったいあれは何でしょうかっ! RENGE選手の目の前に、黒とグレーの混ざった、グニャグニャと波打つ穴が出てきました……!』
レンゲちゃんが手をかざした先にその穴はできているようだった。
恐らくは、これもまた何かものすごい離れ業なのだろう。
でもいったいなんだろうな?
穴だし……
もしかしてこの中にレンゲちゃんが入れば、ひと息に地上まで戻ってこれるとか?
するとその施設長の予想通り、
『RENGE選手っ、LiU選手もろとも謎の穴へと入って消えてしまいましたっ! いったいソレは何なんだぁっ!?』
副音声としているその実況が熱の込められた声でその様子を実況する。
「いやはや、これで本当に移動ができるのだとしたら"ワームホール"というやつかな? だとすれば世紀の大発見だ。またレンゲちゃん目当ての人々が増えそうだね……」
施設長がそう言って隣を見た。
レンゲちゃんが忙しくなること、
それはナズナちゃんとしては不本意なのではと思いつつ。
しかし、
「あれ、ナズナちゃん?」
いつの間にかナズナちゃんの姿がない。
足元に置いてあった自身の手荷物をそのままに、音も無くその姿を消していた。
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