第89話 アジア予選実況 その5
~RENGE視点~
苦悶の声を上げるドラゴン (元リウ選手)を正面に、どうしたものかと頭を悩ませること10数秒。
結局、私の頭で考えても無駄だという答えに帰着する。
「あの、これからどうしたらいいと思いますか」
後ろでFeiShan姉妹を背に庇うようにして立っているAKIHOさんに問いかけると、AKIHOさんは苦笑いするように口端を歪め、
「んー……私も、さすがにドラゴンをどうしたらいいのかは分からないけど……ただ、いま無力化できているのであればそのまま無力化を続けた方がいいと思う。きっと今ごろ外は大騒ぎだろうし」
「大騒ぎ?」
「だって、一度はこの世界から消えたはずのドラゴンが再び現れたんだから。これは世界史に載るくらいの大事件だよ。レンゲちゃんだってほら、"あの時の一件"でドラゴンの持つ影響力を少しは分かったでしょう?」
「……! ああ、確かに……」
AKIHOさんが言っているのは秋津で私が竜太郎を召喚してしまった時のことだろう。
あの時は国会非常事態宣言? みたいなものまで出されたんだよね。
あの時はナズナがなんとかしてくれたけど……
秋津に住んでいる人たちに避難勧告まで出されていたからには、やはりドラゴンという存在は相当警戒されているんだろう。
「今のこの世界でそのリウ選手を止められるのはレンゲちゃんだけだろうし、近くに居てもらうべきだとは思うんだけど……この場合記録ってどうなるんだろうね。やっぱり大会自体が中止か、あるいは別日で仕切り直しになるのか……」
「……それはどうだろう?」
AKIHOの後ろにピタリと付くようにして隠れていたShanShanはそう言うと、ダンジョン通路奥を指さした。
それが示す先に居たのは、恐らくは階層の奥側に出現していたのだろうダンジョンのモンスター。
「普通、こんな非常事態になってたらゲームスイッチ切るんじゃないかな? でも、モンスターが存在してるってことは……」
「っ! ヤバいよオネーチャン! それってつまりまだRTAが続いてるってことネ!」
RTAが続いている……
ということは、まだ時計は止まっていないということ。
このままここに居る間にも記録はどんどん遅くなっていっているワケだ。
「ど、どうしましょう……これじゃ午後ブロックの人たちに抜かれて、みんな世界大会本戦を逃しちゃいますよ……!」
……と。
私が意識をAKIHOさんへと向けたその時。
ボコボコ、と。
背後から突如として水面に激しく泡が立ち昇るような音が響く。
「油断したな、RENGE……!」
振り返ればドラゴンが立ち上がり、階層奥側へと飛びのいて私と距離を置いたところだった。
その復活した四肢でダンジョンモンスターを踏みつぶしている。
恐らく、先ほどの音は千切れた断面から新しい四肢が生えてくる音だったのだろう。
ドラゴンはさらに一瞬の間に私と自身との間に分厚い魔力の壁を作っていた。
透明度の高い桃色のソレは明確に私の侵入を拒んでいるようだ。
まあでも、本気で殴ればたぶん割れるだろうけど、
「ドラゴンさん、まだ戦うんですか?」
できれば穏便にいきたい。
だって今は無駄に争っている時間が惜しいんだもの。
「ちょっと私たちの方針が決まるまで大人しくしていて欲しいんですけど……」
「RENGE、貴様は想像以上だった。ゆえに我が"秘奥"を見せてくれる」
ドラゴンの体から銀色のウロコが剥がれ落ちる。
かと思えばそれは強風に吹かれる花びらのように速く、そして鋭く宙を舞い始めた。
「コレは"竜秘めるひとひら"。この宙を舞うウロコ一枚一枚に我がドラゴンブレスと同等の威力がある。ひとたび触れればRENGE、お前とてただでは済まぬだろう」
魔力の壁越しに光を乱反射させる宙舞うウロコ……
それはまるで桜吹雪。
それを見て、頭の奥で何かがチカリと光る。
……私は何か大切なことを忘れている気がする。
それもずっと。
昨日今日とかの話ではなく、特に3月に入ってからずっと。
「オネーチャン、なんだか風流だネ。まるで春一番にさらわれる桜の花びらで儚げヨ。なんだか無性に寂しい気持ちになるアル……」
「フェイフェイ、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないって! あのドラゴンの技見えてるっ!?」
「まーまー、オネーチャン落ち着くアルよ」
背後でFeiShan姉妹がそんなやり取りをしている。
FeiFeiは特に楽観的なようで、
「RENGEが居るから大丈夫ヨ。私はRENGEがあんな技パパッと片付けてドラゴンをイチコロする方に1000円賭けるネ」
「それは……そうかもしれないけどっ! 緊張感!」
「オネーチャン……私はもう悟ったアルよ。RENGEといっしょに居たら毎日がビックリ体験、いちいち驚いていたら心臓もたないネ。ゆえに私は今日この日をもって、RENGEの行動に過剰なリアクションすることを"卒業"するヨ!」
カチッ。
FeiFeiのその言葉……"卒業"。
それはまさしく、私がこれまで思い出せずにいた記憶のカケラ。
「あっ──あぁぁぁぁぁッ!!!」
気付いた直後、私は思わず叫んでしまう。
そうだ、そうだった!
私……
最近アジア予選前でずっと気を張っていたからって、
なんでこんなに大切なことを忘れてたんだろうっ!?
「今日っ……3月19日、土曜日! ナズナの小学校の"卒業式"だっ!!!」
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